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2007.09.06

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第三巻 尽きぬ恨みを哀しみを

 長大な物語も後半戦に突入したこの「沙門空海 唐の国にて鬼と宴す」。前の巻にて紐解かれた阿倍仲麻呂の手紙で語られた楊貴妃の「死」の奇怪な真相は、更なる事件と波乱を五十年後の世界に引き起こすこととなります。

 一連の怪事の背後に、玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇があったことを知る空海と逸勢ですが、事態はすでに二人の想像を超えるところまで進行し、当代の皇帝が何者かの呪詛に倒れることとなります。その呪詛と対決するために宮中に招かれたのは、青龍寺の高僧・恵果。天竺より伝えられた密教の秘奥を唯一知る人物であり、空海がはるばる海を越えた、その目的と言うべき人物ですが、その恵果もまた、五十年前より、この事件との因縁を持っていたのでありました。
 一方、宮中で複雑な立場にあり身動きのとれぬ柳宗元の依頼で、本格的に事件の謎を追うこととなった空海と逸勢が知ったのは、長安の都の裏側、闇の世界で行われていた奇怪な呪術の存在。おぞましい魘魅、蠱毒の法の類を操る、遠く西域から来たったドゥルジ師なる妖術師こそが一連の怪事の中心であり、そして皇帝を呪詛する犯人であることを知る空海たちですが、そのドゥルジもまた、楊貴妃と因縁を持つ者――
 そしてまた、この事件にまつわるもう一通の手紙、かつて楊貴妃を見出し、そして楊貴妃をその手に掛けた宦官・高力士が阿倍仲麻呂に宛てた手紙を手にした空海、事件のさらなる深奥、楊貴妃の正体にまで関わる奇怪な物語を知ることとなります。

 このように終盤では夢枕長編ではお馴染みの長い長い過去篇も挿入され、いよいよクライマックスに向けた盛り上がりを見せる物語ですが(過去篇は、ある意味作者がノっていることの証でもあります)、起承転結で言えば「転」にあたるこの第三巻にまで来て、物語の主題であろうものが見えてきたかに思えます。
 それは、長きに渡る人の想い――それも、哀しみや恨みといったネガティヴなもの。終わらない哀しみというものが、尽きない恨みというものが存在するのか。それに関わった人々、そしてその想いを抱いた者自身が死に絶えた後も続く想いは存在するのか。
 そして存在するとすれば、それを終わらせることはできるのか。何よりも、空海に、いや仏教にその力はあるのか――

 空海は、仏法について、密について逸勢に対し説明する中でこう語ります。「哀しみすらも、永遠には続かぬ。それを知ることによって、人は、哀しみと共に立つことができるのだ」と。
 そしてまた、彼はこうも言うのです。「時々は、人の一生よりも、哀しみの方が長く続く場合がしばしばあるということだ……」と。

 その空海が、果たしてこの事件を、尽きぬ恨みを哀しみを、如何に解きほぐしてみせるのか。その場であり、手段こそが、タイトルともなっている「宴」なのでしょう。
 この巻では、遂に空海がこの宴を開くべく行動を始めます。果たして彼のいう宴はいかなるものなのか、そしてそこで何が起こるのか――そこで待つのが、哀しくも、全てを包み込むように暖かい結末であることを祈るばかりです。


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