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2007.11.29

「生死卍巴」 良くも悪くも国枝作品

 ある晩、不思議な女から「山岳に行け」という託宣を受けた若侍・宮川茅野雄。折しも飛騨に暮らす従姉妹からの便りを受け取った茅野雄は、飛騨の山中に旅立つが、そこで彼を待ち受けていたのは、激しく憎しみあう二つの宗教境と、謎の宝を巡る争いだった…

 主に「神州纐纈城」をもって、現代の読書人にも知られるところとなった国枝史郎ですが、もちろんその作品は――特に時代伝奇ものは――「纐纈城」のみならず、多数遺されています。
 長編たる本作「生死卍巴」もその一つですが、いやこれが実に色々な意味で国枝らしい作品であります。

 物語のスタイル自体は、不思議の秘宝を巡って、主人公をはじめとして様々な勢力が相争うという、時代伝奇ものの一典型でありますが、しかしその中心にあるアイディアがもの凄い。
 それは何と、江戸時代の日本に既に「回教」――すなわちイスラム教が伝来し、密かに将軍のお膝元、江戸にて布教が行われていたというもの。しかもその教徒たちで崇められている「極東のカリフ」なる何とも胸躍るネーミングで呼ばれる人物が、御三卿の一つ、一橋家の人間なのですから素晴らしいお話です。

 …が、設定の面白さ・奇抜さがなかなか本編の面白さにダイレクトに繋がっていかないのが国枝作品の恐ろしさであります。これだけ面白そうな設定を用意し、如何にも曰くありげな登場人物が次々と現れながら、作中で繰り広げられるのは追いかけっこと、その唐突な解決。
 熱心な国枝ファンの方には怒られそうですが、腰砕けな結末もあって、決してつまらない作品ではないものの、何とも評価に困ってしまう作品ではあります。


 もちろん、これこそが国枝作品の味(の一つ)と言えば全くその通りですし、上に述べたアイディアの強烈さなど大いに賞すべき作品であります(江戸時代にイスラム教を登場させた作品は、もちろん皆無と言うつもりはありませんが、相当少ないはず)。
 山中異界、曰くありげな貴人、理想郷的宗教団体と、道具立てもいかにも国枝らしい(これで怪建築と人体解剖趣味が加わったら、ほとんど完璧)作品で、国枝作品の何たるかを知るには、良い作品かもしれません。


「生死卍巴」(国枝史郎 未知谷「国枝史郎伝奇全集」第四巻ほか所収) Amazon 青空文庫

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