「ひきずり香之介 狐落し 序之章」 秘剣、業を斬る
京の町を、鞘をひきずりつつ往く浪人・愛州香之介。かつては陰流の達人として知られた彼は、狐憑きとなった妻を斬ったことを悔い、妻に憑いた狐を探しさすらい続けていたのだった。己の中の秘めた欲望から野狐に取り憑かれた女性たちに、香之介の秘剣が閃く。
「○○△△之介 ××斬り」などといえば、最近の文庫書き下ろし時代小説のタイトルのパターンの一つ。本作もタイトルだけ見ればその一つかと思いそうですが、しかし本作は時代漫画であって、そして主人公が相手にするのは人間の悪党ではなく、人に憑いて害をなす狐、であります。
まさしく本作は「現にあったものかなかったものか定かではない話」、まことに私好みの作品でありました。
恥ずかしながら、作者の正木秀尚氏の作品を読むのはこれが初めてなのですが、その絵柄は一見時代劇離れしているようでいて、それでいて京の街並みと、そこに生きる人々の姿を、時にクールに、時に情感豊かに描き出していて、大いに好感が持てます。
そしてその画と密接に結びついて、本作の最大の魅力となっているのは、作中で描かれる女性たちの「業」の姿ではないでしょうか。
本作で描かれるのは、人間、それも女性にに憑いて害を為す野狐の跳梁と、それに対する香之介の活躍(といっても香之介氏、どこか一本抜けているのですが…それはさておき)ではありますが、その中で圧倒的なインパクトをもって迫ってくるのが、内に秘められた業の存在なのです。
本作に登場する怪異は、もちろん女性たちに憑いた野狐が引き起こすものではありますが、しかしその野狐が引き出すのは、いずれもその宿主の中に元々在った、秘めたる昏い欲望。
その女性が元々持つもの、さらに言ってしまえばその女性の女性たる所以が、野狐の力を借りて迸る様は、圧倒的に生臭く――しかし同時に美しく、感じられます(特に、剣道場を一人守る女性を描いた「お多江の段」は圧巻!)。
そしてそれは、上に述べた作者の筆の冴えに依るところ大でありましょう。個人的には、妖怪退治ものとしてみれば、狐を封じる和歌にもう少しケレン味を持たせて欲しかった、というのはありますが、それを補って余りあるものが、本作にはあります。
なお、本作は掲載誌「刃」が休刊となったために、ひとまずの完結。香之介の因縁にも一応の終止符が打たれたのですが、題名に「序之章」とあるとおり、まだまだ物語は続けられるでしょう。新たに背負った因縁とともに、香之介が野狐と、女性の業と対決する姿を、いつかまた見ることができることを祈ります。
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