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2008.02.23

「山嶽党奇談」 公正さと正義を愛するまなざし

 金さえ積まれれば勤王・佐幕関係なく暗殺の刃を振るうという秘密結社・山嶽党。その誘いの手をはねつけた鞍馬天狗は、この憎むべき暴力の徒を壊滅させんと、戦いを挑むことを決意する。しかし、神出鬼没の山嶽党の魔手は、天狗と杉作を幾度となく苦しめる。果たして謎に包まれた結社の正体は。

 丁度NHKのドラマ版で放映されたということで、「山嶽党奇談」を再読しました。名作「角兵衛獅子」同様、杉作少年が鞍馬天狗の愛すべき相棒として活躍する少年向け小説でありながら、発表から数十年経った現代の大人の読者が読んでも十分に楽しめる快作です。

 本作の特長は、やはり鞍馬天狗の、そして新選組の共通の敵となる山嶽党でしょう。金で暗殺を請け負う結社でありながら、その行動は神出鬼没、神出鬼没ぶりでは負けないはずの天狗ですら、その動きを捉えるのには苦闘を強いられる強敵であります。この山嶽党と、我らがヒーロー鞍馬天狗の、逆転また逆転、文字通り打打発止のやりとりが、本作の魅力とも言えるでしょう。

 しかしここで注目すべきは、この山嶽党の性格でしょう。勤王でもなく佐幕でもなく、ただ金を払った相手の望みに応じて暗殺を行う山嶽党は、思想なき暴力の化身とも評すべき集団。その存在は、たとい死闘を繰り広げる相手であっても可能な限り力の行使を避けようとする、そしてたとい主義主張を一にする者であっても理不尽な暴力を用いる者には決して組みしない天狗とは、まさに対極にあると言えます。

 初登場時は、激烈な勤王の闘士として描かれた鞍馬天狗は、しかし、物語が書き継がれるにつれて、その性格を変容させ、思想から一定の距離を置いた、人々の自由のために戦う遊撃剣士として描かれるようになります。
 そのターニングポイントの一つとも言える、本作の前に描かれた「角兵衛獅子」のラストでは、天狗と宿敵との間の戦いの、時代小説史上屈指の爽快な結末が描かれます。それを受けての本作が、このような、主義主張に関係ない憎むべき敵を設定してみせたのは当然の帰結とも言えるかもしれませんが、しかし執筆時期を考えれば、作者の公正さと正義を愛するまなざしに胸を打たれます。

 もちろん、こうした明快で理想主義的な描写は、少年小説だからこそ許されるものかもしれません。しかし、少年小説だからこそ描かれるべきものが確かにあるのであり――そしてあたかも杉作に語りかける天狗の如く、作者がそれを読者に語りかけているからこそ、本作は時代と世代を越えて魅力的なのだと、改めて感じ入った次第です。
 少年小説になーにを真剣になっているのだと笑われるかもしれませんが、こういう感想もあるということで一つ。


「山嶽党奇談」(大佛次郎 文藝春秋) Amazon

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