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2007.09.20

「遊部」 変わらぬ秘宝と移ろう人と

 戦国の梟雄・松永久秀の大悪行といえば、その一つに東大寺大仏殿を焼いたことが挙げられますが、その場面から始められるのが、この「遊部」という物語。
 この事件を皮切りに戦国の荒波に晒されることとなった東大寺から、その久秀を破った信長の手で奪われた正倉院の秘宝・蘭奢待の香を奪還するため立ち上がった、謎の遊部の民の活躍が描かれます。

 遊部とは、太古より東大寺を陰から守ってきた民。普段は寺男などに身をやつしつつ、密かに東大寺とその寺宝を守ってきた者たち。その彼らが、本作では、己の権威を誇示するためだけに蘭奢待を切り取った信長の増上慢に怒った東大寺薬師院の院主の命により、暗闘を開始することとなります。
 しかし――彼らにとっての戦いは、決して武器を取っての、相手の命を奪う戦いではありません。代々伝えられてきた歌舞音曲と呪術を用いての彼らの活躍は、人の心に陰に日向に働きかけての、むしろ心理戦・情報戦的オペレーション。当時の芸能者たちと、いわゆる道々の者たちの結びつきというのは、しばしば時代小説、なかんづく時代伝奇小説ではしばしば登場するところですが、本作での遊部たちの活躍もその系譜に属するものと言えましょう。

 また――そうした伝奇的興趣に負けず劣らず魅力的に感じられるのは、遊部の、そして彼らを巡る人々の生き様と、その中で描かれる彼らの心の微妙な響き合いです。
 遊部の者たちをはじめとして、激動の時代にあって、己の愛に、欲に、使命に信念に生きた人々が――それも、完全な勝利者ではなくナンバー2、あるいは歴史の落伍者とも言える人々が――見せる生きざま、人としての営みは、それが長い時を経て変わることない秘宝を巡る物語の中で描かれるだけに、その移ろい流れていくさまが、鮮烈な印象を与えてくれます。

 その一方で、特に後半の構成に粗い部分が感じられるのが残念なところ。最大の敵である信長が最期を迎える本能寺の変が中盤に描かれることにより、蘭奢待争奪もその辺りが最大の盛り上がりになってしまうのはまあ良いとして、それに変わって前面に出てくる遊部誕生の秘密にまつわる物語の結末が…
 上記の通り、題材とキャラクター描写に特に光るものがあっただけに、ストーリー構成の点で失速したのが残念でなりません。


「遊部」(梓沢要 講談社文庫全二巻) 上巻 Amazon/下巻 Amazon

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