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2007.10.21

「白狐魔記 戦国の雲」 方便という合理精神

 楠木正成の死から二百三十数年、白駒山で静かに暮らす白狐魔丸のもとに、妖力を持つ旧知の狐・雅姫が現れる。雅姫の誘いで織田信長の元を訪れた白狐魔丸は、そこでかつて白駒山で出会った若者・不動丸と出会うのだった。信長師の仇と付け狙う不動丸の存在が気になった白狐魔丸は、彼を追って信長と一向衆が対峙する伊勢長島の戦場に向かうが。

 神通力を持った狐・白狐魔丸による人間観察記とも呼ぶべき「白狐魔記」も、少し刊行に間が空きましたが、本作「戦国の雲」で四巻目。
 同族同士はおろか兄弟同士ですら相争う人間、特に武士という存在に、批判的な眼を向けてきた白狐魔丸にとって、他の作品では時に戦国の魔王とすら呼ばれる信長は、果たしてどのように映るか。その点がやはり気になるところですが、これまでも決して一方に偏ったものではなく、淡々とした視線で歴史を、人間の生き様を見守ってきた本シリーズらしく、なかなかユニークな形で信長という存在が描かれています。

 特に、本作が多面的な信長像を描くことに成功しているのは、信長を語る者、信長を見つめる者が、様々に存在していることでしょう。
 信長の部下である秀吉・光秀。信長を師の仇として付け狙う不動丸(ちなみにその師とはあの杉谷善住坊!)。あるいは信長配下の名もない足軽や、敵である一向衆徒。そして何より、人ならぬ存在である白狐魔丸と雅姫――
 そのそれぞれの目に映る信長は、あるいは開明な英雄であり、あるいは酷薄な独裁者であり、あるいは既成の価値観の破壊者であり…いずれにせよ、信長という人物の、単一な価値観では捉え切れぬ様々な側面を浮かび上がらせることに、本書では成功していると思います。

 その一方で本作では、その信長の他面性の由来について、ある回答――もしくはヒント――を与えているのが印象的です。
 それは終盤に信長が白狐魔丸に対して語った「方便」という概念。
 ここで言う「方便」とは、もちろん仏教用語ではなく、一般に転化した言葉、すなわち「目的のために利用する便宜の手段。てだて」であります。

 極端な言い方をしてしまえば、信長にとって全ては自分の天下統一のための「方便」。それは時には将軍という権威であり、時には神仏の威徳であり、時には敵味方の命であり…大小様々でありますが、およそ他の人物にとっては目的となるものが、信長にとっては手段でしかない、ということになります。
 手段なればこそ、容易に取捨選択することができる。一つのものに縛られることなく、新たなものを生みだし、捨て去ることができる。
 この、極めて近代的な合理精神、拘りのなさこそが、信長の多面性の淵源であり、そしてそこに信長について考える際に我々が感じる違和感と崇敬の念が生まれるのでしょう。

 その信長が、自らの壮図達成の目前で命果てることとなったとき、どのような選択を行うことになるのか――それはもちろん、ここで詳しくは述べませんが、彼が一種超時代的な巨人であったとしても、彼の愛した「敦盛」の一節にあるように全ては「夢幻のごとく」消えていく様には、時の流れの前における人間の存在というものを感じさせられます。

 ちなみに本シリーズのこれまでの作品においては、有名無名の人物を通じてある時代というものが描き出されていたのに対し、本作においては、時代というよりも信長という人物そのものが明確に中心として描かれている感があります。
 信長という人間が示した近代的精神――そしてそれと周囲に与えた正負様々な影響――こそが、日本史上の巨大なパラダイム・シフトが発生した戦国という時代を表している、と取ればよいでしょうか。


 分類としては児童文学に区分される作品ではありますが、いつものことながら、その描くところには端倪すべからざるものがあるシリーズです。


「白狐魔記 戦国の雲」(斉藤洋 偕成社) Amazon

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