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2008.04.24

「妖魔」 忍者と妖怪と、人間と

 時は戦国、青年忍者・緋影は、忍びの里で兄弟のように育ちながらも、突然自分に襲いかかり深手を負わせて里を追われた魔狼を連れ戻すため旅に出る。しかし、魔狼を追って諸国を放浪する緋影の前に次々と現れるのは、奇怪な妖怪たちだった。旅の最中で知り合った抜け忍の少女・妖(あや)とともに、妖怪との戦いを続ける緋影だが、ついに巡り会った魔狼の正体は…

 忍者ものの漫画というのは、それこそ山のようにありますが、その中で忍者たちが戦う相手は同じ忍者がほとんど、武芸者・侍がそれに続くくらいで――要するに人間相手で――人外の化性と対決するというのは、存外に少ないもの。その例外の一つにして、まずは代表の一つと挙げられるのが、本作「妖魔」であります。

 少女漫画から少年漫画まで、オカルト・ホラーからコメディまで、様々なスタイルで活躍をみせる楠桂の得意とするジャンルの一つがホラー時代劇ですが、本作はその嚆矢とも言うべき作品――作者が19歳(!)の頃の、初連載作品であります。
 今回、久しぶりに読み返したのですが、発表から二十年近く経つ今読んでみても、本作で描かれた「忍者vs妖怪」という構図は実に新鮮かつ魅力的であり、全く古さを感じさせることがありませんでした。

 普通の(?)時代劇であれば、外連の技の使い手、人外に近い存在として描かれることの多い忍者が、本物の人外と対峙した際に如何に戦いを挑むのか? この異種格闘技戦的シチュエーションは、一種ゲテモノ趣味的なものかもしれませんが、しかしそこに楠桂お得意の、重く黒い人間模様が絡むことにより、単なる鬼面人を驚かす体のものではないドラマが描かれれていると言えます。
 特に、戦国時代という戦争が常態となった、ある種の極限状態下において、人が人を殺す有様、人が人を差別する有様を容赦なくえぐり出した部分は、同様に戦国時代を舞台とした大作「人狼草紙」や、「神の名は」においても継承されているものであり、その点でも注目すべきものがあります。

 もっとも、個人的に残念な部分もやはりあって――何よりも、忍者と妖怪との、存在的な「近さ」が、あまり深く突っ込んで描かれていないのが実に勿体ないという印象があります。
 戦国という時代において、個人の情を殺し、そして他人を殺すことを生業とする忍者は、単にその操る技によってではなく、その精神性において、人外に近い存在であると言えます。その点において、忍者はむしろ妖怪に近い存在であり、本作で描かれる戦いは、ある意味、同族同士の潰し合いであります。
 もちろん、忍者はやはり人間であり、妖怪とは一線を画す存在。忍者と妖怪との戦いの中からは、その両者の違いが――言い換えれば「人間というもの」が見えてくるべきなのですが…惜しいかな、その点が弱かったと感じます。
(魔狼との友情のために里を飛び出した緋影や、自分らしく生きるために抜け忍となった妖といった、メインキャラの生き様こそがそれなのだとは思いますが、むしろ彼らが普通にヒーローに見えてしまうのが惜しい)

 と、くだくだしく述べてしまいましたが、この辺りは、作者のキャリアの最初期に属する作品ということで割り引いて考えるべきでありましょう(この、人外を通して人間というものを描く試みは、後に続く上記の二作品等でより深化した形で描かれていることでもあります)。
 本作は後にOVA化されているのですが、この辺りをどう料理しているのか、見比べてみたいと思っている次第です。


「妖魔」(楠桂 集英社文庫(コミック版)) Amazon

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