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2008.06.27

「亡霊怪猫屋敷」 柔と剛の妖魔

 九州の片田舎に暮らす医師のもとに現れた奇怪な老婆。以来、続発する怪事に不審を抱いた医師が土地の老僧から聞かされたのは、彼の屋敷にまつわる過去の陰惨な事件だった。屋敷の主である城代家老に殺害された名家の青年の怨念を背負った飼い猫が、家老をはじめとして多くの人間を惨殺したというのだ。現代に復活したその怨念の行方は果たして…

 本作「亡霊怪猫屋敷」は、後に中川信夫によって映画化された作品。同じく「怪猫 お玉が池」のタイトルで映画化された「私は呪われている」と並んで、橘怪猫文学(という言葉があるかは知りませんが…)の双璧(というか双生児)であります。
 怪猫ものは基本的に時代もの、江戸時代を舞台とした物語がほとんどでありますが、本作は、江戸時代に起きた化猫騒動をサンドイッチする形で、前後に現代を舞台とした物語が展開され、一作に二つの面白さというだけでなく、現代まで連綿と続く怨念の凄まじさを印象づける効果を上げています。

 が――本作を読んでいた時の私の印象は、半ば近くまで、あまり芳しいものではありませんでした。なるほど、夜更けに奇怪な老婆が何処かより現れ、医師の家を大いに脅かす冒頭部分はなかなかにムードがあって面白いのですが、過去パートにおいては、怪猫の正体・行動を一つ一つ丁寧に地の文が解説していて、恐怖感が大いに薄れてしまうのです。
 本作は、「少女の友」に連載された作品とのことですが、やはり(こういう表現は嫌いなのですが)女子供の読むものだからナァ…などと一瞬でも思った私が、すみません、馬鹿でした。

 過去パートのクライマックス、恨み重なる城代家老に、さらにその周囲の人間に、怪猫の復讐の爪の襲いかかるシーンの凄まじさときたら! それまでの怪異は単なる下準備に過ぎなかったと言わんばかりに一気に展開するゴアまたゴアの残虐シーンの連続は、おとなしめの展開に油断していただけに、大いに震え上がらされた次第です。

 さて、そんな本作を読んで改めて思い知らされたのは、化猫というキャラクターの持つ、柔と剛の二面性とでも言うべきものであります。
 化猫が、人に化けるというのはしばしば聞くところで、知らぬ間に人を喰い殺してその相手にすり替わるというのは(本作にも登場しますが)定番のシチュエーションであります。そうして犠牲者に忍び寄る怪猫の有様を柔とすれば、一度本性を現して暴れ回る様は、剛の一言。日本の妖怪変化の中でも、この化猫はかなりの武闘派と呼んで良いのではないかと思います。

 この二面性は、現実の猫の行動を観察してのキャラクター化であるかと思いますが、これは他の妖怪変化にはない特徴・特長というべきものであり、さらにも一つ――これは現実の猫とはある意味正反対のような気がしますが――その行動原理が基本的に主人の仇討ちというのも含めて、この辺りをうまく活かせばまだまだ怪猫ものには可能性があるのでは…と感じました。


 ちなみに本作は、微妙にレア化の進んでいる橘外男作品の中では珍しく、新刊で入手することができるのですが(さらに「逗子物語」「蒲団」等の橘怪談の名品も収録されていて実にお得!)、もう一方の「私は呪われている」の方は古本で入手するしかないのが残念なところ。しかしここまで来たら「私は~」の方も何とかして読まねばならぬかと、手に入れる算段で頭を悩ましている次第です。


「亡霊怪猫屋敷」(橘外男 中央書院「橘外男ワンダーランド〈怪談・怪奇篇〉」所収) Amazon

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