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2007.11.26

「江戸八百八町物語」 江戸を生きる

 柴錬先生というと、やはりニヒルなヒーローが活躍する伝奇絵巻という、その派手な作品内容がまず浮かびますが、しかし静かな中に凛としたものを感じさせる語り口の妙も、決して忘れてはいけない魅力です。
 この「江戸八百八町物語」は、その柴錬先生一流の語り口の冴えを存分に味わうことができる一冊。エッセイ風の小説と言うべきか、小説仕立ての巷説と言うべきか――全十四編、江戸時代という時代の持つ様々な貌を、興趣に富んだ物語として味合わせてくれます。

 題材については実に様々――以下にタイトルを引用すれば、
江戸っ子由来/赤穂浪士異聞/御落胤/ゆすり旗本/仇、討たれず記/異変護持院原/有馬猫騒動/女中・妾・女郎/大奥女中/五代将軍/武士というもの/賄賂/江戸っ子/紀伊国屋文左衛門
と、そのバラエティに富んだ内容は一目瞭然でしょう。
 主人公となる人々も、身分は上から下まで、職業も千差万別ですし、題材となる事件や風物も、ごく地味なものからそのまま伝奇ものになりそうなものまで様々ですが、しかしそこには、いかにも柴錬先生好みの、一本筋が通ったものが感じられます。


 例えば冒頭に収められた「江戸っ子由来」という作品。タイトルからして本書にピッタリですが、そこで語られるのはあの天下のご意見番・大久保彦左衛門の一代記であります。
 徳川家に天下を取らせたという、その誇りを胸にして生きる彦左衛門ですが、時流の移り変わりは誰の目にも明らか。

 それでも昂然と胸を張って生きる頑固一徹・ひねくれ放題の彦左衛門の姿は、周囲の人間から見れば、迷惑と言えば迷惑なのですが、しかし己の筋というものを、己の人生を賭けて貫いたその姿からは、意気地、心意気といったものが、強く伝わってくるのです。
(ちなみに柴錬先生、こういう微笑ましい困り者を描かせると抜群に巧いですね。ご本人もこういう方だったのではないかしらん)

 そしてその彦左衛門の生き様が、晩年になって意外な実を――それが「江戸っ子」という概念なのですが――結ぶ結末には、静かな感動があります。


 もちろん、本書で描かれるのはこうした最後まで心意気を貫いた者だけではなく、貫こうとしてできなかった者、かえって悲惨な目にあった者など様々ですが、それはそれで人間の諸相というものでしょう。
 江戸を生きる人々を描いた歴史読み物として面白いのはもちろんのこと、柴錬作品の裏側にある精神性を考える上でも、実に興味深い一冊であります。


「江戸八百八町物語」(柴田錬三郎 講談社文庫) Amazon

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