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2007.10.12

「隻影」 もう一つの我が身の影

 横山光輝先生の時代漫画というのは、それこそ大変な数描かれているわけですが、長編はさておき、短編で一番好きな作品は? と聞かれた場合、私が挙げるのはこの「隻影」という作品であります。

 物語は、かつて「大垣の竜」と呼ばた男・板倉が、江戸から帰ってくる場面から始まります。その剣の腕と、激しい気性で恐れられてきた板倉は、江戸勤めを命じられてから五年ぶりに帰ってきたのですが、彼のいない間に大垣で名を挙げていたのが、「大垣の虎」こと新富という青年。
 前髪立ちながら、既に大垣で並ぶ者なき腕前の新富は、俄然に敵意を燃やし、周囲も興味本位に竜虎の対決を煽り立てるのですが…

 しかし板倉は、一度は新富の挑発の前に道場で彼と向いあったものの、如何なる理由かその場で勝負を捨て、以降も彼を避けるようになります。
 口さがない人々の声も意に介さず、沈黙を守る板倉。その彼が、新富から遂に送られてきた決闘状を受けて、やむなく臨んだ果たし合いの末に、語った真意とは――

 このあらすじからもわかるように、本作は基本的には非常に淡々とした作品。忍者が登場するわけでも、異能異形の存在が登場するわけでもなく、派手な戦闘シーンがあるわけでもない。
 ただ、二人の侍の姿が静かに描かれていく作品なのですが、これが実に味わい深く、美しい世界を生み出すことに成功しています。

 ことに印象に残るのは、横山先生の円熟した筆で描かれる、「大垣の竜」こと板倉の姿。かつての暴れ者の印象はどこへやら、度重なる挑発やうわさ話も意に介さず、殊更に構えるでもなく淡々と侍として日々を暮らす姿は、一種の品格すら感じられるものであり、それがラストの彼の言葉に何とも言えぬ重みを与え、感動を生み出しているのであります。
(彼と、彼をおそらく慕っているであろう女中・妙との描写がまた何ともしっとりとおちついた味わいで…ラストの決闘に出かける前に「拙者の釣って来た魚を焼いて待っておれ 今夜は妙の酌でのもう」と言い残していく姿など実にいい)

 と、実はこの作品は、横山先生の商業デビュー翌年に描かれた「白竜剣士」という作品のリメイク。
 「隻影」に比べ、「白竜剣士」の方は少年誌向けの作品であり、またページ数も多いことから、竜虎の対決に至るまでのエピソードも色々と膨らまされているのですが、基本的なストーリーは同一です。

 このストーリーを少年向けに書けるのかな、と思いきや、これがまた、クライマックスについては、子供にもわかりやすく、噛んで含めるように丁寧に描かれていて感心してしまうのですが、今読んでより胸に迫るのはやはり「隻影」の方。

 もちろん、二十年近く間をおいて描かれた作品――しかも一方はほぼデビュー直後――を比べる自体ナンセンスではあるのですが、やはり、漫画家として、人間として経験を積み重ねた横山先生自身の姿が透けて見える「隻影」の方がより味わい深く、また大いに共感する部分があります。

 これは全くもって勝手な想像であり、失礼なお話ではあるのですが――「白竜剣士」を「隻影」にリメイクする時の先生、新富青年を前にした時の板倉氏と同じような気分だったのではないかしらん。


「隻影」(横山光輝 講談社漫画文庫「鉄甲軍団ほか八編」所収) Amazon

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