「貉と奥平久兵衛」「天狗田楽」 村上元三の変化もの二題
「KENZAN!!」誌最新号の細谷正充氏の記事で、なるほど! と思ったのは、村上元三のいわゆる「変化もの」を読むことができる書籍として、リブリオ出版の「ポピュラー時代小説」シリーズの「村上元三集」を挙げていたことでした。
このシリーズ、いわゆる大活字本で、大抵の図書館には揃っていると思うのですが、他の書籍では絶版になっている作品がひょっこりと収録されていたりするのです。
本書に収録されているのは、やはりレアもの「貉と奥平久兵衛」「天狗田楽」「河童将軍」の三編を収録。「河童将軍」については以前別の本で取り上げた以前別に取り上げたので、残る二編をここでは紹介しましょう。
「貉と奥平久兵衛」は、松山藩を舞台としたお話。蝗害で恋しい雌狸を失い、自分は偶然から村人たちに神通力があると祭り上げられた源太。しかし雌狸の皮が国家老の久兵衛に献上されたことを知った源太は、跡を慕って久兵衛の家に住み着くことになります。折しも偶々藩政でチャンスを掴んだ久兵衛、自分には神通力がついていると思いこみ、次々と大胆な行動に出て、ついには藩政を壟断するまでになるが…というお話であります。
この久兵衛、講談の「松山騒動」(あの稲生武太夫も登場する一編であります)でお家乗っ取りを狙う悪党なのですが、そちらでは八百八狸の上を行く大悪党だった久兵衛が、本作では小心翼々とした人物という設定。その彼が、ありもしない源太の神通力を信じ込み、暴走を始める様が何とも皮肉で、人間の、人間社会の、いい加減さ薄っぺらさというものを感じさせて、ユーモラスな語り口の中に、シニカルな味わいを湛えた作品であります。
もう一作の「天狗田楽」の方は、人間の女性(の体のしくみ)に興味を持ったおかげで大天狗からこっぴどく叱られた木の葉天狗の物語。もうグレて人間になってやろうと、秘法を盗んでいざ人間に取り憑いてみれば、それは大呉服屋の跡取り、しかし店の中では身代乗っ取りの企みが進んでいて…と、色と欲でギラついた人間社会に紛れ込んでしまった天狗の受難譚であります。
「貉と奥平久兵衛」ほどの切れ味ではありませんが、本作においても、描かれるのは人間の欲に翻弄される変化の姿。折角徳川綱吉の時代を舞台としているのだから、もう少し生類哀れみの令について掘り下げて題材にしてくれれば、さらに皮肉の効いた作品になったのではないかと思いますが、やはりシニカルな味わいが印象に残ります。
さて、この二作に共通するのは、思わぬことから人間と関わり、その欲望に振り回されるある意味ピュアな変化たちの姿(もっとも「河童将軍」では逆に、変化の世界に行った人間が、人間と変わらぬ欲まみれの変化の姿を見る物語なので、必ずしも変化たちのみを良きものとしているわけではないのですが)。
つまりは、これらの作品を貫くのは、人間と変化を対比させた中で、人間の、人間の社会を浮かび上がらせようと言う試み。どこかユーモラスな変化の姿を描きつつも、その奥には人間に対する深い洞察が隠されている――さすがは村上元三先生と感心した次第です。
「ポピュラー時代小説 5 村上元三集」(村上元三 リブリオ出版) Amazon
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