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2007.07.15

「旧怪談」 怪談の足し算引き算

 「幽」誌に掲載されていた京極夏彦の「旧耳袋」が、「旧怪談」のタイトルで単行本化されました。根岸鎮衛の「耳袋」を現代語訳…というより現代の実話怪談の文体で書くというユニークな試みでありますが、一冊にまとまったものを読んでみると、単なる現代語訳というものを超え、怪談というものの成立について考えさせられるものを含んだ興味深いものとなっておりました。

 「耳袋」(「耳嚢」)と言えば、江戸南町奉行を勤めた根岸鎮衛が、奇談巷説の類を書き留めた随筆集であり、時代小説の世界でも、宮部みゆきの「霊験お初捕物控」シリーズや、風野真知雄の「耳袋秘帖」シリーズの題材にもなっています。近年ではかの実話怪談集「新耳袋」が、これにあやかった題名としているわけですが、本書の雑誌掲載時のタイトルは、言うまでもなくこのパロディ。ある意味一発ネタ的企画ではありますが、それに留まっていないのはさすが…と言うべきでしょうか。

 そもそもの「耳嚢」からして、内容的には現代人――というより怪談ファンの目で見てもユニークで興味深いものも多く、それをそのまま現代語訳しただけでも十分に面白いと思われるのですが、本書では語り手を「侍のUさん」とするなど、いかにも現代の実話怪談集チックな文体で描くことにより、怪談ファン以外の読者にとっても、より親しみやすいものとしているのがまずはお見事と言ってよいかと思います。

 また、本文の後には、「耳嚢」の原話を収録してあるのもありがたい話です。…そして、怪談ファンにとって何よりも興味深いのは、この原話と「旧怪談」バージョンの比較から浮かび上がる両者の差異であります。
 本書に収められたエピソードのどれか一つでも読み比べてみれば瞭然でありますが、原話からこの「旧怪談」至るまでには、もちろん主たる内容はそのままであるものの、相当に原話にない描写が――ほとんどの場合、登場人物、特に語り手の心情描写が――追加されています。
 もとより登場人物の心情については控えめの原話でありますが、そこに付された描写は、原話に足りなかったものを補うのと同時に、再話者たる京極夏彦の作家性の現れでしょう。再話者が何を足し、何をそのままとしたのか、そしてそれは何故なのか――怪談の足し算引き算の理由を考えてみるもまた一興です(私の見たところ、その追加補足された心情が、怪異に対する懐疑の念が多数を占めているのが、実に興味深い)。

 さらに言えば、この追加補足については、実話怪談においてどこまで原話に対するデコレーションが許されるか、そしてどこまでを実話怪談と呼ぶのか、というある意味根元的な問題に繋がってくる点で、怪談ファン的には実に刺激的に感じられます。

 もっとも…アレンジによって原典と物語の方向性が正反対になったり、過剰な現代表現の使用により雰囲気が壊れている作品もあり、諸手を上げて面白いと言いかねる部分もありましたが、それはマア個人の感じ方にもよるでしょう。

 何はともあれ、まだ見ぬ実話怪談で大いに怖がりたい! という方の求めるものとは少し異なるかもしれませんが、江戸諸国奇談ファン・実話怪談ファン・京極ファンとしては、様々な角度から楽しめる一冊であるかと思います。
 なお、広告等を見たところでは、本書は児童書扱いとのことですが、内容的に特段に子供向けということはなく、漢字にルビが振られていたりやイラストが多めだったり、というくらいですので、本書を楽しむのには大人でも全く問題ない旨、申し添えておきます。


 と、これは重箱の隅で恐縮なのですが、「尾州公外山御屋敷」を「尾張(いまの名古屋)の外山にある尾州公のお屋敷」と明らかに誤訳しているのだけは気になりました…(今の新宿区の戸山のことです)


「旧怪談」(京極夏彦 メディアファクトリー) Amazon

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