« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 ついに面割れて…!? | トップページ | 「骨董屋征次郎京暦」 残されものの叫び »

2007.11.01

「武蔵と無二斎」 剣豪小説から歴史小説へ

 火坂雅志と言えば、再来年の大河ドラマ原作に選ばれたように、今や骨太の、歴史小説色の強い大家という印象がありますが、しかしデビュー以来しばらくは、派手な伝奇ものや剣豪・武道家を描いた作品が主体となっておりました。
 本書「武蔵と無二斎」もその系譜に属する短編を集めた作品集。表題作をはじめとして、己の磨いた技に命と誇りを賭けた男たちの物語が集められています。

 本書に収録されているのは全七編――
 武蔵と父・無二斎の確執を通じて、兵法者の業というべきものを浮かび上がらせた「武蔵と無二斎」、武蔵が奈良元興寺の鬼の怪に挑む初期火坂伝奇チックな味わいの「鬼の髪」といった宮本武蔵を主人公とした二編のほか、「殺活」「卜伝峰入り」「一の太刀」「あばれ絵師」「柳生殺人刀」と、いずれも一流の祖たる達人たちの、優れた腕を持つ故の苦難の道を描いた作品ばかりです。

 いずれも水準以上の作品ばかりの本書ですが、その中で特に印象に残ったものを個人的に一つ選ぶとすれば、「一の太刀」でしょうか。「一の太刀」と言えば、その一つ前に収められた作品の主人公・塚原卜伝の生み出した秘太刀でありますが、本作はその最後の継承者たる田丸直昌の物語。
 剣士の心映えを無視して一の太刀を将軍の御前で披露させようという命に逆らい、また、関ヶ原の合戦では、その戦いに義なしとして唯一家康の眼前から去った硬骨漢の生き様を、一の太刀の行方と絡めて描いた本作は、剣豪ものとして楽しめるのはもちろんとして、現在の作品群に通じる、戦乱の世に己の道を貫いた男を描いた歴史小説としても楽しめる一編でありました。


 と――この剣豪小説と歴史小説二つの味わいを持つ作品に触れたのをきっかけに考えたのですが、本作をはじめ、本書に収録された作品の執筆時期を考えると、なかなか興味深いものがあります。
 本書の作品の執筆時期は、一番古い作品で一九九三年、一番新しいもので二〇〇二年ですが、その大半が、二〇〇〇年前後に発表された作品となっています。

 ここで火坂氏の出版年譜に眼を向けると、それとほぼ同時期の二〇〇一年に刊行されたある作品が大きな意味を持って感じられます。その作品の名は「神異伝」――火坂版「妖星伝」ともいうべき一大伝奇長編たる本作は、実は単行本が第四巻まで刊行された後、長らく中絶していたのですが、その完結編第五巻が書き下ろし刊行されたのが、この年なのです。

 この「神異伝」完結以降、火坂氏は伝奇作品をほぼ封印して、現在の歴史小説色の強い作品を発表していくことを考えると、この時期が大きな区切りであることが想像されますが、そうであるとすれば、同時期の作品を収めた本書は、そのまさに貴重な過渡期の作品集であると言えます。


 剣豪小説・伝奇小説から歴史小説へ――本書に描かれた剣豪・武道家たちが、死闘の中でやがて己の行くべき道を見出していった姿と、作者自身の作品の変化が重なって見えると言うと、これは牽強付会の謗りを免れないかもしれませんが、しかしファンにとっては、なかなか魅力的な想像ではあります。


「武蔵と無二斎」(火坂雅志 徳間文庫) Amazon

|

« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 ついに面割れて…!? | トップページ | 「骨董屋征次郎京暦」 残されものの叫び »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/16938467

この記事へのトラックバック一覧です: 「武蔵と無二斎」 剣豪小説から歴史小説へ:

« 今週の「Y十M 柳生忍法帖」 ついに面割れて…!? | トップページ | 「骨董屋征次郎京暦」 残されものの叫び »