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2007.10.02

京都に行ってきました(もちろん時代もの関連) その二

 京都旅行話の続き。というか本題の「国際クロスメディアシンポジウム 歴史創作の魅力を探る~アジアンエンタテインメントの展望~」のお話であります。
 さて、このシンポジウムの(私ら的)メインは、何と言っても特別招聘講演たる、金庸先生の基調講演だったのですが、ここでアクシデント発生。

 何と、前日(前々日)の深夜になって、金庸先生来日中止のお知らせが――どうも体調を崩されていたようで、直前でドクターストップがかかったとのことですが、いやはやさすがに色々な意味でショックでした(香港から日本まで大した距離ではないですが、それでもいかんとなると、やはり心配にもなります)。
 もちろん、ここで丸々講演に穴が空いてしまうというわけにもいかず、金庸先生の片腕という話の孫立川氏が、金庸先生が事前に書いていたという原稿を朗読することとなり、さらにあの岡崎由美先生が孫立川氏と対談するという、これはこれで結構な内容となりました。

 で、その結果ですが――ううむ、残念ながらちょっと…という印象。「歴史創作、武侠、人のこころ」というタイトルから、大いに楽しみにしていたのですが、ちょっと期待していたものとは違っていたかな、というところでした。
 「中国と同様、日本の時代ものでも公平と正義が重んじられた結果、信長を裏切った光秀は日本ではいつも悪役」とか、「大デュマやウォルタァ・スコットなど西洋の歴史小説は真面目すぎてあまり面白くない」といったあたりは、まあ認識の相違とかサンプリングのナニということでまあ良いのですが、中国での金庸読者層を、他国、特に日本にそのまま当てはめているように話されていたのが非常に気になりました。

 中国での金庸読者層が、老若男女ほぼあらゆる層にわたって非常に広いのはよくわかるのですが、日本における読者層は――あまり言いたくないのですが――正直に言って極めて狭いとしか思えません。
 私の見たところでは、時代小説ファン層とも、ライトノベルファン層ともまた異なる(もちろん重なる部分は色々とありますが)、まさに武侠ファン層としか言えない層が日本における読者なのではないかと、強く感じているところです(さすがに岡崎先生はその点は認識されていると思いますが…対談でもその辺りは特に触れられず)

 金庸の作品と、いや武侠小説に比されるものは、日本においてはやはり時代小説・歴史小説と見えるのでありましょうし、それにはおおむね同意できるのですが、やはりそれぞれの特質を考慮に入れずに同質のものと考えるのは、やはり危険なのではないかな、と愚考した次第です。
(いつか、日本の時代伝奇小説と中国の武侠小説、さらには欧米の伝奇小説を比較して論じてみたいのですが、それにはまだまだ私は勉強不足です)


 さて、そしてイベントの第二部のシンポジウムなのですが、これも何というか微妙な味わい。
 出席者は、司会である細井立命館大学教授のほか、坂上東映常務、若泉NHKチーフ・プロデューサー、松原コーエー代表取締役で、まずこのお三方のプレゼンテーションがあったのですが、これがそれぞれの業務紹介の域を出なかったのが何とも…(それどころか単なる繰り言を延々と言ってる方もいましたが、敢えて名は伏せます)。
 「歴史創作」(というネーミングについても出席者は違和感を持っていたようですが)についてはさておき、「クロスメディア」という魅力的な概念について、ほとんど全くプレゼンの中で考慮されていなかったのが、残念でなりません(が、これはおそらく、主催者側の責任でしょう。というより、敢えて狙ったものかしら?)。

 一方、その後のパネルディスカッションについては、それなりに充実した内容であったかと思います。
 「歴史創作」の魅力、それを現代においても行い続けることの意味…一部、あまりにも司会のまとめ方がうますぎて、かえって議論が深まらないという部分もありましたが(ある意味珍現象ですなこれは)、こちらについては、ほぼこちらの聞きたかったことを聞くことができたかな、という印象であります。

 特に――これは全く私が意識していなかったことなのですが、現在様々なジャンルでクロスメディアが行われている中で、そのほぼ唯一の成功例がこの「歴史創作」という指摘は、大いに蒙を啓かれた思いです。
(ちなみにこのシンポジウム中では、その理由については明確には述べられなかったのですが、これはまず間違いなく、「歴史創作」の根底に、変えることのできない現実、すなわち史実があるという点から来ているのでしょう)。


 …と、全般的に厳し目の感想となってしまいましたが、「クロスメディア」というまだまだ馴染みの薄い概念を中心にしたシンポジウムとしては、うまくまとまった部類ではないかと思います。
 もちろん、上でも少し触れましたが、出席者それぞれに、「クロスメディア」に対する意識――それがいかなるものであれ――は持っていただきたかったところではありますが、それがあまりない、というのも現時点の答えではあるのでしょう。

 普段、小説・漫画・ゲーム・映像等々ごたまぜに扱っているうちのようなサイトとしては、やはり「歴史創作」と「クロスメディア」の関係は非常に気になるところでありまして、今後とも是非この関係を探る試みは続けていただきたいと願っているところです(個人的には、もう一回り二回り若い層のクリエイターの意見をうかがったみたいところなのですが)。


 と、わかったようなわからんようなイベント感想記おしまい。

 最後に、ほとんど初対面だった私に大変良くして下さった武侠ファンの方々に厚く御礼申し上げます。そして、今後ともよろしくお願いいたします――


 …今頃になって気づいた。正子公也先生のブースに行きそびれた――!

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コメント

うっわー。私の言いたかったモヤモヤを適切に書かれていますね。流石です。
なんか「西洋人には私の小説受けません。私も西洋人の時代小説なんか嫌いです」って八つ当たりなんじゃ、と思いました。光秀のくだりはもうアウアウア……ってなりましたねえ……。

投稿: 吉梨 | 2007.10.03 01:15

そういえば言ってましたねえ…西洋人云々。
ちょっと変な方向に取られると怖いのですが、大アジア主義的発想があったのが気になりましたね。
あと、本当に金庸作品がクロスメディア化に適しているかどうかは、まだ分析の余地があるんじゃないかなあ…

そうそう、当日の模様は↓に触れられていました。
http://www.famitsu.com/game/news/1210917_1124.html
ファミ通にしてはごくごく真っ当な記事ですね。結構詳しく書いてあるので、S上氏のプレゼンのつまらなさに対する怒りがまた甦ってきました(笑)

投稿: 三田主水 | 2007.10.04 00:49

当日は遠路はるばるお疲れ様でした!

あの解り難いと評判の(?)講演をすっきりまとめて下さってありがとうございます!!
映画村からの帰路でもお話していましたが、まったくクロスしてない講演でしたからねえ。。。
西洋の時代小説に関しての評は私もかなり違和感がありました。
デュマもスコットも所詮19世紀の人ですから・・・。
今日とはかなり道徳基準なんかも違いますし、
それをもって真面目すぎるというのはいかがなものかと思います。

投稿: まや | 2007.10.05 22:12

まや様:
その節は本当にありがとうございました。おかげで楽しい旅となりました。

講演は、色々と難しいものですね…金庸先生ご自身の他作品の評価については、まあ個人の趣味というものもあるかなと思うので別にいいのですが、それを元に一般化しようとするとちょっと危険な気もしますね。

投稿: 三田主水 | 2007.10.07 22:11

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