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2007.10.08

「妖桜記」 裏返しの人間賛歌

 赤松満祐が足利義教を謀殺し、自らも幕府軍に敗死した嘉吉の乱は、まさに室町という時代の混沌を象徴した事件の一つですが、その混沌から始まる物語がこの「妖桜記」です。
山東京伝の「桜姫全伝曙草紙」を下敷きにしつつ、動乱の時代の背後で自由に筆を遊ばせた本作は、優れた時代伝奇小説であると同時に、皆川博子の伝奇小説の代表作の一つであります。

 嘉吉の乱を影武者により生き延びた満祐。満祐の寵を競うライバル・玉琴を惨殺した満祐の側室・野分御前とその娘・桜姫。殺されながらも呪力で蘇った玉琴とその息子・清玄。南朝再興をもくろむ周囲の思惑に翻弄される南朝の皇統の少年・阿麻丸…
 この物語においては、嘉吉の乱に始まり、後南朝による三種の神器強奪事件である禁闕の変、さらにはそのカウンターと言うべき赤松氏遺臣による神爾奪還の長禄の変と、ある意味この国の根幹を揺るがせた(…象徴的な意味として、ですが)事件の背後で、数多くの登場人物が正邪、いや邪邪? 入り乱れて展開することになります。

 このように歴史上の事件を背景にしつつ、また「桜姫全伝曙草紙」から登場人物名などを引いている本作ではありますが、しかしそうした縛りの類も全く気にしないかのように展開する本作を一言で表せば融通無碍、でしょうか。登場人物のほとんどは己の目的・欲望のためであれば、世俗の則などは全く気にしないようなゴーイングマイウェイな人物ばかり。物語の原動力とも言える彼らのその強烈な想いの前には、社会情勢だの歴史の流れだのと言ったものすら小さなものに思えてきます。

 そんな本作の中では、時として人間のひどく背徳的で猥雑な姿や、数多くの人々の残酷な死が描かれていくことになりますが、しかしそれは裏返しの人間賛歌とも言うべきもの。ありのままの人間の「生」の姿は、一種独特のおかしみと、そして爽快さすら感じさせてくれます。ことに、混沌に次ぐ混沌の果ての結末で阿麻丸たちが辿り着いた境地には、不思議な静謐さと解放感が溢れており「生」への力強い肯定が感じられたことです。

 幻想味や耽美さ(そして時折差し挟まれるユーモア)の中に人間の、そして時代の諸相を的確に浮かび上がらせる様は、まさに皆川博子ならでは、と言うべきでしょうか。現在絶版となっているのが非常に残念でならない、室町伝奇の名品であります。


「妖桜記」(皆川博子 文春文庫全二巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon

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コメント

 フフフ、こんなところで『妖櫻記』に出会うとは。……
 高校時代に読んだ青春の1冊すよ。……(遠い目)
 と言いつつ話は実のところあまり覚えていない、端々の表現の美しさしか覚えていないのですが(苦笑)、確か、

「百合は実に不気味な花だ」

 というくだりがあったように思い、この作者の美意識にアテクシやられましたね。

 皆川博子の怪奇物なら、お読みになっているかもしれないけれども、『朱鱗(うろこ)の家』もいいですよー。
 これが、これがさ。…
 角川のホラー文庫版ではだいぶ割愛されて残念なことになってしまっているけど、文芸本の方は装丁と中の挿絵の趣向が、絵草紙みたいに華麗で、妖美の極みでね。……
 しかも行数とかページ進行も巧みに計算されて、物語をドキドキしながら追いつつ、次の見開きページで挿絵がぐわっと読者の目に襲いかかってくるような趣向なのよ。……

 お読みになっていなかったら、お暇なときにでも古本屋で是非。
 あ、文庫ではなく文芸本をね(笑)。

投稿: カラスマ | 2007.10.09 02:06

さすがは烏丸さん。
「妖桜記」は、お耽美な美しさの中に妙なおかしさがある作品でした・

「朱鱗の家」は、読もう読もうと思いつつ、まだ読んでいない一冊です。ご忠告通り、単行本を探してみますね。
しかし文庫化も無茶するなあ…

投稿: 三田主水 | 2007.10.10 01:27

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