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2007.08.05

「怪談実話集」 「近世」と「現代」の間に

 毎回毎回思わぬアプローチで怪奇・伝奇時代ものファンを驚かせてくれる志村先生ですが、この夏の新刊はなんと実話怪談!
 どうも実話怪談の当たり年らしいですが(どっぷり浸かっているとかえってわからないものです)、ついに志村先生も…と思って早速手に取ってみれば、実話は実話でも、明治・大正・昭和初期の実話怪談がメインというユニークな一冊。怪談ファンにとってはなかなかもって面白い本となっていました。

 収録されているのは「怪談実話揃」(昭和四年)、「日本怪奇物語 明治大正昭和篇」(昭和十年)、「別冊大都会」(昭和二十三年)に収録のものを中心に(中心に、と書いたのは、何と志村先生自身の話(!)も収録されているため)していますが、元本の出版時期を見ればわかる通り、収録されている怪談は明治・大正のものがほとんどで、怪談ファン的には実に興味深いこととなっています。
 何となれば、この時代は百物語本・諸国奇談本などがそれなりに紹介されている江戸時代と、この現代の間にあって――田中貢太郎先生という巨人の諸作を除けば…って前提大雑把すぎか――ぽっかりと空いてしまっているエアポケット状態の時代。実際に元本にあたっている熱心なファンでもない限り、基本的には当時の怪談に接する機会がほとんどないと言ってもよいのではないかと思います。

 もちろん、それが収録された怪談のクオリティと結びついているかと言えば、それはまた別のお話ではあります。まさか今日び「タクシーに乗った幽霊」の話を堂々と収録している本があったとは…ですとか、終盤はほとんど猟奇実話だったり(しかしこの収録エピソードの配列の意図もちょっとよくわからない)と、現代の怪談ファン、それもいわゆるジャンキークラスになると、色々と不満も出てくるのは無理もない話ではあります。
 が、書かれた時代に注目してみると、本書に収められた怪談話から、なかなか興味深いものが浮かび上がってくるのも事実です。本書においては、お話としてはいかにも古式ゆかしい因果因縁ドロドロの物語が展開される一方で、そこに登場する加害者・被害者・目撃者の姿は、どこまでも文明開化以降の人間としてある程度の合理性を備えた――それでいて幽霊や妖怪変化を現実のものとして恐れる心を持つ――「近代」的な存在として描かれているものが大半を占めています。
 実話怪談の中で、「近世」から変わらぬものと「現代」へ繋がっていくもの…そのそれぞれについて考えてみることは、すなわち実話怪談の変遷・進化の過程を考えてみることとイコールであり、そしてまた、これはちと大上段に構えすぎではありますが、逆に実話怪談の有り様の変遷を辿ってみることは、近世・近代・現代それぞれの時代の本質を考えることとにも繋がっていくのかな、とも感じられます(その意味では、この数年で氏が関わってきた、末尾の関連記事に挙げた怪談本と併せて読むとなかなか面白いかもしれません)。

 と、大袈裟な話は置いておくとして、個人的に本書の中で純粋に怪談として特に楽しめたのは、冒頭に描かれる怪異の超現実的なビジュアルと、その怪異を招いた因縁の意外すぎる真相が印象的な「死んだ僧」、内容的には典型的な妖怪退治譚ながらも、それに翻弄されるのが警察署というところにユニークさを感じる「人を殺す池の狸」、マキノ・プロの撮影所を舞台に、実名連発で描かれるのが別の意味でインパクト大の「幽霊現像事件」、そして登場する幽霊の生々しい描写とその背後の異常心理の存在が、平山夢明氏の怪談を思わせる「ポケットの中の指」の四篇でしょうか。

 上記の通り不満な点も皆無ではありませんが、シーズンに数十冊は出版されているであろう怪談本の中で、本書が実にユニークな輝きを放っていることは間違いありません。とにかく怖がりたいんだ! という向きにはどうかと思いますが、それなり以上の怪談ファンの方にとっては、色々と楽しめる一冊ではないかと思います。


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