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2007.10.10

「大江戸妖怪かわら版 異界から落ち来る者あり」 異界から見た人の情

 このブログでは基本的にパラレルワールドを舞台にしたファンタジーは扱わないのですが、面白い作品に出会えば例外はあります。
 今回紹介する「大江戸妖怪かわら版 異界から落ち来る者あり」もその一つ。人間の代わりに妖怪たちが住む大江戸を舞台に、その中で唯一の人間である少年の視点で、もう一つの江戸の姿が瑞々しく描かれます。

 本作で描かれる江戸は「昼空を龍が飛び、夜空を大蝙蝠が飛び、隅田川には大蛟、飛鳥山には化け狐。大江戸城には巨大な骸骨“がしゃどくろ”が棲む妖怪都市」。人間の傍らに妖怪が隠れているのでも、人間と妖怪が共存しているのでもなく、妖怪のみが平和に暮らすのが、この大江戸であります。
 そんな大江戸で暮らす唯一の人間が、おそらくは現代からこの世界に「落ちて」きた少年・雀。駆け出しのかわら版記者として活躍する雀が出会った事件を描く本作は、上巻では雀と同じく異界=人界から落ちてきた幼い少女・お小枝を巡る顛末を描く上巻、そしてかつて雀がこの大江戸に落ちてきてから、その住人として生きることを決意する様を中心に描かれる下巻と、大きく分けて二部構成となっています。

 しかしその両方で共通するのは、大げさに言えば、異界の大江戸に触れることにより、孤独な魂が癒され、人間性を回復するという物語構成です。
 両親に嫌われていると思いこんでいたお小枝も、そして両親に疎まれ荒みきった生活を送っていたかつての雀も――共通していたのは自分自身の殻に閉じこもり、自分を孤独と思いこんで自分の世界を狭くしていたということ。そんな彼らを、その殻から救い出すのが、人間が一人たりとて存在しない大江戸世界と、そこで暮らす妖怪たちというのはちょっと不思議にも思えますが、それは妖怪たちの持つ「人情」あってのことと言えます。
 姿は異形でも、江戸っ子らしい人情を持つ妖怪たち。その姿が人間とかけ離れていればいるほど、その人情はより一層胸に迫るものでありますし、そしてそれは裏返せば、雀たちが思っていた以上に、人間の世界に人情が存在している――妖怪ですら持っている人情を、人間が持たないわけがありましょうか――ことの証でもあります。

 現実と、それとは少しだけ(?)異なる世界とを照らし合わせることにより、普段は気付かないような現実のなんたるかを描き出す――この点においては、本作は伝奇的な手法を用いているやに思われます。


 と、わかったようなわからないようなことを書いてしまいましたが、本作はキャラクターものとしても、もちろん実に楽しい作品であることは間違いありません。
 大江戸に溢れる妖怪たち――特に、雀を取り巻くレギュラー陣は、誰も彼も個性豊かで、実に楽しい奴ばかり。天を往く赤毛の魔人・桜丸、気障な文芸担当の銀色猫・ポー、強面だが甘いものに目がない狼男の同心・百雷、雀の親代わりである黒眼鏡の魔人・鬼火の旦那…なかなかよそではお目にかかれないような、人間以上に人間臭い魅力的な連中であり、彼らと雀のやりとりが、本作の大きな魅力であると言えます。
(個人的には、口から出てくる紙テープで会話するのっぺらぼうの絵師・キュー太がお気に入り)

 細かいことを言えば、全体の構成にちょっと首をかしげる点がないでもないですが、それでも十分以上に楽しいこの「大江戸妖怪かわら版」。つい先頃、シリーズ第三巻(本作上下巻を一・二巻とカウント)となる「封印の娘」も刊行されたことですし、例外としてこのブログでも追っていこうかな、と今は考えている次第です。


「大江戸妖怪かわら版 異界から落ち来る者あり」(香月日輪 理論社全二巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon

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