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2008.06.26

「飛騨の怪談」 綺堂幻の怪談は…

 東京で医術を学んで故郷の飛騨に帰った市郎は、謎の怪物・山ワロの存在が、今なお恐怖をもって語られていることを知る。その存在を一笑に付す市郎だが、しかし彼の祖父には、山ワロとの奇怪な因縁があった。そしてその因縁が甦ったかのように、彼の周囲で奇怪な事件が続発する。姿を消した父を求めて、山ワロの巣窟である洞窟に向かった彼が見たものは…

 綺堂作品の中で、今に至るまで一度も復刊されてこなかったという幻の作品が、この「飛騨の怪談」であります。
 これは多くの綺堂ファンが思ったことではないかと思いますが、タイトル的に綺堂怪談の名作「木曾の旅人」の長編バージョン的内容かと思いこんでいたところ、これがむしろ怪談というよりもむしろ冒険奇談というべき、全くもって意外な作品でした。

 舞台となるのは周囲を山に囲まれた明治の飛騨。そこに跳梁する怪物・山ワロと人々との対決を描いた本作は、活劇あり、秘境探検あり、悲恋あり、伝奇ありと実に盛りだくさんで、新聞連載という媒体によるためでしょうか、エンターテイメントとしてなかなか面白い作品となっています。

 とはいえ、何よりも注目すべきは、怪奇小説としての本作の顔でしょう。
 怪奇小説の中には、人類誕生の以前から、あるいは人類の発展と平行して潜み棲む先住民族を題材としたものや、人間と極めて近しい存在ながらもどこか異なる亜人間を描いたものが時折登場します。私は勝手にそれらを先住民族ホラー、亜人ホラーなどと呼んでいますが、本作はその中に分類される作品かと思います。
 しかし本作のユニークな点は、山ワロという土俗的な怪異を描きながら、同時に西洋の怪奇小説に通じる味わいを濃厚に湛えている点でしょう。山ワロを単なる人外の妖怪変化として描くのではなく、一種ドキュメンタリー的な手法をも用いて(終盤に山ワロの正体を探る中で、海外の事例を引いてくる件には感心しました)、実体を持った存在として描く手法には、いかにも綺堂らしいモダンな味わいが感じられます。また、山ワロにまつわる諸処の描写には、解説で編者の東雅夫氏がその名を挙げているように、邪悪な矮人の跳梁を描いたアーサー・マッケンの諸作を思わせるものがあり、この辺りの呼吸は、さすがは「世界怪談名作集」の編者たる綺堂ならでは…と感じます。
(なお、同種の存在を描きながらも、どこまでも日本古来の空気感で描いた「くろん坊」と本作を読み比べてみるのもまた一興でしょう)


 と、優れた点も多い本作ではありますが、しかし全体を通して得られる印象は、正直に言って一種の怪作…と言って悪ければ異色作といったところでしょうか。
 良く言えば波瀾万丈、悪く言えば粗いストーリー展開、綺堂にしてはちょっと珍しい冒険小説的・活劇的ムード、そして何よりもラストで明かされる伝奇的過ぎる山ワロの正体…ことに最後の点は、私個人としては大好きなのですが、エッこういう展開? 的なものがあり、終盤の怒濤の展開と相まって、例えば「青蛙堂鬼談」の味わいを期待して読むと、ちょっと驚かされることになるのではないかと思います。

 上記の、土俗的でありながらモダンな味わいのある怪異描写や、劇中で描かれる野生児と莫連女の悲恋物語の件など、なるほど綺堂の作品と言われれば、そうかとも思いますが、言われずに読めば、戦前に書かれた怪奇冒険小説の一つ、で終わってしまいそうな気がいたします。

 私のような好事家は格別、一般の綺堂ファンにとって、珍しい以上の価値があるかは、さてどうでしょう。このような点、さらに言えば山ワロの正体の微妙な危険球ぶりなどもあいまって、これまで幻の作品であったのも頷けない話ではありません。
 もっとも、繰り返しになりますが私個人は楽しく読むことができましたし、綺堂ファンとして怪物ホラーファンとして、本作を復活させてくれた東氏に、大いに敬意を表したいと思っているところです。


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