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2008.05.14

「血曼陀羅紙帳武士」 国枝伝奇が描き出すもの

 父の敵・五味左門を追って旅を続ける伊東頼母。しかし遂に巡り会った左門は、鮮血の染みこんだ紙帳に起き伏しし、近づく者は男であれば斬り、女であれば苛む怪人だった。二人の父の代からの幻の名刀・天国(あまくに)を中心に、様々な人々の運命が絡み合う。

 国枝史郎の時代小説数ある中で、一、二を争うほど好きな作品はと問われれば、おそらく私は本作を挙げるでしょう。タイトルに凄まじいインパクトを持ちながらも、国枝作品の中で、おそらく知名度的にはだいぶ劣る作品かとは思いますが、しかし、本作の中には、国枝作品全般を貫くものがあると感じられるのです。

 正直なところ、本作のキャラクター配置や物語設定は、かなり類型的なものであります。
 仇討ちの美青年剣士に、彼を慕う清純派と悪女型の二人のヒロイン。そして、陰惨な過去を背負い、赦しを求めながらも人を斬り続ける殺人鬼――こうしたキャラクターたちが、仇討ち騒動の最中に、財宝の争奪戦や政治的陰謀、やくざの縄張り争いなどに巻き込まれ…というのが、国枝作品にはしばしば登場するパターンなのですが、本作はまさにその典型に見えます。

 しかし、本作が他の作品と大きく異なるのは、象徴となるアイテム――「紙帳」が存在する点であります。
 本作の主人公の一人・左門は、紙製の蚊帳・紙帳を常に持ち歩き、その中で起き伏ししているという設定ですが、これが只の紙帳ではない。ある恨みからこの中で切腹した彼の父が、己の腸を引きずり出し叩きつけた跡が赤黒く残り、その上に更に左門の斬った者の血が染み込んでいる――そんな凄まじい紙帳であります。
 そしてそれこそは、本作の中心人物である左門が背負った業と積み重ねてきた罪の――言い換えればこの物語の――象徴と言えます。

 しかし、この紙帳に浮かび上がるのは、人の、世界の闇の部分のみではありません。物語終盤、この紙帳に恐れることなく踏み込んできた純粋無垢な魂と触れ合う時――左門の心には大きな変化が生じることとなります。
 左門にとっては、家であり城であり、壁であり鎧であった紙帳。それが、一度機会を得れば懺悔聴聞の場となり、新生する産屋となり、新たに光の中に踏み出させることとなる――死と闇の具現化のごとき紙帳は、同時に生と光につながるものでもあるのです。

 もちろん、この世が闇だけで満ちているのではないと同様、光だけで満ちているわけでもないことは、本作の結末が暗示している通りですが、それら全てを含んだものとして、血曼陀羅は紙帳に描かれているのでしょう。

 そしてこの血曼陀羅の紙帳は、単に本作のみを象徴するものではないと、私には感じられます。
 先に述べたとおり、国枝作品の多くに登場する、彷徨する殺人鬼のイメージ…彼らの背中には、明示的ではないにせよ、この血曼陀羅が背負われています。いや――彼らと、彼らの周囲で生き、あがく人々の姿こそが、血曼陀羅を描いているのかもしれません(その最たるものが「神州纐纈城」の人間絵巻でしょう)。

 赦しを、救いを求めてさまよう者たちが描く血曼陀羅――それこそが国枝伝奇の一つの姿ではないかと、そう気付かせてくれた本作を、私は気に入っています。


 しかし、本作のもう一つの中心となる名刀の名が天国(この刀工自体は実在の人物ですが)というのも、また直球ではありますね。


「血曼陀羅紙帳武士」(国枝史郎 未知谷「国枝史郎伝奇全集」第6巻ほか所収) Amazon

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