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2008.05.04

「ザ・古武道 12人の武神たち」 「古武道」の「今」を描く

 時々、自分は菊地秀行先生の小説以上に、エッセイ・ルポルタージュのファンなのではないかと思うことがあります。時に軽妙に、時に麗々しく、現実の対象に鋭く切り込んでみせる氏の文章は、それが特にご自身の愛好するものに向けられたときに最大限の魅力を放つというのは、氏のファンであれば今更言うまでもなくよくご存じかと思いますが、本書「ザ・古武道 12人の武神たち」もその一冊であります。
 タイトルの通り、12人の古武道の達人たちの元を氏が訪れてのルポルタージュですが、これがまた滅法面白いのです。

 本書で題材とされている古武道は以下の通り――
荒木流拳法/関口新心流柔術/西野流呼吸法/鹿島新当流剣術/白井流手裏拳術/林崎夢想流居合術/無比無敵流杖術/揚心流長薙刀術/大東流合気柔術/水鴎流武術/長尾流躰術/本部御殿手古武術
そして番外編として、柳生新陰流。
 時代小説ファン、剣豪小説ファン、そして格闘技ファンであれば、その名を聞いただけで「おおっ!」と目を輝かせたくなる流派がほとんどであります(冷静に考えると古武道でないものも混ざっていますが、まあそれは良いとして)。

 元々が、「別冊歴史読本」誌に連載された記事ということで、内容的には大変ディープ、というわけではありませんし、資料的価値という意味でも他に何歩も譲りますが、しかし本書の魅力はそんなところにはありません。氏が古武道の宗家と――さらに大仰に言えばその古武道の歴史と――対決する様が、実に面白く、そして意義深いものがあります。
 もちろん、対決と言っても武道でもって渡り合うわけではありません(当たり前か)。氏の武器となるのは、冒頭に述べたようなその文章であり、そしてまたその原動力となる、対象への愛と敬意、好奇心であります。

 そしてその文章で描かれるのは、その流派の歴史や技術・技のみならず――それだけであれば、より適した書物はほかにもあるでしょう――その「古武道」が「今」如何に在るのか、なぜ「今」その「古武道」なのか、という問いかけであります。
 本書で取り上げられているほとんどの流派は、開祖以来数百年を閲し、そして端的に言えば人殺し、とまではいかなくても相手を傷つけるための技を伝承しているもの。そんな、様々な意味で現代的ではない古武道が、何故、誰に、如何に現代にまで伝わり、そして現代に息づいているのか…言われてみれば当然の、しかし、なかなか実際にぶつけられたことのない疑問とその答えが、氏一流の文章で描かれるのですから、これがつまらないわけはないのであります。
(もっとも、明らかにこれぁ先生、ノってないなあ…という回もあるのですが、これはむしろ当然の帰結というのは読んだ方であればおわかりのはず)

 氏のその疑問に対する各流派の答えは、というのはこれはもちろん実際に本書を読んでいただくしかありませんが、氏自身のその答えの一つは、あとがきに記されています。
「あらゆる武道からかち得るもの。――本来、学んだ方々にしか理解できない何かでありながら、それは、情報としてのみ知る術のない私たちを、いつの世も激しく魅きつける。恐らくは、人間の善き部分に寄与するがゆえに」
 …これですよ、これ。

 ちなみに、本書で氏とともに珍道中を繰り広げる担当編集者のN氏こそは、いまや大河ドラマ原作者の火坂雅志先生。火坂氏のその後の作家としての活動に、本書がどのように影響を与えたか、考えてみるのもまた一興であります。


「ザ・古武道 12人の武神たち」(菊地秀行 光文社文庫) Amazon

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