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2007.10.22

「黒博物館 スプリンガルド」 これぞ大人の熱血漫画

 人間離れした跳躍力でロンドンの夜に文字通り跳梁し、人々の心胆を寒からしめた怪人・バネ足ジャックが姿を消してから三年…怪人が再び、より凶悪な存在と化して帰ってきた。バネ足ジャックが起こした殺人事件を追うジェイムズ・ロッケンフィールド警部は、三年前の事件の真犯人と目される放蕩貴族ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド侯爵をマークするが、彼らを嘲笑するかのように怪人の跳梁は繰り返される。だが怪人の魔手が、ウォルターの家に仕える召使いのマーガレットの周辺に迫った時――もう一人の、真実のバネ足ジャックが立ち上がる…

 熱血と怪奇という、一見相反するかに思える二つの要素を巧みに縒り合わせ、一つの感動的なドラマを生み出すことでは右にでる者のいない藤田和日郎の最新作は、何と十九世紀のロンドンを舞台とした活劇ロマン。そしてその題材が、あの「バネ足ジャック」と聞いたときには、ずいぶん驚かされたものでした。
 バネ足ジャックの何たるかについては、本編及びそれに付された解説(著すは仁賀克雄先生!)で言い尽くされておりますが、しかし我が国においてこの怪人は、これまで一部の怪奇事件・怪奇現象マニアの間でしか知られていなかったような存在。題材とした作品も、松尾未来氏の「ばね足ジャックが夜来る」くらいではないかと思います。
 そんなマイナーな存在、しかも奇っ怪極まりない怪人を、あの藤田和日郎がどう描くかと、興味半分心配半分でいたところでありますが、蓋を開けてみればこれがどこを切っても藤田作品ならではの味わいに満ちた佳品でありました。

 本作で描かれるのは、真実のバネ足ジャックの跳梁のその三年後に出現した、もう一人のバネ足ジャックが巻き起こす惨劇と、その背後に秘められた一つの愛の物語。
 まず第一に、バネ足ジャックの「活躍」については、これまで作中で幾多の妖鬼・魔人を描いてきた作者らしく、達者というしかありません。禍禍しさと道化じみたおかしさを同居させたジャックの姿は、見事にこちらの頭の中にあったジャックのイメージを形にしたものとして大いに唸らされましたし、そのバネ足という特殊すぎる能力(?)を生かしたアクション設計も見事の一言。
 これに、屈折した放蕩貴族に直情径行の熱血刑事といった、実に個性的で魅力的なキャラクターが絡むのですから、つまらなくなるわけはないのですが、しかし本作が、これまでの藤田作品から(特に青年漫画として)一歩踏み出したと思わされたのは、作中で描かれる愛の形を見せられた時です。

 もちろん、恋愛という代物については、少年漫画を含めたこれまでの藤田作品でも様々な形で描かれてきた――「からくりサーカス」など突き詰めれば一大恋愛ドラマであります――要素ではありますが、本作でのそれは、些かそれとは趣が異なるもの。
 なんとなればそれは、決して成就しない、してはならない愛。相手のことを愛し憧れ、尊重すればするほど、秘め隠さなければいけないものなのですから…
 しかし、それだけ取り出せば、ある意味普遍的なそれを、物語の中で描き、命を吹き込むセンスはどこまでも藤田和日郎流。怪人バネ足ジャックが、愛する娘の門出の日を守るため、人知れず命を賭けて死闘を繰り広げることになるとは、一体誰が想像できましょうか?

 そもそも、「他の男と結婚する愛する女を(その女は知らぬまま)守って死ぬ」というのは、頭ン中に男の子の部分を残した大人の男であれば、誰もが憧れるであろうシチュエーション(断言)。
 しかし一歩間違えればどうしようもなく馬鹿馬鹿しく、あるいは陳腐なものとなりかねないそれを、手加減抜きで真っ正面から描き、読者の心をがっちりと掴んで見せたのは、作者の見事なドラマ構成力と、そして尋常でない熱量あってのことでしょう(そしてまた、この純愛で動くジャックに、邪恋というべきもので動くもう一人のジャックを対置してみせるのがまた見事)。

 物語の熱さはそのままに、しかしある程度人生のあれこれを味わった読者をも――いやそんな読者こそを感動させる物語。
 これはまさに、大人の熱血漫画、と呼ぶべきものではないかと感じた次第であります。


 ちなみに――本書には、そんな大人の熱血を受け継ぐ少年少女たちの物語も収録されているのですが、少々長くなりすぎたので、そちらについては別の機会に紹介させていただきたいと思います。


「黒博物館 スプリンガルド」(藤田和日郎 講談社モーニングKC) Amazon

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コメント

当方がバネ足ジャックを知ったのは、松尾未来氏の亭主である朝松健氏の「黒衣伝説」でありました。

最近久しぶりに伝奇以外のオカルトものも復活したようですが、私闘学園のようなものもまたやってもらえないでしょうかな。

投稿: Haster | 2007.10.24 00:10

Haster様、実は僕も同じく「黒衣伝説」です(話が脇に逸れすぎそうだったので本文には書きませんでしたが…)

色々と難しいところはあると思いますが、是非また色々な作品を読みたいですね。

投稿: 三田主水 | 2007.10.24 19:23

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『黒博物館 スプリンガルド』藤田和日郎/講談社モーニングKC/大人を意識しつつ子供心を忘れない、そういう面白さがあった作品でした。 良いなぁ、好きだなぁ。まず装丁が好き。あとは、メインとなる「バネ足ジャック」の造形だけで、もう勝ちなんじゃないかと…。 ... [続きを読む]

受信: 2007.10.22 20:08

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