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2007.08.16

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第一巻 たまらぬ伝奇世界のはじまり

 実に十七年間の連載の末、先年完結し単行本化された夢枕獏の大作「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」が、ノベルズ化されました。単行本は相当の大部であったため、気軽に手にするにはちょっと厳しいものがあったのですが、これで思う存分(?)作品世界に浸ることができます。

 舞台は九世紀初頭の唐は長安の都。当時の世界有数の国際都市であり、文化の最先端にあった長安ですが、しかし、その闇の中では数々の怪異の怪異が蠢いていたのでした。
 官吏の家に現れ、人語を話し皇帝の死を予言する猫の妖物。綿畑で夜毎に地中から声を発し、皇太子の発病を予言する声の怪――やがてその予言は真実となりますが、しかし事態はそれで収まらず、なおも怪異はうち続くことになります。
 折しも長安を訪れていた修行僧・空海とその親友・橘逸勢は、好むと好まざるとに関わらず、その怪異の渦中に巻き込まれていくこととなります。

 そんな本作ですが、全四巻の第一巻ということで、本書はまだまだプロローグという印象。空海と逸勢をはじめとして、本作を彩る様々な人物が顔を見せ、これからいよいようち続く怪異の真相を求めていこうかというところですが、しかし、それでも多彩な登場人物の顔ぶれや、舞台となる長安の描写を見ているだけで、十分以上に楽しくなってきます。
(ちなみに登場人物には、この巻ではほとんど名前のみの登場でしたが白居易も名を連ねており、なるほど、空海と白居易は同時代人であったか! と、今更ながらに感心した次第)。

 何よりも印象的なのは、主人公たる天才・空海と、彼とコンビを組む橘逸勢の二人の人物。夢枕獏作品で、超常的な力を持つ天才と、その親友たる愛すべき凡人のコンビというと、どうしても「陰陽師」の安倍晴明と源博雅が浮かびますが、本作の空海と逸勢も、なかなかどうして魅力的です。
 確かに二人の間の会話の呼吸こそ、晴明×博雅のそれを感じさせるものがありますが、空海と逸勢の場合は、どちらも青雲の志を胸に秘めて唐に渡ってきた人間だけに、ちょっと生臭いところが見えるのが何ともユニークであります(空海が怪事に挑む理由が、基本的に売名行為、というのが素晴らしい)。
 しかし生臭いと言っても、それが鼻につくということはなく、かえってそれがスパイスとなって、空海という人物の得体の知れぬスケール感をうまく中和し、また逸勢を何とも愛すべき才人として描き出す効果を上げているのが何とも愉快であり、この辺りの呼吸については、さすがは、と言ったところです。

 先に述べたとおり、物語はまだまだ始まったばかり。空海と逸勢を取り巻く人物たちも、誰も彼も一癖ありげで、彼らが空海やこの事件とどう絡むか、考えるだに胸躍りますし、まだまだ全体像の見えぬ怪異は、どうやら玄宗皇帝と楊貴妃の昔にまで遡るものである様子。
 この先の展開を考えただけで、夢枕獏チックに言えば、「たまらぬなあ…」と口の端を吊り上げたくなってしまう本作、伝奇ファンにとして、実に楽しい骨太の伝奇世界のはじまりです。


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