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2008.07.08

「ゆめつげ」 いまここに彼がいる理由

 呑気でおっちょこちょいの清鏡神社の禰宜・弓月には、生まれつき不思議な「夢告」の力があった。幕末のある日、弓月に名門神社の権宮司から、夢告の依頼が来る。数年前の地震の際に行方不明になった札差の一人息子の行方を占って欲しいというのだが、肝心の弓月の夢告は、いつもピントがずれていて役に立たない。おまけに次から次へと事態は思わぬ方向に転がり、弓月は命がけの冒険に挑む羽目に…

 畠中恵先生といえば、やはり「しゃばけ」シリーズが真っ先に浮かびますが、最近ではシリーズのみならず、なかなかに魅力的な時代小説を数々送り出しています。本作「ゆめつげ」は、その先駆けとも言える作品。夢告の力を持つおんぼろ神社の禰宜の青年が、思わぬ事件の中で成長していく様を描いた佳品であります。

 本作の主人公・弓月が巻き込まれるのは、安政の大地震の際に行方不明になった札差の息子探し。名門・白加巳神社の権宮司を経由しての依頼で、まだ幼い頃に姿を消した息子が今なお生きていると信じる札差夫婦のために、息子の行方を夢で占おうとする弓月ですが、それが単なる依頼ではない。札差の呼びかけに応えて、なんと三人も名乗り出てしまった息子候補の中から、本当の息子を見つけ出して欲しいというのだかややこしい話です。
 しかも、その会場となった神社から外に出ようとした人間が、何者に次々と殺されていくという事件まで発生。他人の息子探しだけでも大変なところに、自分と周囲の人間を守りつつ、巨大な密室と化した神社から脱出しなければならないという本作は、単なる一風変わった時代小説というだけでなく、歴としたミステリ&サスペンスとして成立しているのが面白いところであります。

 もちろん、弓月の能力はいわゆる超能力。その力があれば、このくらいの謎や苦境はどうにでも…ならないのが本作の工夫。何せ弓月の夢告の能力ははなはだ不完全、見えるものは断片的だったりぼやけていたりと、どうにも頼りにならないものばかりなのです。
 しかし、その中途半端な能力で得られたピースを元に、弓月が自分で推理し、判断し、行動していく様は、やはり見事にミステリのスタイルに則っていると同時に、一種の成長小説的味わいを本作に与える効果を上げています。

 そしてもう一つ見逃せないのが、本作が時代背景と密接に絡み合っている、この時代背景ならではの作品であるということ。
 「しゃばけ」シリーズの舞台が、基本的に「江戸時代のどこか」であるのに対し、本作の舞台は、幕末でなければ成立しえない構造となっています。物語の根幹にまで関わってくるため、ここではその詳細については語りませんが、なぜこの時代なのか、なぜこの舞台なのか、そしてなぜこの主人公なのか――今ここに主人公がいる理由をしっかりと満たした、言い換えれば時代小説である必然性をしっかりと備えているところが、実に好ましく思えます。
 一見突飛な主人公の設定が、この物語のテーマの一つと密接に絡み合い、さらに一種の物語上のトリックにまで関わってくる辺りも、ミステリ的な合理性があってユニークです。

 初刊行時には、どうしても「しゃばけ」シリーズとイメージが被ってしまう――そしてそれは出版社側でも狙っていたのだと思うのですが――部分があり、それが裏目に出てしまった感もあった本作ですが、こうして文庫化されて、きちんと独立した作品として読むことができるようになったのは、読者にとっても作品にとってもありがたい話でしょう。
 時代小説として、ミステリ&サスペンスとして、成長小説として――様々な魅力を持つ本作が、少しでも多くの方の目に触れるように、祈っている次第です。


「ゆめつげ」(畠中恵 角川文庫) Amazon
ゆめつげ (角川文庫 は 37-1)


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