「読本事典 江戸の伝奇小説」 文化形成のダイナミズム
伝奇時代劇の魅力に取り憑かれた人間として、その源流の一つたる読本のことは、いずれきちんと学ばねばと考えてきました。
読本について簡単に説明すれば、江戸中期~後期に書かれた小説の一種で、稗史・巷説・仇討ち・御家騒動などをその題材としたもの。代表的な作家として山東京伝・滝沢馬琴があり、その一つの頂点として「南総里見八犬伝」があると言えば、その何たるかを察していただけるのではないかと思います。
そんな私にとって、本書「読本事典 江戸の伝奇小説」の出版はまさに渡りに船。読本の世界に触れようとしてもその内容は多岐に渡り、また何よりもおいそれと現物に当たるわけにもいかないところに、読本の世界を網羅しているのですから――
本書のベースとなっているのは、南部家の江戸藩邸が購入したという多数の読本を対象とした国文学研究資料館の研究。本書に収録された読本の数八十五というのは、もちろん全ての読本を取り扱うものではありませんが、しかし、豊富な図版付きで集められ、あらすじや成立事情まで付された各作品の姿は、まさに事典の名にふさわしいものと思います。
現代の我々でも知っているような作品から、マニアや研究者でなければ聞いたこともないような作品まで…まさに「江戸の伝奇小説」の名にふさわしい作品の数々に触れられるのはありがたい限りです。
また興味深いのは、読本というジャンルが誕生し、洗練され、確たるものとなっていく様が概論的に記されている部分であります。
読本は文芸上のジャンルであると同時に、書物の流通形態の一つであり、その成立には版元側の事情が大きく関わるというのは、考えてみれば当たり前ですが、しかし作品のみに注目していると忘れがちなお話。
さらに、そこに江戸と大坂の出版事情の違い、そして当時の政治情勢・社会情勢まで絡んでいくという、文化形成のダイナミズムには、興奮させられました。
個々の作品の内容と、読本というジャンルの成立史――この両者の関係・相互作用の様を明示できるのは、本書のような事典形式ならでは、と感心した次第です。
最後に…先に述べたとおり、本書に収められた作品の大半は、南部家の江戸藩邸が収集し、保管していたもの。しかし、何故南部藩が、という事情までは今に至るまで明確になっていないとのことです。
なんだかそんなところもこちらの伝奇的想像力を刺激するものがあって、楽しい気分になります。
(まあ、要するに藩邸にマニアがいたんでしょうなあ…)
「読本事典 江戸の伝奇小説」(国文学研究資料館・八戸市立図書館編 笠間書院) Amazon
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