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2007.09.14

「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第四巻 肯定という救いの姿

 若き日の空海の唐での活躍を描く長い長い物語も遂に完結。この最終第四巻では、長きに渡る哀しみと恨みの歴史の真実と、空海の開いた宴の始末が描かれ、いよいよ物語は大団円を迎えることとなります。

 玄宗皇帝の腹心の宦官・高力士が死の直前に遺した手紙により語られた、玄宗と楊貴妃を巡る真実。それは、長きに渡る哀しみと恨みの物語であり、そして連綿と続く呪いの存在を示すものでした。
 その呪いはいまや当代の皇帝・順宗の命を旦夕までに迫らしめ、もはや猶予がないという時期に、空海は驪山の華清宮にて宴を開こうとします。かつて玄宗皇帝と楊貴妃が歓楽の限りを尽くした華清宮――そこに集った空海と逸勢、そして白楽天らの前に現れた者たち、それこそは呪いに囚われ、呪法の鬼と化した者たちでありました。

 果たして空海は綿々として尽きる時無き恨みを解放することができるのか、それについてはここでは詳しくは述べませんが、物語の主要人物が一堂に会して始まる、時に静かで美しい、そして時に激しく悍しい宴の様はまさに圧巻。ことに、あまりに意外な最後の一人の出現には度肝を抜かれましたし、大いに手に汗握らせていただきました(にしてもこの人、アイツがあそこでコケなかったらどうなっていたことか…)。

 その宴を――いやこの物語を通して描かれるのは、誰に罪があるわけでもなく、そして同時に誰もが罪を背負った、どうしようもなく哀しい人の世の有様。ほんの少しのかけ違いが人の運命を狂わせ、それが更なる巨大な悲劇を招いていく様は、まるで小さな雪玉が転がるうちに巨大になっていき、ついには雪崩を引き起こす様を思わせます。
 そんなどうにもならない哀しみと恨みの塊から人々を解き放つのに必要なのは、力をもって打ち砕くのではなく、それを丸ごと受け止め、そして肯定することなのでしょう。そして、本作で折に触れて描かれてきた密という思想、そしてそれを語る空海という存在が、それを可能とすることは言うまでもありません。

 人として生きるうちに大なり小なり、その身のうちに抱え込む、どうにもならぬ想い。その想いを、想いが存在することをを肯定し、あるがままを認めてくれたら、人はどれだけ救われることでしょう。それがあるからこそ、作中で少なくない血が流れ多くの命が失われても、本作は、素晴らしく優しく、暖かく感じられるのでしょう。
 このような救いの姿は、もちろん、「陰陽師」や「神獣変化」といった、他の夢枕作品でも描かれているものではありますが、本作においては、哀しみと恨みというものが史実と強く結びつき、そしてそれを担う空海という強烈な個性が描かれていただけに、より一層、印象深く感じられたことです。


 ――かくて一つの物語は幕を閉じますが、空海を巡る物語は、もちろんこれで終わりではありません。
 本作の終盤では、わずか数行ながら、信じられないほど伝奇的なインパクトを持つ空海の過去への言及があり、そしてそれはどうやらあの「新・魔獣狩り」にまで続いていく様子。本作が完結するまでの長い長い時間を思えば、新たなる物語がいつ語り始められ、そして終わるのか、想像するだけで気が遠くなりますが、ここまで魅力的な前フリをされては、もう知らんぷりはできません。
 本作を反芻しつつ、新たなる物語を待つこととしましょうか。


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