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2007.07.02

入門者向け時代伝奇小説五十選 2.剣豪もの

 さて入門者向け時代伝奇小説五十選の第二回は剣豪もの。時代伝奇小説においては、主人公が剣豪であるケースも大変多いのですが、今回は、主として剣豪・剣術といった存在を物語の中心に据えた作品を挙げたいと思います(物語の性質等から、短編集が多くなっておりますが、便宜上一冊で一作とカウントしております)
6.秘剣・柳生連也斎
7.秘剣水鏡
8.柳生非情剣
9.駿河城御前試合
10.剣聖一心斎

6.「秘剣・柳生連也斎」(五味康祐 新潮文庫)
秘剣・柳生連也斎 (新潮文庫) まず最初は、五味康祐の珠玉の短編集から。未完の大作「柳生武芸帳」をはじめとする柳生ものなどで知られる五味康祐の剣豪小説は、達人同士が己の人生と矜恃をかけてぶつかり合う様を描くことにかけてはまさに天下一品、独特の品格すら感じさせる名品揃いであります。兄弟のように育てられた二人の剣士が、数奇な運命の果てに激突する様を描く「秘剣」、そして尾張柳生の連也斎が、宮本武蔵の薫陶を受けた剣士の決闘に至るまでを描いた「柳生連也斎」という本書の二つの標題作は、ともに剣とそれに生きる者の生き様を描いたマスターピース。ことに、後者のラストの対決シーンは、剣豪小説史上に残る伝説の決闘と呼んでも良いでしょう。
 本書には、この他にも芥川賞受賞作「喪神」や「桜を斬る」といった名作佳品が収められており、さながら五味康祐のベスト盤という趣があります。五味康祐には、本書の他にも剣豪小説の短編集として「剣法奥儀」「兵法柳生新陰流」といった名品があり、こちらも手にとっていただきたいものです。


7.「秘剣水鏡」(戸部新十郎 徳間文庫)
 五味康祐とはまた違ったベクトルで、様々な剣豪の姿を活写したのが、戸部新十郎のいわゆる秘剣シリーズ。実在虚構・有名無名を問わない剣士列伝とも言うべきこの短編群は、どちらかと言えば淡々とした穏やかな筆致ですが――いやむしろそれだからこそ、クライマックスで披瀝される秘剣の冴えが、強く強く心に残ります。
 本書の標題作である「水鏡」は、幻の秘剣・水鏡を操ったという伝説の剣士・草深甚四郎から分かれた三つの流派の姿を描いた作品。魔剣と化した一派と、古体を伝える一派との玄妙怪奇な決闘を描いたクライマックスもさることながら、物語の中で、剣術というものが生まれて以来の発展の姿が描き出されており、実に興味深い内容です(詳しくはこちらをご覧いただければと思います)。
 本書にはこの他、「大休」「水月」「空鈍」と言った名品が収録されています(特に前二作は柳生ファン必見)。またその他の短編集としては「秘剣虎乱」「秘剣埋火」「秘剣龍牙」「秘剣花車」があり、これもまた、いずれ劣らぬ名作揃いです。


8.「柳生非情剣」(隆慶一郎 講談社文庫)
柳生非情剣 (講談社文庫) 再び登場の隆慶一郎作品は、かの柳生一族の面々を描いた短編集。十兵衛、友矩、宗冬、連也斎…いずれも様々な作家により描かれてきた綺羅星の如き名剣士でありますが、隆慶一郎作品においては敵役・悪役として描かれることの多い彼らを主役にして描いた本書は、剣豪小説としてのダイナミズムと同時に、剣と同時に政治に生きた特異な一族の人間像がくっきりと描き出されており、圧巻であります(ちなみに集中の「柳枝の剣」を漫画化している田畑由秋は「ガンダムで例えるならザビ家列伝のような話に当たる」と表していますが、なかなか面白い観点かと思います)。
 集中、私が好きなのは、柳生宗矩の子供たちの中では最も凡人に近かった柳生宗冬の剣法開眼を描いた「ぼうふらの剣」と、その宗冬と御前試合を行うこととなった連也斎を主人公とした「慶安御前試合」でしょうか。どちらも剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、一個の等身大の、裸の人間としての剣士の生きざまが描き出されており、強く印象に残ります。


9.「駿河城御前試合」(南條範夫 徳間文庫)
駿河城御前試合 (徳間文庫) 現在、「シグルイ」のタイトルで山口貴由に漫画化されている本作が、伝奇ものの範疇に本作が収まるか、チト気になるところではありますが、しかし剣豪ものとして見逃すわけにはいきません。暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語。しかしそれと同時に本作は、単なる残酷ものに留まらず、実に様々な流派の武術が登場する剣豪ものとしても超一級の作品であります。
 片腕の剣士と盲目の剣士、マゾヒスト剣士に奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する死闘十番は、それぞれに見事な剣豪小説であり、残酷ものと剣豪ものの希有なハイブリッドとして実に珍重すべき作品となっています。
 なお、冒頭に挙げた「シグルイ」は、既に九割九分オリジナル作品となってはいますが、その精神性においては原作のそれをしっかりと再現しており、是非両者を読み比べていただきたいものです。


10.「剣聖一心斎」(高橋三千綱 文春文庫)
剣聖一心斎 (文春文庫) 最後に、一風変わった剣豪・中村一心斎の生きざまを描いた連作短編集を挙げましょう。一心斎先生は実在の人物ですが、しかし本作での描かれようは、定職も就かず、出会った人間から金をせびる、女の子のお尻を触る…これだけ見ると単なる困ったオヤジです。
 が、一見滅茶苦茶やっているように見えて、一心斎の言動は、振り返ってみれば皆悉く正鵠を射たもの。そして本書に登場する若き日の偉人たち――千葉周作、勝小吉と男谷精一郎、高柳又四郎、遠山金四郎、斎藤弥九郎など――は、いずれも進むべき道に迷い悩む中で一心斎と出会い、振り回されているうちに、いつの間にか己の行くべき道に気付き、新たな一歩を踏み出すことになります。
 人を正しき道に進むべく教え、導く者を聖人と呼ぶのであれば、その意味でまさしく一心斎は剣の聖人、剣聖と呼ぶに足る人物と言えるのでしょう。派手なチャンバラがあるわけでも、素晴らしい剣技が描かれるわけでもありませんが、たまにはこういう剣豪ものがあっても良いのではないでしょうか。なお、一心斎先生は、この後も「暗闇一心斎」で、変わらぬ元気な姿を見せてくれます。


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