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2008.07.31

「復讐する化石 猫子爵冒険譚」 ベルリン大怪獣活劇伝奇

 五月のうららかな日に発見された他殺体に付着していた遺留品…それは数億年前に絶滅したはずの古代魚の鱗だった。それを看破した変人学者ノプシャ男爵と、彼と偶然知り合ったウルリーケは、連続する「獣」による殺人事件の捜査に乗り出す。が、魔術結社・新聖堂騎士団もまた、「獣」を追っていた。ウルリーケの危機に、再び猫子爵・鷹宮洋一郎が立ち上がる。

 猫子爵冒険譚の第二弾は、オカルト・アクションであった前作とは大いに趣を変えて、何とモンスター・ホラー…というより怪獣小説とも言うべき内容の大活劇。
 1926年のベルリンで発見された遺体に付着していたのは、数億年前に絶滅したはずの古代魚の鱗だった…という、実に胸躍る導入部に始まり、次々と古代の怪物たちの影がベルリンの闇を脅かす様は、好きな人間には堪らない展開。怪獣ものには不可欠というべき、正規部隊――軍隊とか警察とか――との激突もしっかりと描かれ、可哀相な人々を蹂躙する規格外の怪物の脅威を、しっかりと見せつけてくれます。
 そして、先の大戦での軍部の狂気の実験と密接に絡んだその悍ましくも哀しい正体と行動原理もあいまって、物凄く独創的というわけではありませんが、実に印象的な存在として描かれていると言えます。

 そして怪獣ものには、その正体を探り対策を立てる碩学の存在が不可欠ですが、それがまた実に本シリーズらしい怪人…いや快人。
 トランシルヴァニア貴族で地質学・考古学・民族学・古生物学に通じ、大のオートバイや自動車好き。第一次大戦では情報将校としてスパイ戦に活躍したという、伝奇冒険活劇のキャラのような人物ですが、これが何と実在の人物とのこと。それだけでも十分にユニークですが、本作ではそのパーソナリティを、実にエキセントリックではた迷惑、しかしどこか茶目っ気があって憎めない、そんなおっさんとして造形しており、血生臭い場面の少なくない本作の清涼剤ともなっています。

 もっとも、実在の人物にあまりに目立つと、架空の主人公たちの存在感が薄れるというのは、時代伝奇ものでしばしば発生する悲しむべき事態ですが、本シリーズの主人公たる猫子爵どのは、元々俺が俺がという自己主張はしないくせにおいしいところはきっちりとさらっていくタイプ(やっぱり猫だ…)。
 本作でも、奇怪な能力を持つにせよ、魔術による生成物ではない――すなわり物理的力でしか滅ぼせない――「獣」を向こうに回し、ヒロインを守っての大活躍。ことに、クライマックスのベルリンの夜を輝きに染めての大追撃戦には興奮させていただきました。

 まあ、その半面、宿敵たる新聖堂騎士団がどうにも目立たないという部分はあり、また、「獣」側のドラマがもう少し突っ込んで描かれていれば、その正体にまつわる悲劇と、ラストのささやかで意外なしかし暖かい奇跡の味わいももう少し高まったかな、と思わないでもありません。
 もちろんこれは後出しジャンケンのようなもので、まずは十分に、いや十分以上に大怪獣活劇伝奇を楽しませていただき、満足であります。


 が、本作以降、シリーズの続巻が出ていないのはなんとも無念…


「復讐する化石 猫子爵冒険譚」(赤城毅 祥伝社ノン・ノベル) Amazon
復讐する化石―猫子爵冒険譚 (ノン・ノベル―猫子爵冒険譚)


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2008.07.30

「大江戸ロケット」(漫画版)第2巻 リフトオフはまだ遠い?

 つい先だってDVD最終巻が発売された「大江戸ロケット」、こちらはまだまだ続く漫画版の第二巻が登場です。
 お話的にはまだまだ序盤の印象、第一巻で鉄十との龍勢対決に勝ったものの、清吉のロケット開発はまだまだ孤立無縁。舞台やアニメ版ではわりあいあっさりとロケット開発に着手できた清吉ですが、先はまだまだ長そうです。

 しかし、そんな孤独な清吉の描写があるだけに、彼と、それ以上に孤独な存在であるソラとが惹かれあっていく様が、なかなかいい感じに描けていて、本作のリアルなタッチが、良い形で作用していると感じられました。
(この二人に限らず、登場人物の背負ったやるせなさというか煤けた感じは、この漫画版独自のテイストでしょう)

 その一方で、この巻のハイライトと言うべきは、空の獣と黒衣衆の総力戦。本作での黒衣衆は、いかにも特殊能力者、というビジュアル&能力でなかなか楽しいのですが、そんな彼らでも及ばぬ空の獣の猛威たるや…
 何しろサイズがちょっとした怪獣サイズに巨大化、江戸の街を破壊しながらの激斗は、普段のタッチが静かめだけに、なかなかインパクト大であります(そしてその戦いがまた、清吉の無力感に繋がっていく展開がまたうまい)。

 しかし個人的に最も驚かされたのは、幕府が――というより水野忠邦が――既に空の獣の存在と力を知っており、それを手に入れんと、虎視眈々と狙うという展開であります。
 舞台やアニメでは、鳥居様がこの役割を担っていましたが、こちらではワンランク上の水野忠邦が出張ってきたわけで、ギャグやナンセンスでごまかせる作風でもなく(?)、さてこの先ソラと清吉の運命がどうなることやら、案じられます。

 案じられると言えば、物語の展開ペースがかなりゆっくりなのは、ちと心配になりますが、描くべきを一つ一つ描いているゆえとは思います。
 もう一つの「大江戸ロケット」がリフトオフするまで、こちらも腰を据えてじっくりと付き合うとしましょう。


「大江戸ロケット」(漫画版)第2巻(浜名海&中島かずきほか 講談社アフタヌーンKC) Amazon
大江戸ロケット 2 (2) (アフタヌーンKC)


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2008.07.29

「黒指のカイナ」第一回 少年は嵐の中へ

 「KENZAN!」誌は、毎回他誌ではなかなか読めないようなユニークな時代小説を掲載してくれますが、最新の第六号から掲載の始まった神野オキナの「黒指のカイナ」もそんな作品の一つでしょう。
 第一話を読んだ限りでは、薩摩の脅威に晒された江戸時代初期の琉球を舞台とした、一種の青春ものといった趣の作品であります。

 主人公の少年・カイナは、那覇近くの波之上の租界で暮らす少年。本土から流れてきた元忍びの両親に育てられたカイナは、その身に体術・戦闘術を仕込まれながらも、それを振るうこともなく平和に暮らしてきたのですが――薩摩の侵攻が、彼の運命を大きく変えることとなります。

 私は恥ずかしながら作者の作品はほとんど読んだことがないのですが、聞けば沖縄出身の沖縄在住で、故郷に並々ならぬ思い入れがあるとのこと。作者の時代小説は本作が確か初めてであったかと思いますが、なるほど、今は同じ国でありながら、本土の人間にはほとんど知られていない沖縄の歴史を語る作品を作者が書くのはむしろ必然のようにも感じられます。

 さて内容の方に目を向ければ、薩摩侵略の前奏曲ともいうべき、クライマックスの薩摩側の傭兵たちと、租界の人々の攻防戦はなかなかの迫力。そんな中で、カイナの親友・隆吉郎の師である老武芸者、その名も佐々木小次郎(!)が、傭兵方の武芸者・宮本武蔵(!!)と壮絶な血闘を繰り広げるシーンなどもあり、なかなか楽しませていただきました(この決闘シーン、互いに刀を打ち合わせないで剣戟が繰り広げられる辺りに不思議なリアリティがあって良し)。
 その一方、カイナが複数の敵を対手に、初めての「殺し合い」を繰り広げるシーンの呼吸は、どことなくライトノベル調で、作者のバックボーンが感じられるのが興味深いところです。


 さて、タイトルとなっている「黒指」とは、赤子の頃に父により関節を折られ、一本の鉄棒のように鍛え上げたカイナの左の親指のこと。まさに己の掌中に武器を持った少年が、嵐の時代の中で如何に生きることとなるのか。
 この第一回では比較的ニュートラルな描かれ方をされていたカイナの、今後の成長をまずは期待したいところです。


「黒指のカイナ」第一回(神野オキナ 「KENZAN!」第6号掲載) Amazon

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2008.07.28

「諸刃の博徒 麒麟」第4巻・第5巻 時代を対手の大勝負

 幕末を舞台に、己の身一つで巨大な相手と渡り合う博徒・麒麟の活躍を描いたコミック「諸刃の博徒 麒麟」の第四巻・第五巻が同時に発売されました。二冊でワンセットとなった表紙がなかなか印象的ですが、もちろん内容の方も負けてはいません。

 収録されているのは、第三巻から引き続き、一橋慶喜との命を賭けた双六勝負「寄せ木の覇道」編、そして生麦事件の陰で繰り広げられた島津久光からの命を賭けた逃走劇「盛者の行進」編。
 すっかり三人一組が板についた麒麟・トシ・直柔のチームワークも楽しく、巨大な権力を振りかざす相手に、知恵と度胸で立ち向かう麒麟たちの姿が実に痛快であります。

 それにしても今回の対手である慶喜といい久光といい、本作では極端にカリカチュアされた嫌な嫌な嫌な奴として描写されており、少々驚かされます。
 そこは漫画としてのキャラ立てではあるのですが、しかし二人を、ともに己は表に出ることなしに人を動かし、他者を傷つけて恥じない人物として描いているのが印象的です。
 これはもちろん、己の命を的に、他者の命を救うために突っ走る麒麟との対比ですが、その一方で、彼らを歪めたものが、時代と社会から来る一種のコンプレックスであることがほのめかされているのも忘れてはいけないでしょう。
 極端な言い方をすれば、麒麟が立ち向かう対手は時代の流れそのもの。無茶といえば本当に無茶な話ですが、しかしそれを一種の「ゲーム」の中で描くことで、いい意味で枠に嵌めてドラマにしている手法はなかなかのものと思えます。

 それにしても、さすがに大物ばかりを対手にして大丈夫なのかしらんと心配になってくる麒麟。この五巻に続く、現在雑誌連載で進行中のエピソードは桂小五郎を――この桂もまさに上に述べたような人物として描写されているのですが――向こうに回し一暴れしているのですが、後の歴史を考えれば、さすがに心配になってきます。
 トシや直柔との友情の行方も含めて、個々のエピソードのみならず、一つの長編ドラマとしても大いに気になるところです。


「諸刃の博徒 麒麟」第4巻・第5巻(土屋多摩&村尾幸三 ヤングマガジンKC) 第4巻第5巻
諸刃の博徒麒麟 4 (4) (ヤングマガジンコミックス)諸刃の博徒麒麟 5 (5) (ヤングマガジンコミックス)


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2008.07.27

「危機之介御免」音之弐盤 「未来之危機」 結構しっかり時代劇?

 「マガジンZ」誌での連載終了から、近頃まさかの(失礼!)復活を遂げた「危機之介御免!」のドラマCD第二弾はオリジナルストーリー。ニューキャラクターとして杉田玄白とその娘・糸を迎え、ちょっとだけシリアスに物語が展開していきます。

 タイトルとなっている「未来の危機」とは、作中で杉田玄白が、翻訳中であったかの「解体新書」を指して「これはこの国の先行きを開くものだ。医術の未来、世界と日本の未来だよ」「これが世に出せないとしたら未来の危機だ」と語ったのに由来します。
 すなわち、今回のエピソードの中心となるのは、「解体新書」。この「解体新書」を、すなわち西洋医学の、いやさらにいえば西洋文化の導入を巡り繰り広げられる騒動が描かれることとなります。

 さて、連載当初は、江戸時代を舞台にしての現代のパロディという色彩が強かった本シリーズですが、今回の危機之介の物語は、ちょっと――いやかなりシリアス。無残な人死にが多く出たり、レギュラーキャラに重傷者が出たりということもありますが、それ以上に、メインとなる物語が、結構しっかりと時代劇してるのです。
 「未来」をこの国にもたらそうとする者、それを拒み、阻もうとする者――この両者が生む軋轢に巻き込まれたフツーの若者たちがいかに考え、行動するのか? 今回の「危機之介」はそんなお話であります。

 …と言いながらも、登場人物たちの良い意味のユルさは今回も健在。初登場の杉田玄白は、「もう死ぬ」が口癖の妙なおっさんですし、危機之介・十三・ウタの主役トリオも原作そのままの呼吸でなかなか楽しい。そして何より、藤原啓治氏が、平賀源内の絶妙な胡散臭さを見事に演じていて、さすがはと感心いたしました。
 そしても一つ…声優といえば、伊藤美紀氏による異常なテンションの講釈(ナレーション)は必聴もの。このCDの魅力の何割かはこの講釈にあるかも…

 さて、ライナーノーツの原作者の言葉によれば、このドラマCDは、新章のパイロット版となっているとのこと。以前の「危機之介」も悪くありませんでしたが、これからの「危機之介」にも期待できそうです。


「危機之介御免」音之弐盤 「未来之危機」(ランティス CDソフト) Amazon
ドラマCD 危機之介御免 音之弐盤


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2008.07.26

「四ツ目屋闇草紙」 鳴滝塾五十八番目の男、江戸に現る

 ある日長崎から江戸に帰ってきた紙屋小三郎と名乗る青年。「紙屋えろす堂」なる不思議な商売を始めた彼の正体は、松平定信の落胤にして真田幸貫の弟、そして海外渡航未遂という大罪を犯したシーボルトの秘蔵弟子、鳴滝塾五十八番目の男だった。小三郎の正体に不審を抱いた幕閣は、密偵・鳥居耀蔵に調査を命じる。徐々に狭まる包囲網に小三郎は…

 同じ作者の「吉宗影御用」シリーズにも、主人公の一人の職業として登場した四ツ目屋は、江戸に実際にあった職業、というか商店。今の言葉で言えば大人のおもちゃ屋といったところで、まあ人間というものの中身はそうそう簡単には変わらないものだと思います。
 学研M文庫の時代小説レーベルの第一弾の一つとして刊行された本作のタイトルにあるように、主人公の職業は、この――個性的ながら、ネタがネタだけになかなか小説には出しにくい――四ツ目屋(正確にはそのライバル店)。それを営むのが、シーボルトの弟子、つまり当時としては最先端の蘭学を修めた男、しかもあの松平定信のご落胤と目される俊英、というのが何ともユニークかつ皮肉な設定であります。

 そして小三郎だけではなく、彼を取り巻く人々もまたユニーク。小三郎の「兄」は、後に老中・海防掛担当として活躍した真田幸貫、そしてその臣であり小三郎の弟分は佐久間象山、小三郎と知り合い意気投合するのは、若き日の幕末のフィクサー・水野忠央…これにねずみ小僧、さらに敵役として同じく若き日の鳥居耀蔵(白面の貴公子として登場するのに吃驚)まで登場し、敵も味方もまさにバラエティに富んだ顔ぶれであります。誰でも知っているような有名人から、ちょっと通好みの偉人まで、実に多士済々というべきでしょう。

 が――正直なことを言わせていただければ、このユニークな登場人物と舞台設定を、ストーリーが十分に生かし切っていないという印象が本作にはあります。活劇あり陰謀あり、笑いあり濡れ場ありと、およそ娯楽時代小説にあるべき要素は一通り揃ってはいるのですが、それが一つにまとまり、大きなうねりとなって物語を盛り上げているかといえば…であります。
 普通であればクライマックスに明かされるべき小三郎の素性が、物語の冒頭で語られてしまうという、一見不思議な構成が、最後の最後に意外などんでん返しとして効いてくる構成は見事なのですが…

 おそらくは小三郎と仲間たちの活躍の、これは大いなるプロローグとして位置づけられる作品なのだと思いますが、刊行以後七年、続編は現在に至るまで発表されていないのが――キャラクター設定などは実に魅力的なだけに――色々な意味で実に勿体ないお話ではあります。


「四ツ目屋闇草紙」(磐紀一郎 学研M文庫) Amazon
四ツ目屋闇草紙 (学研M文庫)

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2008.07.25

「裏宗家四代目服部半蔵花録」第1巻 遺された者たちの死闘

 戦乱も収まり、平穏の中にある江戸…が、その闇の中で暗躍する戦国の遺風を残す忍者たちの姿があった。表の顔は団子屋の看板娘・お花、しかしてその正体は忍びの間で畏怖と共に語られる裏宗家四代目服部半蔵花録は、奇怪な術を操る忍者たちと死闘を繰り広げる。

 事あるごとに書いているのですが、時代ものに非常に理解があるのが講談社の漫画雑誌。ほとんど一誌に一作品は掲載されているのではないかとすら感じますが、その中でもこの度単行本初登場となった本作は、「マガジンGREAT」誌に掲載されている作品です。

 一種のバトルヒロインものと言うべき本作、可愛いけれども超がつくどじっ娘という定番の(?)主人公・花が、裏に回れば超人的な忍法で、道を外れた忍者たちを次々に倒していくという展開は、よくあるパターンではありますが、敵味方の忍法とその描写がなかなかユニークで(特に毒使いと戦った際の主人公の技にはちょっとびっくり)、バトルものとしてはまず水準かと思います。

 しかし本作の最大の特色は――少なくとも序章二話においては――敵味方を問わず忍者を、戦国の遺物、既に世に身の置き場のない者たちとして描いている点でしょう。己の技を存分に生かせた時代は既に過去のものとなり、今は外道の手先として技を振るうしか己の存在意義を見いだせない…本作の悪役忍者は、そんな哀しい存在として描かれます。
 その一方で、彼らを止める花も、まだ少女ながらもその身に重過ぎる名を背負わされ、その手を汚して哀しい忍者たちを討たざるを得ないという陰を持ちます。特に、花が密かに想いを寄せる岡っ引の手下の青年が、忍びとしての花を――もちろん彼女が花とは気づいていないのですが――冷酷な殺人者と信じ込んでいるのが、何とも切ないことです。


 ――時代ものとして見た場合、考証にはかなり無頓着な私でも、これはちょっと…と思ってしまう部分もあるのですが、まあこれは今後の課題でしょう。
 まだまだ物語は始まったばかり、果たして花の背負う「裏宗家」の名の持つ意味は何なのか。花の里を滅ぼし、いままた行き場を失った忍者たちを操る黒幕の正体は何なのか――これからのドラマに期待します。


「裏宗家四代目服部半蔵花録」第1巻(かねた丸 講談社DXKC) Amazon
裏宗家四代目服部半蔵花録 1 (1) (KCデラックス)

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2008.07.24

「絵巻水滸伝」 第七十一回「浪子」後編 盛り上がるキャラ描写

 先月から第二部の連載が開始された「絵巻水滸伝」、どうやら第二部は毎月掲載らしく(あくまでもらしい、ですが)、先日第二部第二回目の更新分が掲載されました。まずは欣快の至りです。
 今回の掲載は、第七十一回「浪子」の後編。大胆不敵というか何も考えていないというか、東京の元宵節に潜入した宋江たちのその後が描かれますが、当然ただで終わるわけもなく…

 章題の「浪子」の一人である浪子燕青の手引きで、首尾良く皇帝の馴染みである傾城の美姫・李師師の元に潜り込んだ宋江一行は、そこでもう一人の「浪子」である徽宗皇帝と接近遭遇するのですが、その間に梁山泊の豪傑連中が大人しくしているわけもなく――
 という内容の今回、かなり原典に近い内容となっていますが、やはり楽しいのは、本作ならではの、個々のキャラクターの個性的な描写でしょう。
 宋江たちが李師師のところに行っている間に、穆弘と史進は飲んだくれて街中で謀叛の歌を高歌放吟、もちろん官軍に見つかってたちまちのうちに大騒ぎ(そういえばこの二人、土地の長者のどら息子という共通点があるのでした)。この辺りの豪快さも水滸伝の大きな魅力と感じる私にとっては、何とも楽しい展開です。
 一方、痛飲の後に史進らの大騒動が起きても、「出番か」と飄然と立ち上がる魯智深は、同じ飲んだくれでも実に格好良く、こういうところで個性を表してしまうのが何ともうまいと感心します。

 格好よいと言えば、何とここで梁山泊最強の騎兵軍五虎将が全員登場(いつの間にか五虎将入りしている董平さんはさすがだと思います)。まさに千両役者の揃い踏み、第二部開始早々のサービスに、ファンとしては否応なしに盛り上がってしまいます(と、その一方で、全員官軍出身である五虎将が、ザルに等しい祖国の守りに複雑な感情を抱くシーンが挿入されているのがまたうまい)。

 と、キャラクター描写は大いに盛り上がった今回ですが、しかしお話の方は、あまり進展がなかったというか、最初から最後まで騒動に終始してしまったというか…ちょっと物足りない印象。
 特に、二人の浪子がほとんどニアミスで終ってしまったのが何とも残念であります(まあ、今回のエピソードは後々に効いてくるのですが…)


 さて、梁山泊勢は無事に東京から逃れたと思いきや、ただ二人はぐれてしまったのは李逵と燕青。次回、一部の水滸伝ファン(というか私)にとってはかなり思い入れがある泰山奉納相撲編が今から楽しみです。


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


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2008.07.23

「世話焼き家老星合笑兵衛 花見の宴」 ミクロな救いとマクロな救い

 飛鳥山で盛大な花見の宴を開催することとした吉宗。その命を狙う尾張宗春は、人を激しく興奮させる桜の品種を生み出した元家臣で今は旗本の桜井玄蕃に目をつける。娘の千草を誘拐され、やむなく宗春に協力する玄蕃だが、千草と孫娘が親友であったことから星合笑兵衛はこの陰謀を察知。天下の一大事を前に、星合一家の世話焼きがまたもや始まる。

 私が今最も楽しみにしている時代小説の一つ、「世話焼き家老星合笑兵衛」シリーズの、待望の最新巻が発売となりました。前作で混血の少女・花を一員に加えた星合一家が、花見の宴を舞台とした将軍吉宗暗殺計画に挑むこととなります。

 本作の主役の一人はその花。前作で描かれた事件で星合家に助けられ、笑兵衛の息子・健吾の養子――つまり笑兵衛の孫――となった花の、日本での初めての友達が事件に巻き込まれたことから、星合家が乗り出すことになります。

 本シリーズの特長の一つは、ミクロな救済とマクロな救済が――そして両者を繋ぐのが笑兵衛の世話焼き精神であるわけですが――同時に行われることにあるかと思います。つまり、作中での星合家の活躍で救われるのは、単に(と言い切れるのがこのシリーズの凄いところ)天下国家の静謐のみならず、その静謐を乱すために利用される一般人の小さな幸せなのであります。
 そして言うまでもなく、花もそのミクロな救済によって幸福を得た一人。その彼女がまた他人の幸福を守ろうと奮闘するのが、実に気持ち良く感じられます。

 一方、マクロな局面においては、これまで繰り返し描かれてきた吉宗と宗春の対立にも、大きな変化が生じます。吉宗と宗春、紀州と尾張の対立は、数え切れないほど多くの作品の題材となっていますが、本シリーズにおいても、それが背景になってきました。
 天下を、すなわち吉宗の命を狙い陰謀を巡らせてきた宗春の心境に、ある変化が本作のクライマックスで生じます。その詳細についてはここでは述べませんが、それを呼んだのは、星合一家の一人の、飾らない――それだけに心からの――言葉というのが実にらしい展開ではないかと思います。

 何だかもう一人家族が増えそうな気もする本シリーズ、そろそろクライマックスを迎えそうな印象もありますが、まずは次なる世話焼きに出会える日を楽しみにするとします。


「世話焼き家老星合笑兵衛 花見の宴」(中里融司 小学館文庫) Amazon
花見の宴 (小学館文庫 な 1-4 世話焼き家老星合笑兵衛)


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2008.07.22

「百物語 浪人左門あやかし指南」 どうにも小粒?

 再修業のため再び江戸に出た苅谷甚十郎は道場の先輩・辻村鉄之助に頼まれて、怪談好きの商家の隠居・和泉屋が開催する百物語の会に参加する羽目になる。が、百物語が終った時、和泉屋はどこかに姿を消し、参加者の一人が死体で発見される。この不可解な事件に、甚十郎は平松左門と共に挑まんとするが、事件の因縁は彼ら自身にまで繋がるのだった。

 剣は強いが無類の臆病者で怪談が大の苦手の青年・苅谷甚十郎と、剣は無敵だが酒と怪談話をこよなく愛する奇人剣豪・平松左門を主人公とするシリーズの第二弾が刊行されました。

 作中にちりばめられた数々の怪談と、それと密接に絡む怪事件の謎を、誰も彼も一風変わった個性的な登場人物たちが説き明かすというスタイルは本作でも健在。今回は怪談の王道(?)、百物語にまつわる怪事件が描かれることになります。

 その百物語というのも、甚十郎以外、皆中年の浪人ばかりが集められた怪談会という、実に怪しげなシチュエーションで語られるもの。そこで和泉屋の口から語られる怪談は、どれも単独で楽しめるクオリティのものでありますが、もちろんそれだけでは本作は終わらない。
 その怪談会の裏には、甚十郎と左門、そして彼らの道場に絡む事件の影が――というわけで、一見無関係に見えた数々の要素が、物語が進むにつれ一つにまとまっていくという、ミステリならではの快感が味わえます。

 が――正直に申し上げれば、前作に比べれば本作は、どうにも小粒の印象を受けます。事件そのもののスケール・複雑さもさることながら、怪談と物語の関わり、トリックとの絡めようが、どうにも弱い、という感が、まことに残念ながら本作にはあります。
(特に中心となるアイディアに、少々無理があるような――)

 しかし幸か不幸か、キャラクターを前面に押し出したミステリ・時代小説としては、本作はまことに面白い。特に、主人公二人やその師匠のキャラクターの何とも言えぬ呑気さは、一歩間違えると陰惨な印象となりかねぬ物語を、うまく救っていると言えます。

 ちょっと今回は残念な部分もありますが、この先シリーズが続いていけば、実に面白い存在になるのでは…と、思う次第です。


「百物語 浪人左門あやかし指南」(輪渡颯介 講談社ノベルス) Amazon
百物語 浪人左門あやかし指南 (講談社ノベルス ワE- 2)


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2008.07.21

八月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 そろそろ本格的に暑くなってきましたが、あとちょっとすれば八月。夏本番です。というわけで八月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 …が、夏枯れ時とは言いたくありませんが、ちょっと淋しい八月。文庫時代小説で気になるのは21日の柴錬先生の「新編 剣豪小説集 梅一枝」と7日の牧秀彦先生の「天空剣の蒼風」(しかしいつ見てもロボットの必殺剣のようなタイトル…)といったところでしょうか。 一方、武侠小説の方では、1日の金庸先生「飛狐外伝」文庫化スタートと、古龍先生の「マーベラス・ツインズ契」第2巻が登場となかなかのものです。
 また、夏はやっぱり怪談ということか、4日には河出文庫から、おそらく「伽婢子」だと思われる「現代語訳 江戸の怪談(仮)」も発売されます(しかし志村有弘先生ではないらしいのがちょっと驚き)。

 一方、漫画の方では、発売が一月延期となっていた(はずの)「Y十M 柳生忍法帖」最終巻が6日に、そして文庫化開始の「バジリスク 甲賀忍法帖」上巻が12日と、せがわファンにはちょっと嬉しい二本立て。また初登場では、9日に発売の水上悟志先生「戦国妖狐」第1巻が気になります。
 その他、いろいろな意味で衝撃的な「シグルイ」第11巻も20日に発売であります。

 最後に映像ソフトでは、27日にまさかの中村敦夫版「水滸伝」DVD-BOXという、個人的に嬉しすぎるアイテムが。ちょっと高めだけどこれは手に入れざるを得ません。


 そして恒例のオマケ、時代伝奇以外の注目は何と言っても第三作の製作も決定された、21日にニンテンドーDSで登場の「東京魔人學園剣風帖」。かれこれ十年前にプレイステーションで発売されたジュヴナイル伝奇ゲームのリメイクですが、内容は折り紙付き(ちなみにこないだ製作されたアニメ版とは全く別物なので…)

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2008.07.20

「五右衛門ロック」 豪快で大バカで痛快で

 釜茹でにされたはずの石川五右衛門は生きていた。日本を飛び出し、神秘の宝・月生石を求めて南国タタラ島にたどり着いた五右衛門だが、島ではタタラ国王・クガイがその強大な力で民を支配し、月生石を護っていた。タタラを狙うバルバ国の将軍・ボノーらとタタラ軍が激しくぶつかる中、クガイと対峙した五右衛門が見たものは…

 ここしばらく、劇団☆新感線はシリアスな作品がほとんどで、それはそれでもちろん素晴らしいのですが、やっぱりたまには昔の新感線みたいな豪快で大バカで痛快な作品も観たいな…と思っていたところにやってきたのが本作「五右衛門ロック」です。
 釜茹でで死ななかった石川五右衛門が、腐れ縁の悪女に引っ張られ、日本を飛び出して海の向こうの王国に乗り込んでみれば、そこには秘宝と思わぬ彼自身の過去の因縁が…というのが本作のお話。
 宝探しに敵討ち、恋の鞘当てに陰謀に骨肉の争い…そんなエンターテイメントものの王道要素を全てブチ込んで歌と踊りと、もちろんアクションで飾った、三時間強の上演時間もあっという間の快作でした。

 それにしても、新感線の舞台を観ると舞台を構成する要素全体を通してのクオリティの高さに驚かされるのは毎度のことなのですが、今回はそれが――作品自体のテンションの高さもあってか――より際立っていた感があります。
 そんな中でも、特に印象に残ったのは、キャラクターと配役のバランスの良さと言いましょうか…一歩間違えればとっちらかってしまいそうなほど個性的な面子が暴れ回る本作において、どのキャラクターもキャラが立っていて、見せ場があって、演じる役者の持ち味が生かされていたのが何とも嬉しい。当たり前と言えば当たり前のようでいて、しかし本作のような作品においては実は非常に難しいこのバランス感覚は、ひとえに脚本と演出の妙、そして五右衛門を演じた古田新太の存在のおかげではないかな、と感じた次第です。
 特に古田さんは、実はタイトルロールの割りには出番はさほど多いわけではない――場面毎に新しいキャラクターが登場する第一幕など特に――のですが、しかし要所要所で登場してはきっちりと場を締めていくのが、さすが! としか言いようがありません。

 さらにキャラクターについて言ってしまえば、ここしばらくの新感線では、客演が多くなればなるほど、劇団員が目立たなくなってしまって、悲しい思いをすることがあったのですが、今回はその辺りのバランス取りが実に良かった。
 キャスティングを見ると呆れるくらい豪華な客演陣を向こうに回し、ネタもの以外で久々に集結した古田・橋本・粟根・高田の四人が――後ろのお二人は出番自体はそれほど多くなかったのですが――それぞれに印象的な芝居を見せてくれたのが、何とも嬉しいのです(あと右近さんがお仲間を得て今回は倍のウザさ)。

 もちろん客演陣についても文句なしだったのですが、個人的には濱田マリさんが実にキュートで魅力的なプチ悪女を演じていたのが何とも嬉しく――いや、モダンチョキチョキズのファンだった身としては、本当に全く変わらない歌声を見せてくれたのが本当に嬉しい限りでした。じゅんさんとの、プチマクベス夫妻とも言うべき野心家カップル(…そういえばまた森山君は王子だったか)ぶりも楽しく、今まで新感線に出ていなかったのが不思議なくらい…と言っては言いすぎでしょうか。
(ちなみに、本作に登場する女性キャラ三人が、それぞれにきちんと自分というものを持った聡明なキャラでありつつも、それぞれに大馬鹿な男どもを優しくその懐の中で遊ばせていたのは、なかなか印象的でした)


 …と、本作を文句なしに楽しみつつも、野暮と贅沢、そして身の程知らずを承知にあえて一つ言わせていただくとすれば、「新感線の五右衛門は、まだまだこんなものじゃないだろう」という気持ちも、個人的にはあります。
 これはネタバレにもなってしまうのであまりはっきりとは言えませんが、五右衛門が結局の所、クガイの手の上を抜け出せなかったように感じられたのが、なんとも残念なのです。パンフレットで中島かずき氏が自ら触れられていた五右衛門を、新感線の五右衛門、古田五右衛門には遙か上を行って欲しい、人の心を、人間の自由を笑う奴らを、真っ向からブチのめして欲しい――と、そういう気持ちが正直なところあるのです。
 それだけのポテンシャルは間違いなくあるのですから…それに何よりも、この世界は俺たちには狭すぎるぜ! と飛び出した五右衛門の冒険はまだまだ始まったばかり。いつか再び、本作に負けるとも劣らない、五右衛門の痛快な冒険譚を見せていただきたいものだと心から思います。

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2008.07.19

「鏡花あやかし秘帖 からくり仕掛けの蝶々」 鏡花、迷える魂を救う

 幽霊が出るという噂の「妖し沼」の取材に訪れた新米編集者・香月は、それ以来、憂い顔の美女が現れる夢を繰り返し見るようになる。そんなある日、香月は担当作家の泉鏡花に誘われ、まるで生けるが如き美しい人形による芝居を見に行くが、そこで彼が出会ったのは、人間離れした美貌の少年座長と、「妖し沼」で恋人との心中に失敗した青年実業家だった。果たして香月の夢の美女の正体と、からくり芝居との関係は…

 泉鏡花と、その編集者を主人公とした耽美ファンタジーシリーズ「鏡花あやかし秘帖」の一編であります。それまで嶋田純子名義で他社から発売されていたシリーズが、本作より学研のもえぎ文庫で発売されているのですが、レーベルは格別、それほど妖しい(性的な意味で)部分もないとのことだったので思い切って読んでみました。

 泉鏡花は、言うまでもなく実在の小説家。幻想的、耽美的志向の強い作風の持ち主であり、また非常に個性的な人物であったと言われる鏡花は、なるほど本作のような作品の主人公とするには、まことに相応しい人物と言えるでしょう。
 もっとも、本作の鏡花は、数々のあやかしと交流を持ち、自身も兎形の式神を自在に操る、一種底の知れぬ人物として描かれているのですが…(とはいえ、伝奇小説・ホラー小説にはしばしば登場する「賢人」タイプのキャラとして扱うには、ぴったりの存在でありましょう)。

 作中の年代的には明治三十四年、「高野聖」を発表した直後であり、後の夫人である芸妓・桃太郎と出会って熱愛中の時期。まさに脂の乗りきった時期。そんな鏡花が、もう一人の主人公の香月青年とともに(というか香月青年に引っ張り込まれて)挑むことになるのは、自殺者が絶えず、そしてその亡骸が浮かび上がることはないと噂される魔所にまつわる事件であります。
 香月青年の夢に夜毎現れる幽霊がそこで心中した芸妓のものと知り、そしてその心中に生き残ってしまった男と知り合った鏡花が、他人事とは思えぬと乗り出すのは、うまい趣向であると思います。

 もっとも、内容としては、派手な幽霊・妖怪退治というわけではなく、死者に囚われた生者と、その生者に縛られた死者の、二つの魂を如何に救うかという救済の物語なので、活劇を期待すると肩すかしを食うことにはなりますし、話のスケールも冷静に考えてみると大きくないのですが、しかし人物配置・構成が個性的で面白いため、不満感はありません。
 題材的には決して明るいものではないのですが、香月青年をはじめとする良くも悪くも漫画的なキャラクターたちの掛け合いで、軽快なノリとなっているのも好感が持てます。


 正直なところ、「フツー男はそんなこと思わないし、しない」的なじゃれあいがふんだんに盛り込まれていて、また直接的な行為はないものの精神的にはどう考えても「あ、ほも」的な場面もあるので男性読者にはおすすめしがたいものがありますが、これはレーベルを考えれば文句を言う方が野暮な話でしょう。

 とりあえず、直接的なものがない限りは、シリーズの他の作品も読んでみようと考えているところです。


「鏡花あやかし秘帖 からくり仕掛けの蝶々」(橘みれい 学習研究社もえぎ文庫) Amazon
からくり仕掛けの蝶々 (もえぎ文庫―鏡花あやかし秘帖)

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2008.07.18

「図解里見八犬伝」 八犬伝世界のユニークな副読本

 新紀元社といえば、ファンタジーに関わりのある事物を平易な語り口で紹介した解説書を得意とする出版社。その新紀元社から刊行されたのが、本書「図解 里見八犬伝」、あの「南総里見八犬伝」の解説書であります。

 これは新紀元社に限りませんが、最近本屋でしばしば見かけるのが、「図解○○」というタイトルの本。元々は実用書の類で出たものだと思うのですが、それがいつの間にかこうした趣味雑学系も多く出版されるようになっています(新紀元社のカタログを見ているだけでも実に面白い)。
 この種の図解本の構成は、見開きの左側に解説文が、右側に図表やイラストが配置されているのが大方のパターンですが、本書もまた、どのスタイルとなっています。

 それにしても、八犬伝に図解というのはどうなのかしら、と感じるのは私だけではないだろうと思いますが、これがまた存外に面白い。
 その内容というのが、八犬伝の登場人物の相関図や関連地図といった作品理解に直接役立つものから、原典に伏された挿絵、果ては登場する武具道具・果ては動植物の解説のような雑学まで、実にバラエティーに富んだものとなっているのですから。

 これは八犬伝について触れるとき、しばしば一緒に書くことですが、そのタイトルのメジャーさとは裏腹に、その実際の内容については、現代の人々には想像以上に知られていないのが八犬伝という作品。
 その原因の一端は、原作のあまりの長大さと、複雑な因果因縁が絡まりあった人物関係、そして内容が室町中期の関東(というローカルな世界)の勢力分布と密接に絡まりあった点など――要するに理解するのに結構な分量の知識と記憶力を必要とするためではないかと思います。

 その点で、図表やイラストをふんだんに使用した本書は、八犬伝の作品世界を理解するためのユニークな副読本として、なかなかに役立つのではないかと思います。
 もちろん、そこまでして八犬伝を理解したいというニーズがどれくらいあるかはわかりませんし、このネタで二ページ取らなくても…と思う部分もなきにしもあらずですが(しかしこれは図解本のある意味お約束ではあります)。
 しかし、たとえば八犬士それぞれの家紋など、オタク雑学的に面白い部分も多く、私はなかなか気に入っているところです。


「図解里見八犬伝」(犬藤九郎佐宏 新紀元社F-Files) Amazon
図解 里見八犬伝 (F-Files No.0016) (F-Files No. 16)

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2008.07.17

「×天」第2巻 自由なる生き様、清十郎の道

 吉原の女装の付け馬・椿清十郎の活躍を描いた異色の時代漫画「×天」の第二巻…にして最終巻であります。なかなかユニークな作品だっただけに残念ですが、ここで歎いても始まらない、前向きに楽しむこととしましょう。

 この巻の前半で描かれるのは、物語冒頭から清十郎に振り回されている不器用な浪人・伊勢崎氏の仕官話。不始末で三十両の借金をこしらえ、そのカタに娘を吉原の禿にすることとなった伊勢崎が、旧友の薦めで試験を受けることとなった家はとんでもないしきたりがあって…
 と、久々に登場のおっさん女装ネタなどで笑わせておいて、しかしその後に待ち受けているのは仕官を賭けた真剣勝負。ここで窮地に立った伊勢崎が思い出すのは融通無碍な清十郎の姿勢…というのが、清十郎の存在感というものを感じさせてなかなか良い感じの展開となっております。

 が、ようやく仕官したこの屋敷の主は、幕府の要職にありながらも、武士を無くすと豪語する怪人物。そしてなによりも、清十郎の父であって――というところで、意外なところからラストエピソードになだれこんでいくこととなります。

 完結してみて正直なことを言えば、時折顔を出す社会制度がどう時代がどうというマクロなメッセージ的な部分は、まだまだ生硬さが抜けず、特に対象年齢層を考えれば、まだまだ…と言ったところ。むしろ今回ほぼ唯一の単発エピソードである、自殺願望を持つ花魁と幇間のエピソードのように、時事ネタ的人情話に光るものがあったやに思います(ちなみにこのエピソードのオチ、江戸時代にソレがあるかい、というツッコミを除けば、なかなか皮肉が効いて気に入っています)

 しかしその一方で、清十郎と彼の周囲の人物の関わりを描きつつ、人間としての自由な――自分らしさを貫くという意味での――生き様とは何か、という部分については、清十郎自身のドラマを踏まえつつ、健闘していたかと思います。
 特にラスト二話、清十郎の過去――はじめての女装――と、清十郎のこれからを描いたエピソードは、ちょっと急ではありましたが、しかしきっちりと描くべきを描き、ちょっと風変わりな「対決」で、清十郎の道を再確認させるラストも後味が良かったかと思います。
 また、ここで再登場した山田浅右衛門に、過去話のあるキャラとの因縁を設けることで、物語のテーマ的部分と、浅右衛門のキャラ立てを同時に行っているのは、うまいものだと感心しました。

 時代もの、それも特殊な舞台ということで色々と大変な部分もあったのではないかと思いますが、しかし物語的にはまずは大団円。色々書きましたが、最後まで楽しく読ませていただいたのは間違いないお話です。


 ただ、「対決」の決着シーンでの清十郎の顔は、正直ないと思います。怖い、怖いよ!


「X天」第2巻(安宅十也 講談社モーニングKC) Amazon
×天~ばってん 2 (2) (モーニングKC)


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2008.07.16

「竹千代を盗め」 上忍苦労記

 甲賀の上忍・伴与七郎に、松平元康の臣から、人質として駿府に残された元康の妻子奪還の依頼が来た。四百貫文の大仕事に浮き立つ甲賀者たちだが、いざ駿府に向かってみれば、元康の妻子は今川館で厳重に守られ、今川配下の武芸者衆と間者によって次々と甲賀者たちは倒されていく。追いつめられた与七郎は、驚くべき逆転の策を思い立つが…

 松平元康、すなわち後の徳川家康が、幼少期から人質として今川家で育ち、今川義元が織田信長に討たれた後、ようやく独立への第一歩を踏み出したというのは有名な話。本作は、まさにその時期を舞台に、歴史の舞台裏で起きた事件を描いた一風変わった忍者ものであります。

 一風変わったというのは、本作の主人公が上忍、それも妙に生活感に溢れたというか、所帯じみているというか、そんなキャラクターである点。百鬼丸氏のコミカルな表紙イラスト(いしいひさいちの「忍者無芸帖」をどことなく連想させます)がぴったりの、ペーソス溢れる存在なのです。

 忍者もので上忍というと、ピラミッド構造の身分社会の頂点でふんぞり返って下忍をアゴで使い、抜け忍には死の掟で制裁を加える恐ろしい存在…というのが定番のイメージですが、本作の主人公・伴与七郎は、むしろ現代で言えば、中小企業の社長のようなイメージ。
 先代の放漫経営のおかげで左前になった一族を率いて、鉄砲の弾一つもおろそかにしないコスト引き締めを実施、依頼主に対しては、算盤を弾いて必要経費を算出して報酬の交渉…と、何だか涙ぐましい努力の数々。
 依頼主は最初言っていたのと全然違う条件を後から出してきて、しかもコストは同じでやれと言い出すし、しかし報酬を払わないと部下はすぐに逆らうし――

 そんな等身大の主人公が、それでも忍者として仕事を成功させるべく奮闘する様には、爽快感や格好良さはないものの、何だか応援したい気分になってきます。

 そして与七郎が傷だらけになりながら必死に戦うもう一つの理由、それが、前金と引き替えに人質にされた(世知辛いな、ホント)息子を救い出すためなのですが――この与七郎と息子の関係が、元康と竹千代の関係と対比されているのは言うまでもありません。
 共に子を救おうとしながらも、しかしその背後にある想いの違いが明確となるラストには、何とも言えぬもの悲しい気分に――竹千代のその後の運命を考えればより一層――なったことです。

 決して派手でも爽快でもない作品ではありますが、ユーモラスで暢気なムードの中に、どこか心に残るものがある、不思議な味わいの作品です。


「竹千代を盗め」(岩井三四二 講談社) Amazon
竹千代を盗め

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2008.07.15

「マーベラス・ツインズ契 1 だましあい」 運命に抗する第一歩

 いつの間にか公式サイトまでできていてびっくりの「マーベラス・ツインズ」、今度は漫画化ということで、その商品展開には少々驚かされますが、原作翻訳の方は第四巻目からお色直しということか、「マーベラス・ツインズ契」というタイトルでリスタートです。

 物語は第二巻のラストから直接続く展開。宿命のライバル・花無缺との対決から、ヒロイン・鉄心蘭(それもフルヌードの)に庇われて這這の体で逃げ出す小魚児。…武侠小説の主人公として考えうるかぎり最低の行動、アンチヒーローなどという格好イイものでは到底ない有様ですが――
 さすがに楽天的かつ自信過剰の小魚児であってもこれは堪えたか、以後三年間の放浪生活から新章はスタートします。

 それまでがそれまでだけに、凹んでしまった小魚児は何とも侘しく見えますが…しかし伸びる前にはまず縮むことが必要。
 それまで口八丁手八丁で向かうところ敵なしだった少年が文字通り泥に塗れて、一見世間の全てから逃げ出してしまったように見えても、しかしそれでもその胸の中に消せない炎を持って雌伏する。この辺りの静かな熱さは、その作品の中で、様々なスタイルで「男」の姿を描いてきた古龍ならではだと感じます。

 そして小魚児のひねくれぶりが、前巻で描かれたように、彼がこの世に生まれ落ちた時から悪意でその生が歪められてきたことの一つの結果であることを考えれば、今回の挫折と復活は、その運命に打ち勝つ第一歩と言えます。
 そしてもう一人、花無缺もまた、その歪められた運命から一歩踏み出そうとしています。生まれて以来、誰一人として愛することを許されなかった愛を知ろうとする彼の姿は、それまでの鉄面皮ぶりもあいまって、より強く印象に残ります(その愛の対象がまた、一波乱必至ではあるのですが…)

 さてストーリーの方では、三年前から、いやそれ以前から江湖で暗躍を続けてきた大悪人・江別鶴が、いよいよ小魚児の敵として――正確には小魚児を江別鶴を敵として――その前に現れることとなります。
 善人に見えた者が、実は真の悪の黒幕、というのは古龍作品では毎度のパターンですが、本作ではそれが早い段階で明かされており、読んでいるこちらとしては、その胸の悪くなるような陰謀と偽善者ぶりに、大いにヒートさせられます。
 そんな江湖の名望家を敵に回すということは、すなわち江湖そのものを敵に回すということ。しかし復活した小魚児にしてみれば、それぐらいが丁度いい。敗北を知り、成長した彼が、大きすぎる敵を相手にしての暴れっぷりを楽しみにしたいと思います。


「マーベラス・ツインズ契 1 だましあい」(古龍 コーエーGAMECITY文庫) Amazon
マーベラス・ツインズ契 (1)だましあい (GAME CITY文庫 こ 2-4) (GAME CITY文庫 こ 2-4)


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2008.07.14

「玄庵検死帖 倒幕連判状」 複雑怪奇な現実の中で

 玄庵に一橋慶喜から下された密命。それは清河八郎が集めたという倒幕に賛同する者の連判状の奪回だった。表に出れば巨大な騒乱の火種となりかねぬ倒幕連判状が京の芹沢鴨の元に渡ったと知った玄庵は再び京に向かうが、連判状争は更に複雑怪奇な経路を辿り、混沌の中で玄庵にも危機が迫る。

 加野厚志先生の新シリーズ「玄庵検死帖」の第二弾は、前作の台風の目であった清河八郎が遺した連判状を巡る暗闘を描いた作品。初めは攘夷の連判状であったものが、いつの間にか倒幕の血盟状と化して天下を揺るがす…秘書争奪戦は時代伝奇小説のパターンの一つではありますが、ここで描かれるのは、一つの思想が次の瞬間には別の思想と結び付き、それを信奉する者もまたその立ち位置を変えていく、幕末という時代そのものを象徴するような、複雑怪奇な存在であります。

 そしてまた、本作に登場する数々の登場人物たちも、この絶えず変容を続ける時代相にふさわしく、様々な顔を持つ者ばかり。山岡鉄舟、桂小五郎、佐々木只三郎、近藤勇、芹沢鴨…本作には、いずれ劣らぬ幕末の英傑たちが次々と登場しますが、そのいずれも、各人に対し我々が抱くイメージに忠実に沿いつつも、しかしそれと異なるもう一つの――そしてそれも決して意外なばかりではなく、もう一つの現実解釈としての説得力があるのですが――顔を持って描かれます。

 そんな彼等の間で探偵役を務める玄庵は、当然と言うべきか、時代の、人間たちの絶えず変化していくいくつもの顔に大いに振り回されることになります。
 これまでも何度も述べてきたように、加野作品においては二転三転、誰が善で誰が悪かわからないの目まぐるしい展開が非常に多く見られますが、このスタイルは幕末という時代に、非常に良くマッチしていると言えます。加野作品の多くが幕末を舞台としているのも、この点から来るのでしょう。

 そんな苦闘の果てに、ほとんど振り出しに戻ったような形で玄庵がたどり着く真実は、何とも苦く、やるせないもの。歴史の巨大な流れの中に、一個人として何が出来るのか…その問い掛けが、重く胸に迫ります。
 そしてその果てに玄庵が挑む死闘は、冷静に考えればほとんど八つ当たりに近いのですが、しかしそこに至るまでに描かれてきた、変転の中で個人の想いを容易に無にしてしまう世界の中で、胸のすくような啖呵と共にほとばしる玄庵の個人的な怒りが、むしろ清々しく感じられます。

 複雑怪奇な現実の中で、個人がどこまでその意気地を貫くことができるか――ある意味、時代小説として普遍的テーマを、男臭いエンターテイメントとして(玄庵とその相棒の何気ない会話が実にいい)描き出した本作は、数ある加野作品の中でも、屈指の面白さを持っていると感じます。これからのシリーズ展開にも期待する次第です。


「玄庵検死帖 倒幕連判状」(加野厚志 中公文庫) Amazon
玄庵検死帖倒幕連判状 (中公文庫 か 73-2)


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2008.07.13

「獣兵衛忍風帖」 テーマは娯楽エンターテイメント!

 奇怪な忍者に襲われるくノ一・陽炎を救ったはぐれ忍び・牙神獣兵衛。それがきっかけで敵の襲撃を受けることとなった獣兵衛の前に現れた公儀隠密・濁庵は、敵の正体が鬼門八人衆であり、それを束ねるのは獣兵衛とも因縁のある氷室弦馬だと告げる。やむなく手を組んだ獣兵衛・濁庵・陽炎は、八人衆と死闘を繰り広げつつ弦馬の陰謀の正体を探るが…

 つい先日より最新作「ハイランダー」が新宿で公開されている川尻善昭監督の代表作の一つ――というより、私にとって時代劇アニメのオールタイムベスト――が、本作「獣兵衛忍風帖」です。
 残念ながら、日本での知名度はいまひとつですが、アメリカでは「NINJA SCROLL」のタイトルで公開されて大ヒット、ジャパニメーションの代表格として遇され、川尻監督による上記の「ハイランダー」アニメ化の遠因ともなった作品であります。
 今回、川尻作品のオールナイト上映で劇場の大スクリーンで再見する機会があったのですが…その徹頭徹尾隙のない面白さに、改めて感心し、感動いたしました。

 凄腕の風来坊が奇怪な忍者たちの陰謀に巻き込まれ、勝ち気なくノ一と老獪な公儀隠密と共に、やむなく死闘を繰り広げるという、ストーリーとしてはかなりシンプルな本作ですが、しかしそれだけに、冒頭からラストまで、迷いなくグイグイと突き進む様は爽快ですらあります。
 上記オールナイトのトークショーで、「テーマは娯楽エンターテイメント」と実に男らしく言い切った監督の言葉そのままの、エンターテイメントのお手本のような作品、としか言いようがありません。

 その原動力となるのが、シャープで躍動感のあるアクション設計であることは間違いありませんが、しかし見るべきはアクションだけというわけではないのはもちろんのこと。主人公とヒロインの造形と、そこから生まれるドラマも、実に印象的です。

 特に心に残るのは、ヒロイン・陽炎のキャラクター。体に強烈な毒を持ち、触れた男をみな殺す美貌のくノ一…と言えば、名前といい能力といい、これはもう山風の「甲賀忍法帖」の陽炎のオマージュであります。
 しかし、「甲賀~」の陽炎が、味方すらも滅ぼしかねない強烈な情念の持ち主であったのに対し、本作の陽炎は、その能力から来る孤独感から心に壁を作り、主人公に対しても常に一定の距離を置こうとする女性として描かれます。その感情はやがて大きく変化していく…というのは当然(?)の展開ではありますが、それがストーリーと結び付いて、運命的な帰結を迎えるのが素晴らしい。
 アクションエンターテイメントだからこそ、その原動力となるストーリー、キャラクターの行動原理が明確でなければならないという監督の思想の現れが、ここにはあります。

 ちなみに、しかし上記のオールナイトでは、同じく監督の代表作である「妖獣都市」の次に本作が上映されたのですが、ヒロインが捕われて主人公がじじいの制止を振り切って飛び出すというシチュエーションが全く同じで苦笑したのですが、両作とも――前者は原作付きですが――主人公とヒロインが結ばれることに、格別の意味が持たされていることに感心しました。ロマンチストとしての川尻監督の側面を思わぬところで見せられた感があります。


 と、本作について語り出すと色々と止まらなくなってしまうのですが、それだけの価値ある作品であることは間違いありません。
 公開から十五年経っても些かも色あせることなく輝き続ける本作――今までこのブログをご覧になって「三田の野郎とは趣味が合いそうだ」と思って下さった方で、本作を未見の方は是非ともご覧いただきたい、そんな名作中の名作であります。


「獣兵衛忍風帖」(ビクターエンタテインメント) Amazon
獣兵衛忍風帖

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2008.07.12

「ななし奇聞」 妖かしたちはマイペースに

 妖怪漫画も色々とありますが、本作はその中でもなかなかユニークな作品の一つ。明治時代の初期を舞台に、放浪の旅絵師・七篠晩鳥(ななしのばんどり)が、あちらこちらで妖かしと出会う様を描いた連作短編集であります。

 七篠先生は、妖かしを見る力を持ってはいますが、別にこれを恐れたり、退治したりしようというわけでもなく(たまに依頼に応じて対決したりもするようですが)、それも天然自然の一部であるかのように、ごく普通に、むしろ洒脱ですらある態度で接する人物。「ななしの」という名が象徴しているように、氏素性も来歴も不明ではありますが、そんなことが気にならなくなるくらい、そのあやかしに対するスタンスは魅力的で、妖怪馬鹿的には「いいなあ…」と思わず思ってしまうほどです。

 収録された作品は、「ななし奇聞」「飛び首」「つくも」「ひとつ」「待ちびと」「くだの」「くだの弐」「泣き虫されこうべ」「あやかし散歩」の全九編。ストーリーものあり、掌編あり、四コマあり、妖怪エッセイあり…七篠先生が出会う妖かし同様、収録作品もバラエティに富んだ内容で、独特の絵柄も相まって、万華鏡を覗き込んでいるかのような楽しさがありました。
(ほも要素も微妙にありますが、なに、男同士のキスシーンがちょっとあるくらいなのでこれくらいは我慢…しづらい)

 冒頭で触れたとおり、舞台となっているのは明治初期。時代の大きなうねりの中で、急激に人々の生活も欧化していき、良くも悪くも古きものたちが姿を消していった時代であります。本書の冒頭に収められた表題作「ななし奇聞」において、七篠先生が皮肉な口調で語るように、
妖かしにとっても住みにくい時代となったことは想像に難くありません。
 しかし、七篠先生の気ままな旅と、その道行きに現れる妖かしたちを見ていると、案外どこまでもマイペースに、妖かしたちはそこら辺で生き残っているのではないかなあと、楽しい気分で考えることができた次第です。

 ちなみに作者の永尾まる氏は、猫漫画専門誌で「猫絵十兵衛御伽草紙」という時代漫画を連載されているようですが、こちらも単行本化されないかと期待しているところです。


「ななし奇聞」(永尾まる 司書房CROWN SERIES) Amazon
ななし奇聞 (CROWN SERIES)

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2008.07.11

「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」 源内流乱学復活!

 江戸を騒がす奇怪な焼死事件。その犠牲者はいずれも田沼意次派の幕閣の家族だった。田沼の依頼によって、気まぐれな平賀源内に代わり調査に乗り出した中川淳庵と杉田玄白は、奇怪な獣の姿を目撃するが――平賀源内の乱学は、如何にこの事件に挑むか!?

 このドラマCD「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」は、私にとってはなかなかに感慨深い作品であります。あの「大江戸乱学事始」がここに復活を遂げたのですから…!

 と、「大江戸乱学事始」とは何かと申し上げれば、それはかつて電撃文庫で刊行された、伝奇時代小説シリーズであります。大沼弘幸氏と、(故・)わたなべぢゅんいち氏の手になるこのシリーズは、平賀源内を中心に、杉田玄白、中川淳庵、山田浅右衛門といった面々が、様々な怪異に立ち向かうという内容で、傲岸不遜な源内のキャラクターもユニークで、なかなかに興味深い内容でありました。

 しかし刊行レーベルの読者層に合わなかったか、残念ながら二作のみの刊行で途絶していたのですが――豈図らんや、それがドラマCDとなって復活するとは! 世の中、何があるか全くわからないものです。

 最初に本作のことを耳にしたときは、同様の設定を使った別シリーズか、あるいはシリーズリスタートかとも思ったのですが、聞いてみれば、源内の古馴染みの退魔巫女兼花魁のお妖、源内の小姓の力弥など、シリーズオリジナルのキャラも健在、小説版の内容への言及もあり、はっきりと「大江戸乱学事始」の続編と言って間違いないと思います。

 さて、本作自体の内容について言及が遅れましたが、さすがに大沼氏が脚本を担当しているだけあって、キャラの言動も全く違和感なく、またストーリー的にもそつなくまとまっていて、一時間前後というさほど長くない時間の中で、きっちりと物語世界を構築されていたかと思います。
 歴史上の事実や、登場人物の説明(史実・オリジナル含めて)など、煩雑になりそうな部分も、力弥による語りでさらっとこなされているのもうまいものだと感心いたしました。

 内容的には、火浣布の扱い方が定番のそれ――からは一ひねりしてあるのですが――にかなり近かったのが気になりましたが、これはある意味、源内ものの定番なので仕方ないところでしょう(火浣布製造の時期をきちんと史実に合わせて物語を作っているのは好感が持てます)。

 さて、CDドラマということで本作のキャストはと言えば、

平賀源内 関智一
杉田玄白 高木渉
中川淳庵 山口勝平
山田浅右衛門 松本保典
お妖 三石琴乃
力弥 高山みなみ

 と、ベテランどころで固めた布陣。主役三人は演劇ユニット「さんにんのかい」(現在休止中)つながりということでしょうか、掛け合いも堂に入ったものでした。
 個人的には、どうもがらっぱちなキャラクターの印象が強い高木氏が、主役トリオの良心ともいえる温厚篤実な杉田玄白を見事に演じきっていたことに大いに感心させられたことです(やはりプロは素晴らしい…)。

 本作の続編、「源内妖変図譜」第二弾についても、近日中に紹介したいと思います。


「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」(ウォーターオリオン CDソフト)

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2008.07.10

「泣く侍」第3巻 今回は泣かず?

 最近どうにも元気がなくて心配になる「コミック乱ツインズ」誌ですが、その誌上からこのところお休みしているのが本作「泣く侍」。しばらく淋しい思いをしていたのですが、ようやく単行本の新刊がでました。

 前巻で旅芸人一座に命を助けられた主人公・総次郎ですが、この一座の座長・蟻助も何やら訳あり。老人ながら凄まじい腕前を持つ蟻助と総次郎により手下の多くを失い、追い詰められた幕府隠密・梟の次なる手は、蟻助により育てられた人間凶器・風雷兄弟…ということでこの巻では、風雷兄弟との対決と、蟻助の過去の罪とが描かれることになります。
 そしてとにかく印象に残るのはこの風雷兄弟のキャラクター。作者の中山昌亮氏は、厭な――一目見ただけで目を逸らしたくなるような――目をした人物を描かせたら、山口貴由と並ぶと個人的に思っていますが、この風雷兄弟の目はまさにそれ。一目で壊れた人間とわかるビジュアルには、怖気を奮わずにはいれません(特に兄の方は、蟻助の飛礫によって喉に穴を空けられたため、喋るときには指をそこに突っ込んで蓋にするという実に厭なキャラ立て)。

 もちろん(?)ビジュアルに負けず凶悪無惨な行動を見せる兄弟ですが、しかし二人をこうしてしまったのは蟻助。二人との対決は、同時に蟻助の過去との対決でもあります。
 今は身寄りのない子供たちに軽業を教える蟻助ですが、かつて彼が子供たちに教えていたのは殺人術。その事実を知った今の蟻助の子供たちの不信と善意が、思わぬ大混戦を招くのが、この巻のクライマックスと言えるでしょう。

 ――と、こう書くと何となくわかるように、この巻の中心はほとんど蟻助サイド。総次郎の側にも、彼の江戸行きの目的であった江戸家老との対面というドラマは用意されているのですが、やはりドラマの中心から一歩引いている感があります(この巻では一度も泣いていないですしね)。
 何よりも、伊藤清之進様の出番が、肝腎のクライマックスでもほとんどなかったのが何とも残念でした。

 物語的にはいよいよクライマックスに向かっているかと思いますが、過去の清算を決意した蟻助に負けず、総次郎と清之進のドラマも、どんどんと盛り上げていただきたいものです。


「泣く侍」第3巻(中山昌亮 リイド社SPコミックス) Amazon


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2008.07.09

「妖魔」(アニメ版) 忍者と妖怪に人間を見る

 以前紹介した、楠桂の時代ホラー漫画「妖魔」のアニメ版をようやく見ることができました。
 本作が製作されたのは1989年、OVAが山のように作られていた時期という印象がありますが、劇場公開されただけあって、絵・動き・音等のクオリティはなかなかのもの。何よりも脚本を担当したのが時代劇アニメと言えばこの人! の會川昇氏だけあって、原作を巧みにアレンジし、原作が元々持っていた可能性を引き出してみせた内容は、原作ファンが見ても実に面白いものとなっておりました。

 本作は、上巻「緋影魔境編」と下巻「魔狼兇牙編」の二部構成。上巻は原作第一章をほぼ忠実に映像化していますが、下巻は原作第二・四~六章をベースに再構成を行っています。この下巻のアレンジのおかげでヒロイン・妖の追い忍たちや、緋影の兄貴分の風巳が思い切り割りを食った面はありますが、しかし、原作の弱点の一つであった、物語構成や人物配置にうまく噛み合っていない点が見られたこと(それはまあ連載作品ゆえのものとは思いますが)が、この再構成により、ほぼ解消されているのは特筆すべき点でしょう。

 さて、そんな本作の、最も大きな原作との相違点の一つは、史実とのリンクがより強くなっている点であります。。
 原作では、桶狭間の合戦の背後に妖怪の存在があったことが触れられる程度であったのに対して、アニメ版では緋影と魔狼は武田家配下の忍びであり、(妖怪に殺害された)信玄の死を秘するため、同じ時期に抜け忍となった魔狼に追っ手が放たれる…というように、冒頭から、史実が物語に関わってくる形となっています(さらに下巻では、追いつめられた勝頼が魔狼=鬼陸皇子の力を借りんとし、それと引き替えに今度は武田忍びから緋影が狙われるというシチュエーションが)。
 このように史実とリンクさせることにより、作品に時代ものとしてのダイナミズムが生まれたのはもちろんのこと、忍びの行動の裏に命令者の存在を描くことで、その行動により一層のリアリティが生まれると同時に、クライマックスで語られる、人に命ぜられるがままに動き、殺し合うしかない忍びたちの、どうしようもなく人間的な側面を浮かび上がらせているのには感心させられました。

 そして、何よりもこのアニメ版で注目すべきは、上記の忍びの行動の中で浮かび上がる、人間というものの姿、人間というもののあり方でしょう。原作では、人間よりもむしろ妖魔寄りの存在として描かれていた忍びが、このアニメ版においては、ある種の人間性を体現したものとして描かれていたのには驚かされます。
 いや、忍びだけではありません。明確に人間の敵、人外の存在であるはずの妖魔もまた、人間あってこその存在、人間性が生み出したものと語られるのには、さすがは…と唸らされました。そして同時にそれが、何故魔狼の中の鬼陸皇子がこの時期に目覚めることとなったのか、という問いへの答えにもなっているあたり、見事なものです。


 妖魔とは何か、人間とは何かという問いかけの先にある、人間という存在のあり方そのものに、原作以上に踏み込んでみせた本作。原作とは異なるラストの展開も、本作のアプローチであれば納得がいくものがありますし、そしてラスト、緋影にのみ聞こえた魔狼の言葉が、何とも皮肉かつ切なく――そしてわずかの希望とともに――聞こえたことです。
 残念ながら、本作も日本国内ではDVD化されていないのですが、レンタル店などに置いてある場合もあり、機会があればご覧いただきたい隠れた名品であります。


「妖魔」(アニメ版)(東宝) Amazon


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2008.07.08

「ゆめつげ」 いまここに彼がいる理由

 呑気でおっちょこちょいの清鏡神社の禰宜・弓月には、生まれつき不思議な「夢告」の力があった。幕末のある日、弓月に名門神社の権宮司から、夢告の依頼が来る。数年前の地震の際に行方不明になった札差の一人息子の行方を占って欲しいというのだが、肝心の弓月の夢告は、いつもピントがずれていて役に立たない。おまけに次から次へと事態は思わぬ方向に転がり、弓月は命がけの冒険に挑む羽目に…

 畠中恵先生といえば、やはり「しゃばけ」シリーズが真っ先に浮かびますが、最近ではシリーズのみならず、なかなかに魅力的な時代小説を数々送り出しています。本作「ゆめつげ」は、その先駆けとも言える作品。夢告の力を持つおんぼろ神社の禰宜の青年が、思わぬ事件の中で成長していく様を描いた佳品であります。

 本作の主人公・弓月が巻き込まれるのは、安政の大地震の際に行方不明になった札差の息子探し。名門・白加巳神社の権宮司を経由しての依頼で、まだ幼い頃に姿を消した息子が今なお生きていると信じる札差夫婦のために、息子の行方を夢で占おうとする弓月ですが、それが単なる依頼ではない。札差の呼びかけに応えて、なんと三人も名乗り出てしまった息子候補の中から、本当の息子を見つけ出して欲しいというのだかややこしい話です。
 しかも、その会場となった神社から外に出ようとした人間が、何者に次々と殺されていくという事件まで発生。他人の息子探しだけでも大変なところに、自分と周囲の人間を守りつつ、巨大な密室と化した神社から脱出しなければならないという本作は、単なる一風変わった時代小説というだけでなく、歴としたミステリ&サスペンスとして成立しているのが面白いところであります。

 もちろん、弓月の能力はいわゆる超能力。その力があれば、このくらいの謎や苦境はどうにでも…ならないのが本作の工夫。何せ弓月の夢告の能力ははなはだ不完全、見えるものは断片的だったりぼやけていたりと、どうにも頼りにならないものばかりなのです。
 しかし、その中途半端な能力で得られたピースを元に、弓月が自分で推理し、判断し、行動していく様は、やはり見事にミステリのスタイルに則っていると同時に、一種の成長小説的味わいを本作に与える効果を上げています。

 そしてもう一つ見逃せないのが、本作が時代背景と密接に絡み合っている、この時代背景ならではの作品であるということ。
 「しゃばけ」シリーズの舞台が、基本的に「江戸時代のどこか」であるのに対し、本作の舞台は、幕末でなければ成立しえない構造となっています。物語の根幹にまで関わってくるため、ここではその詳細については語りませんが、なぜこの時代なのか、なぜこの舞台なのか、そしてなぜこの主人公なのか――今ここに主人公がいる理由をしっかりと満たした、言い換えれば時代小説である必然性をしっかりと備えているところが、実に好ましく思えます。
 一見突飛な主人公の設定が、この物語のテーマの一つと密接に絡み合い、さらに一種の物語上のトリックにまで関わってくる辺りも、ミステリ的な合理性があってユニークです。

 初刊行時には、どうしても「しゃばけ」シリーズとイメージが被ってしまう――そしてそれは出版社側でも狙っていたのだと思うのですが――部分があり、それが裏目に出てしまった感もあった本作ですが、こうして文庫化されて、きちんと独立した作品として読むことができるようになったのは、読者にとっても作品にとってもありがたい話でしょう。
 時代小説として、ミステリ&サスペンスとして、成長小説として――様々な魅力を持つ本作が、少しでも多くの方の目に触れるように、祈っている次第です。


「ゆめつげ」(畠中恵 角川文庫) Amazon
ゆめつげ (角川文庫 は 37-1)


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2008.07.07

「乱飛乱外」第5巻 主人公としての説得力?

 夏だから…というわけではないでしょうが「乱飛乱外」第五巻の舞台は海。海でお姫様って…と思えば、今度のお姫様はなんと海賊、その名も海賊王女(ピラッタプリンセーザ)であります。

 次なる姫を求めて雷蔵一行がやってきたのは熊野灘。そこで難破してくノ一たちと離れ離れになってしまった彼は、当の姫の一党に拾われるのですが…豈図らんや、その姫が荒くれ者どもを率いる海賊王女だったとは。
 戦国時代、それも紀州の海賊といえば九鬼一族ですが、今回の姫君・つなみはまさに九鬼一族の姫。かつて一族郎党を異国の海賊・シウバに皆殺しにされ、ただ一人生き残った彼女は、復讐を誓って自ら海賊王女を名乗り、仇を誘い出そうとしていた…というのが今回のお話。

 まあ、戦国時代の水上豪族たる海賊と、西洋の海賊は似て非なるもののような気がしますが、それを敢えて絡めて、凄絶な仇討ち物語として組み上げてみせたのは、本作ならではの工夫だと思います
 そして、このつなみのコスチュームがまた、その、実にけしからん格好と申しますか、戦国時代に超ビキニ。時代考証はどうなってるんだ! とにこにこしながら言いたくもなりますが、まあ西洋の海賊の真似をしているのだから仕方がないですね(って、そんなわきゃない)。

 それはさておき、相変わらず絵柄、キャラ造形、アクション描写とも達者で、水準以上の作品となっているのですが、個人的には残念なところがいくつか…
 その一つは、つなみが雷蔵を好きになる説得力が今ひとつ感じられなかったこと。これまでは、各巻のゲストヒロインが雷蔵を好きになる明確な理由があったのですが、この巻では雷蔵は状況に流されてばかりで良いところがほとんどなかったように思います…(姫の過去を効かされた、というだけではどうにも理由として弱い気が)。
 が、一番気になったのは、かがりの出番がほとんどなかったことで――終盤に彼女ならではの、彼女でなくてはできない役目があったものの――これまでの活躍を、いや本作での立ち位置を考えれば非常に寂しいものがあります(よく考えたらこの巻で神体合使ってない!?)。

 まあこれはこちらの勝手な(気持ち悪い)思い入れによるもの。今回の海賊王女編はこの第五巻で完結していないこともあり、この先待ち受ける最後の決戦を見てから、この辺は判断すべきことなのでしょう。事実、クライマックスで駆けつける雷蔵一党は猛烈に格好良く描かれていましたしね。


「乱飛乱外」第5巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon
乱飛乱外 5 (5) (シリウスコミックス)


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2008.07.06

香席体験講座で源氏香を楽しむこと

 こういうサイトをやってるからにゃ、和モノの文化にできるだけ親しんでおかなくちゃ…というわけでもないのですが、東京都と銀座の専門店「香十」主催の香席体験講座に昨日行ってきました。

 今回行われたのは、香道の組香の中でも源氏香と呼ばれるもの。簡単に説明すれば、香5種を5包ずつ、合わせて25包の中からランダムに取り出した5包を順に聞いて、どれとどれが同じかを当てるというルールであります。
 その5包の組合せが52通り、それが源氏物語全54帖の初めの「桐壺」と終りの「夢浮橋」を除いた数に等しいため、残る52帖の各巻名を当てはめて回答するという…いや、昔の方はうまいことを考えたものです。

 本来は組香は主客合わせて10人で行うらしいのですが、今日は参加者だけで20人以上と相当な人数だったため、進行は基本的に全て略式。それでも5回香を聞いて味わって、どの香とどの香が同じか頭の中で吟味して…と、香席の気分はしっかり味わうことはできたかと思います。
 …まあ、肝心の成績の方は、5点満点で1点。どうも最初の回の聞き方が悪かったようで――想像以上に幽き香りで、ちょっとミスしただけで香りは飛んでしまうように思えます。

 ちなみに、一時間半の講座の最初30分は、香十代表の香道史…のみならず我が国における香りの文化史の講義だったのですが、ここでうちのサイト的に考えさせられてしまったのは、香道が――いやそれだけでなく華道や茶道といった芸道が――ほぼ同じ室町時代に成立したという事実。
 香りを楽しむ文化自体は、講座でも例に挙がった源氏物語に描かれているように、香道成立以前から存在したわけですが、それが数百年後の室町時代に初めて道として、言い換えれば思想とシステムを備えるに至ったのは何故か。文化の成熟度という点でいえば、より以前に成立していてもおかしくないものが…
 これは素人の勝手な想像ですが、社会的にはかなり流動的であった時代、それまでの規範が崩壊、新生した時期であったからこそ、室町期に複数の社会階層に適用可能な「道」が生まれたのではないか…私はそう感じます。

 と、ここでも一つうちのサイトらしいことを書けば、聞香、しかも源氏香とくれば、やっぱり真っ先に浮かぶのは「鵺」なわけで…この作品で源氏香のルールを覚えた身としては、ちょっと感慨深いものが(ってバカですか三田さん)。


 と、随分横道にずれましたが、これまで知識としてしか、漠然としか知らなかったものに直に触れることができたのは、良い刺激となりましたし、何より純粋に実に楽しい経験でした。幽き香りを一心に感じ取ろうとしている時には、日常のあれやこれやは頭から消えてなくなった…というのはこれは本当の話。
 香十の本店では定期的に聞香の講座を開催しているとのことですし、いずれまた、きちんとした形で香道を学んでみたいと考えているところです。

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2008.07.05

「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」 未来と過去が解き明かす謎

 三年前の大火で父親が行方不明となり、今は叔父の下で岡っ引きの下働きをしている喬太。図体は大きくとも気が弱く気苦労ばかりの喬太は、ある日深川で和五助という不思議な老人と出会う。物腰は柔らかながら総身に傷痕を持ち、数々の戦場を潜り抜けたとおぼしい和五郎の助けで、喬太は次々と怪事件に立ち向かっていく。

 最近、何だか二月に一つは新シリーズを生み出しているような気がする風野真知雄先生がまたもや送り出した新シリーズは、「爺いとひよこの捕物帳」。何だか身も蓋もないタイトルですが、これがまた――いつもの通り――キャラクターといい舞台設定といい、なかなか面白い作品となっております。

 タイトルにある「爺い」と「ひよこ」とは、言うまでもなく和五郎と喬太のこと。江戸時代前期――ちなみに、関ヶ原からこの物語までの時間と、太平洋戦争から今現在までに流れた時間とがほぼ等しいのが面白い――戦争が歴史として語られる時代を舞台に、家康の傍で活躍した過去を持つ凄腕の忍びである(ことは隠して今は悠々自適の隠居暮らしの)和五郎と、知恵は回るが腕っ節と度胸はまだまだの喬太の老若二人の主人公が、不可思議な事件の謎を解明していくというのが基本パターン。

 渡し船上で刃傷沙汰を起こした犯人が水面を歩いて逃げたという「水を歩く」、奇怪な鬼の面をかぶった男たちによる強盗殺人の背後に伝奇的な犯人像が描かれる「戦国の面」、斑点のような小さな傷痕が残された死体から犯人と被害者の意外な繋がりが浮かび上がる「小さな槍」――いずれも一筋縄ではいかない事件ばかりですが、一種の安楽椅子探偵的なスタイルを取りながらも、答えをすべて明かすのではなく、事件を解決するのはあくまでも喬太自身というのが、青年の成長物語としての楽しさを本作に与える効果を挙げています。

 と、ひよこの方のドラマがこうして用意されている一方で、それでは爺いの方はといえば、こちらは和五郎が懐かしさと悔恨混じりに過去を振り返る形で、少しずつ語られていきます。
 朝鮮出兵から島原の乱まで、幾多の戦に加わった和五郎に残されたものは、体のみならず心にも残された数多くの傷痕。本書のタイトルにある「七十七の傷」は、実に和五郎のこの傷の数を指しているのです。
 喬太が事件を持ち込むたびに、和五郎の心身の傷が痛む…と書くとずいぶん重たい作品に見えるかもしれませんが、そうした過去の傷を乗り越えた…というか、受け容れて淡々と飄々と生きる軽やかさが、和五郎にはあります。

 未来に向かうひよこと、過去を思い出す爺い。事件の謎解きに、この二人の主人公のドラマが絡み、味わい深い物語となっている本作ですが、しかしそれだけで終わらないのが風野エンターテイメントの面白いところ。
 和五郎のまだまだ語られざる過去の存在が印象付けられるとともに、さらに、行方不明の喬太の父も、和五郎と思わぬ繋がりがあるらしいことまでもが描かれるラスト数ページでの急展開は、シリーズものの常道ながら、うまい構成だと感心する次第です。
 そしてもちろん、ここまで楽しませていただければ、次もまた読まなければと思ってしまうわけです。


「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」(風野真知雄 幻冬舎文庫) Amazon
七十七の傷―爺いとひよこの捕物帳 (幻冬舎文庫 か 25-1)

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2008.07.04

「黒い野牛」 忍者ガンマン、大西部をゆく

 幕末の激しい暗闘で敵味方唯一生き残った甲賀小五郎は、自分のルーツを知るというインディアンに誘われ、アメリカ西部に渡る。そこで自分の父がゼミナール族の酋長「黒い野牛」と知らされた小五郎。父の行方不明の陰に、同じく日本から渡ってきた伊賀忍者の存在を知った小五郎は、黒い野牛の名を継ぎ、父に授けられた真空回転うちの秘技で、悪人たちに立ち向かうのだった。

 時代劇と西部劇の類似性については、例えば互いに翻案がなされていることなどからも窺われるかと思いますが、直接、大西部に忍者が乗り込んでしまう作品も、少数ではありますが存在いたします。本作もその系譜に連なる作品、西部に渡った甲賀忍者が、ライフル片手に大暴れする痛快作であります。

 が、つい先頃「矢車剣之助」が復刊された堀江卓先生が描くだけあって、本作はストーリーといい、アクションといい、やはり色々な意味で衆に抜きん出るものがあります。
 例えば、伊賀と甲賀の最後の血戦(これがまたギミック満載で実に堀江先生らしいバトル)が目まぐるしく繰り広げられた末、ただ一人生き残った主人公・小五郎が、自分の前に現れた怪しの忍者を捕らえ覆面を剥いでみれば、その下から現れたのはモヒカン刈りのインディアン! という冒頭の展開だけでもうたまりません。
 そしてそのインディアンに誘われてあっさり西部に渡った小五郎が立ち向かうことになるのは、奇怪な「ホロホロ…」という叫びとともに、地中(!)から襲撃を仕掛けてくるホロホロ族というギミック満載の怪人集団というののもまた、堀江イズム満開であります。

 さてヒーローであれば、強大な敵に立ち向かうにあたり、個性的で格好のいい必殺技を持っていてしかるべきですが、もちろんその点も抜かりはありません。
 忍者ガンマンたる小五郎が操る「真空回転うち」は、高速でライフルを連射することにより作り出した空気の流れによって、弾丸を四方八方に自在に飛ばすというセンスオブワンダーな秘技。文章で説明すると、実に…ですが、しかし、ライフルを肩ひもで袈裟懸けにしたスタイルから、縦横無尽に銃口を向けてみせるアクションシーンは、流石としか言いようのない格好良さであります。いわゆる「オサレ撃ち」の先駆と言っても過言ではないかもしれません。

 思えば「矢車剣之助」は、途中から主人公が無限連発銃を手にしたことにより、時代劇ガンアクションと言うべき異次元に突入しましたが、本作は舞台を広大な西部に持っていくことにより、より自然かつ豪快なものとして描くことに成功していると感じます(もちろん、小五郎がガンアクションだけでなく、窮地を忍法で切り抜ける様も実に楽しいのです)。

 そして物語の後半はさらにテンションアップ。小五郎と同じ真空回転うちを使うライバル・片目のジャックの挑戦、そしてカナーリの牢獄から抜け出してきたような奇怪な脱獄囚の集団・囚人ほろ馬車隊の出現と、魅力的な悪役の登場に、ストーリーとアクションはいよいよエスカレート。ほろ馬車隊が操るガントリックガン(ジャンゴの機関銃みたいなやつ)の作り手が、妄執で凝り固まったようなお婆というのも、本作ならではのセンスでしょう。


 ――もちろん、今から五十年近く前に発表された作品、それもつい最近、初単行本化されたものだけあって、全体的な完成度という点で見ると、苦しい部分は色々とあります。インディアンのヒロインがいつの間にか日本名になってたり、何よりも結局主人公と父の因縁が全ては明らかになっていなかったり…
 しかし、そうした点も含めて愛するのが、こうした作品を鑑賞する正しい態度ではないでしょうか。少なくとも、堀江先生が目指したであろう、忍者アクションとガンアクションの融合は、素晴らしいレベルで実現していると、私は固く信じる次第です。同好の士は是非ご一読を。騙されても責任は持ちませんが。


 なお、本文には現状にそぐわない表現がありますが、当時の雰囲気を出すためご容赦下さい(やっぱり西部劇でアメリカンネイティブはちょっと似合わないですしね…)。


「黒い野牛」(堀江卓 マンガショップ) Amazon
黒い野牛〔完全版〕 (マンガショップシリーズ (145))

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2008.07.03

「人造人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」 怪物、現実に逆襲す

 「帝都少年少女探偵団」長編シリーズはこれで三作目。吸血鬼、透明人間ときて、今回は人造人間。言うまでもなく、フランケンシュタインの怪物であります。
 ストーリー展開的には、前二作とほぼ同様で、奇怪な殺人事件の続発に立ち上がった探偵団と万朝報の面々が、犯人たる怪物と対決、その背後には怪物を使役する魔術師の更なる企みが…という内容。ここまで来ると大いなるワンパターンという印象であります。

 さて、正直に申し上げれば、今回は前二作に比べるとちょっと…という印象。あまりにも意外な吸血鬼出現の「トリック」に驚かされた第一作、「今度は戦争だ」とばかりに、原作をある意味遙かに超えた展開が面白かった第二作と、前二作がいずれも古色蒼然とした怪物たちを登場させながらも、こちらの想像を上回る一ひねりを加えてきたのに対し、本作は「フランケンシュタインの怪物」という題材から想像される内容を、一歩も出ていないと言うほかありません。

 もっとも、シリーズとして見れば、自らの怪物としての生を呪う怪物、というのは初めての存在であり(前作の透明人間は、使役されるのを厭っていたのでこれとは少し異なるでしょう)、その悲劇的な運命に対し、子供らしい純粋な優しさが示されるというのは、本シリーズならではの展開と言えるでしょう。
 これに絡み、本の中の登場人物である怪物たちに対し、現実世界における「死」がいかなる意味を持つのか、という問いかけに近いものがあったのも目を引きます。

 まあ、想定読者層の二、三倍の年齢の人間があれこれいうのも野暮、というよりもはや痛々しい話ではあります。
 既にオリジナル(原作)の存在が現代の読者から遠いものとなり、その怪物のキャラクター自体が一人歩きしている現代。その創造主の名が怪物の名と混同されるほど、オリジナルの忘却が特に進んでいる(もっともこれは昨日今日のお話ではありませんが)フランケンシュタインの怪物が、現実に逆襲するというのは、やはり面白い試みであります。


 というか、現代の若い衆はフランケンシュタインの怪物を知っているのかしらん? と一瞬思いましたが、考えてみれば「仮面ライダーキバ」にずいぶん端正な姿ながら登場していますし、そのものずばりを題材とした「エンバーミング」という作品もあるのでしたね。


「人造人間あらわる! 帝都〈少年少女〉探偵団」(楠木誠一郎 ジャイブ) 
人造人間あらわる! (カラフル文庫 帝都〈少年少女〉探偵団シリーズ 6 帝都〈少年少女〉探偵)


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2008.07.02

「土竜の剣 大江戸落胤世直し帖」第1巻 土竜は天を駆けるか?

 質屋・銀屋の蔵に住み、気楽な三食昼寝付きの毎日を送る「質草男」の栫蔵人には、もう一つの顔があった。権勢を誇る田沼意次の配下たちの外道の所業に対し、怒りの剣を振るう仮面の剣士・土竜――天下を私せんとする田沼の陰謀に、見えない秘剣「天の一角」が唸りをあげる。

 「赤鴉」も快調なかわのいちろう先生が「週刊漫画ゴラク」誌上で連載中のチャンバラアクション「大江戸落胤世直し帖 土竜の剣」の単行本第一巻が発売となりました。

 何といっても面白いのが主人公・栫蔵人の設定。人間の質草・質草男として、普段は質屋の土蔵で寝起きする昼行灯、というのが、実に人を喰った設定です。
 しかしこの蔵人、副題に「落胤」とあるようにただ者ではありません。何とその正体は、第十代将軍・徳川家治のご落胤。一橋家の家斉を将軍位に据えようとする田沼意次に命を狙われ、今はある意味最も安全な穴蔵生活、というわけです(「必ずや穴蔵からひきずり出してくれる!」と比喩の意味で田沼に言われている当の本人が、本当に穴蔵にいるというのが面白い)。

 が、一度田沼の悪事を知れば黙っていられない。将軍家由来の南蛮渡来の仮面に素顔を隠し、田沼意次の配下の隠密団・黒曜衆(田沼意次の家紋・七曜紋の真ん中が黒く塗られたシンボルマークが格好良い)を、ばっさばっさと薙ぎ倒していくこととなります。
 そして蔵人の振るう剣が、異国から渡来した「見えざるの石」から作られた刀身が透明な伝説の太刀・天の一角。柄しか存在しないように見えるその姿は、人に隠れて悪を斬る、土竜にはふさわしいものかもしれません。

 このように、主人公の設定が実にユニークな本作なのですが、しかし、ストーリー的には、類型的なのが残念なところ。
 毎回毎回、田沼の権力をバックに悪事をし放題の黒曜衆に庶民が泣かされ、怒りゲージが頂点に達した土竜が登場、悪を斬って以下次回――の繰り返しというのは、時代劇定番のものではありますが、しかしもう少し捻りが欲しいな…と感じます。
 これは一つには、主人公が普段は土蔵の中にいるため、どうしても起きる事件に受動的にならざるを得ないのが原因の一つでしょう。ユニークな設定が、両刃の剣となっていると見えます。

 かわの先生お得意のアクションシーンはいつもながら迫力十分ですし、設定もユニーク。これでストーリーが面白くなれば鬼に金棒なのですが…作品のクオリティのほうは土竜と言わず、竜となって天を駆けてほしいものです。


「土竜の剣 大江戸落胤世直し帖」第1巻(かわのいちろう&狩野梓 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon


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2008.07.01

「血文字GJ 猫子爵冒険譚」 猫子爵、まずは小手調べ?

 1920年代のベルリンの闇で次々と繰り返される猟奇殺人。旧友がその犠牲者の一人となった少女伯爵ウルリーケは、一人事件の捜査に乗り出すが、その前に奇怪な怪人たちが立ちふさがる。絶体絶命の窮地に陥ったウルリーケの前に現れたのは、彼女の幼馴染みの青年貴族、「猫子爵」の異名を持つ鷹宮洋一郎。気まぐれな猫子爵に翻弄されつつも、真相に迫ったウルリーケが知った新聖堂騎士団の恐るべき陰謀とは…

 冒険活劇…それも神秘と懐古の色濃いそれは、私にとって時代伝奇に次ぐ大好物なのですが、ほとんど常にそのツボを突いてくるのが赤城毅先生の作品群です。本作「血文字GJ」も、もちろんその一つ。
 戦間期の、混沌と退廃の色濃いドイツを舞台に、暴れ回る怪人・凶人・獣人を向こうに回して、欧州の古怪な魔術貴族の血を引く日本人貴族が、禍々しい魔術的陰謀を暴くという、モロに私好みの作品であります。

 何よりも面白いのは、敵――新聖堂騎士団というのがベタながら良いですね――が擁する殺人鬼たちの設定でしょう。「医師」、「肉屋」、「宿屋」、さらにはカリガリ博士と眠り男ツェザーレ(!)…いずれも奇怪な経歴と能力を持つ彼らの多士済々ぶりは、(いささかネタバレ気味ですが)20世紀初頭欧州版「魔界転生」的な趣すらあります。

 もちろん、敵が怪奇かつ強大であれば、主人公もまたそれに見合う存在でなければなりません。本作の主人公・猫子爵こと鷹宮洋一郎は、日欧混血の美男子で頭脳明晰、警察にも顔が利き、大陸仕込みの体術と、そして何よりも欧州の古ぶるしき魔術を操る、本作の舞台にはまことに相応しい人物であります。
 が、そんな彼に唯一欠けているのが、ヒーローたる自覚というか心意気というか…「猫」とあるように、怠惰かつ気まぐれ、そして時に残酷…快男児という言葉からは最も縁遠いひねくれたキャラクターとして造形されているのが、良いアクセントとなっております(もちろん、ヒロインたるじゃじゃ馬…いや、美少女伯爵ウルリーケの危機には、不満気な顔をしつつも常に颯爽と駆けつけてくる辺りは、しっかりヒーローしてます)。

 まあ、正直なところを言えば、本作の題名となっている「血文字GJ」を記した男が何者であるかは(GJの中身自体は一ひねりありますが)は、ほとんどの方に一発でわかってしまうかと思いますし、この手の作品の愛好家にとっては、敵の陰謀が「本当にこれでいいの!?」的な直球ど真ん中なものなのが、不満点ではあります。
 この辺りの詰めの甘さにはちょっと苦笑させられましたが、少なくとも後者は――作中の言葉にあるように――主人公に対する敵の(志、目的的な)卑小さを描き出し、以て主人公の存在感を高めているのでありましょう。特異なヒーローの登場編として、まずは小手調べ、というところでしょうか。

 もちろん、上記の殺人鬼たちのように、本作ならではのユニークな設定はまことに愛すべきものがありますし、有賀ヒトシ先生によるイラストも、ダークで狂騒的な世界観に実によくマッチしており、狙い所はきっちりと押さえている作品であることは間違いありません。続巻も楽しみであります。


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血文字GJ―猫子爵冒険譚 (ノン・ノベル)

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