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2008.08.05

「風の忍び 六代目小太郎」 満足する生という問いかけ

 江戸城天守の屋根に上るのを日課とする小普請組の青年・風間伊織。しかし彼の裏の顔は六代目風魔小太郎、先代小太郎と徳川家康の約定により、風魔を束ね、江戸の夜の世界を守護する者だった。そんなある日、江戸に現れた<時渡り>の異名を持つ老忍者が、風魔に挑戦状を叩きつける。次々と江戸で爆弾テロを引き起こす<時渡り>の真意とは…

 時代小説界で伝奇ものの肩身が狭くなっている昨今においてもなお、伝奇ものをメインとした活動を続ける柳蒼二郎先生の新作は、嬉しいことにやはり伝奇もの。
 それも、北条家滅亡後は江戸を盗賊として荒らし回ったという風魔一族が、逆に江戸を陰から守護する者として活躍するというユニークなストーリーの忍者アクションとくれば、もちろん見逃すわけにはいきません。

 本作での風魔は、主人公・伊織の父たる五代目小太郎と家康の約定により、江戸の夜の治安を守ることと引き換えに、江戸の住人たることを許されたという設定。配下たちは吉原の庄司甚右衛門(甚内)と鳶沢町の鳶沢甚内の元で表の暮らしを送り、そして伊織は無役の小普請組の旗本として飄々と暮らす一方、江戸に一朝事あらば、その秘術を駆使して立ち向かうのです。

 面白いのはこの伊織が、風魔小太郎の名にも似合わぬような暢気な人物として描かれていること。暇さえあれば江戸城天守の屋根に上っては家光の不興を買いつつも何故かお咎め無しという謎の男として城中で囁かれ、友とするのは同じく屋根の上仲間の柳生十兵衛と、屋敷がお隣りさんの小野次郎右衛門父子のみ、というのも面白いところです。

 さて、そんな彼らの前に今回現れるのは、戦国時代の生き残りの老忍者、時間と空間を無視したような出没を繰り返すことから<時渡り>の甚左の異名を持つ怪人であります。
 火術を得意とし、体内に火薬を充満させた爆裂女(つまり人間爆弾!)を操る彼が、隠棲していた肥前を出て江戸に出現、爆弾テロを繰り返すのに、風魔は一党を挙げて立ち向かうこととなります。

 しかし、その出没先もさることながら、わからないのは甚左の真意。その気になれば江戸城襲撃も夢ではない男が、何故わざわざ風魔を挑発するように小規模な犯行を繰り返すのか。そして何よりも、何故当人は満ち足りたような表情を見せるのか…その絵解きが、本作の中心となっています。

 本作の登場人物たちは、みな今日という日を平穏に送りながらも、しかし老いも若きも、それぞれに満ち足りぬものを抱えていることが示されます。
 両甚内や小野忠明は、次の世代を育てながらも己の死に場所を心中では求め、十兵衛は平穏の中に己の熱い血を燃やす場を求め…一番飄然としている伊織ですら、未来への漠然とした不安を持たぬことはないのです。
 その中で、テロを繰り返しながらも――つまりは太平の世に不満を持つはずの――何故一人平穏な表情を見せる甚左。
 この違いは何なのか、そして人にとって満足する生とは、生きるとはどういうことなのか…些か大仰に言えば、この問いかけが、本作のテーマであると言えます。


 小説として見た場合、シリーズ第一作(?)にもかかわらず、登場人物――特に若手の風魔衆――が多くて少々面食らう部分があり、また細かいことを言えば、風魔像には隆慶節が色濃く残りすぎている部分もあって、粗削りに見える部分は確かにあります。

 しかしながら登場人物はどれも個性的、そして何よりも忍者同士が己の技の名を叫びながら忍法合戦を繰り広げてくれるというのが楽しく、もちろん上に挙げたテーマの存在も含めて、私は楽しく最後まで読むことができました。
 伊織=小太郎の次なる冒険に出会えることを期待します。


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