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2008.06.07

「諸怪志異 鬼市」「燕見鬼」 唐と宋、怪奇と伝奇

 だいぶ以前に紹介した諸星大二郎先生の「諸怪志異」シリーズの第三、四巻が、この「鬼市」と「燕見鬼」であります。
 では何故、全巻合わせて紹介しなかったかと言えば、本シリーズが、前半二冊と後半二冊で、その性格を大いに異にしているから、なのです。

 もともとこのシリーズは、中国を舞台とした怪奇譚・幻想譚による短編オムニバススタイル。狂言回し的存在は幾つかのエピソードに登場するものの、基本的に個々の関連はなく、独立した物語として構成されていました。
 が、今回紹介する二冊は、それと少しく異なり、主人公が設定された、そしてストーリーの大半が連続した一つの物語として、成立しているのです。

 主人公となるのは、四巻のタイトルともなっている青年剣士・燕見鬼。その名の通り、「見鬼」(幽霊や妖怪など、この世ならぬものを見る才を持つ者)であり、前二巻に登場した狂言回し的存在の子供・阿鬼の成長した姿であります。
 前二巻では、見鬼の力こそあるものの、まだまだ未熟で道師・五行先生の後ろについて回るばかりだった阿鬼が、空飛ぶ剣を自在に操る凛々しい美青年として大活躍。
 物語は、第三巻の前半では、見鬼が様々な怪異に立ち向かう、一種のゴーストハントもの的内容ですが、第三巻の後半以降では、怪奇というよりもむしろ明確に伝奇もののスタイルを取ることになります。

 時は北宋末期…皇帝が中央で享楽に耽る一方、地方では民の不満が高まり、それに乗じて不穏な動きが見え隠れする時代。そんな中、見鬼は師たる五行先生の命により、ある書物を胸に、江南地方に向かうこととなります。
 その書物の名は「推背図」、見鬼が江南で出会う人物の名は呂師嚢――とくれば、お好きな方はアッ、と驚いてくれるのではないでしょうか。
 「推背図」とは唐代に記されたと言われる今なお謎多き予言書。そして呂師嚢は、「水滸伝」最後の戦いである方臘の乱において方臘軍の一員として登場する人物。つまり本作は、ここに来て唐代の予言書と宋代の一大伝奇絵巻を結びつけた、壮大な伝奇物語としての片鱗を示すことになるのです。
(ちなみに「水滸伝」関連では、梁山泊の豪傑・武松の有名な虎退治のエピソードが、実に本作らしいアレンジで描かれています)

 が…まことに残念なのは、物語がいよいよ盛り上がろうというところで途絶してしまっているところ。方臘の乱に推背図がいかなる意味を持つのか、その中で燕見鬼の、五行先生の果たす役割は…と盛り上げておいて、ポイと放り出されたのには、なまじ伝奇ファン、水滸伝ファンには興味深い内容だっただけに、呆然といたしました。

 もちろん、それ以前に、これまでの短編オムニバススタイルが良かった、という方はいるかと思いますし、私としてもそうした思いがないとは言いません。
 しかし――狡いことを言うようですが――前二巻もこの二巻も、どちらのスタイルもそれぞれ面白く、また魅力的であることだけは間違いありません。
 そしてまた、短編怪異譚が、やがて長編伝奇物語に変化していくというのは、そのまま中国における物語スタイルの変化につながるものがあるように感じられるのも、興味深いことです。


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