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2008.08.15

「北神伝綺」 抹殺されたものたちの物語

 かつて柳田国男に破門されながらも、柳田の元で裏仕事に携わる異貌の男、兵藤北神。柳田の民俗学が近代国家日本の中で発展していく中で切り捨ててきた闇の部分・山の民にまつわる奇怪な事件に、次々と巻き込まれていく北神だが、彼もまた山の民の血を引く者だった。時代が大きく揺れ動く中、北神自身の運命もまた変転してゆく…

 「木島日記」「八雲百夜」とともに大塚英志の偽史三部作を成す、その第一作がその「北神伝綺」であります
 あの柳田国男の元弟子であり、その柳田の依頼で動く一種の始末屋的存在である異端の民俗学者・兵藤北神を主人公とした本作は、賢治・夢二・晴雨・甘粕・出口・乱歩など実在の人物が次々と登場するユニークなストーリーに、森美夏の蠱惑的な絵の力もあって、今なお色あせない魅力を持つ作品となっています。

 さて、古くからの大塚ファン、というか「摩陀羅」シリーズファンにとってはお馴染みの話ではありますが、「摩陀羅転生編」の登場人物の養父として当初語られた北神の設定は、柳田國男が自ら封じた民俗学の暗黒面「邪学」を継承する人物というもので、何と言うか今にしてみればずいぶんと香ばしいものだったのですが――
 しかしその民俗学の暗黒面が、本作においては意外な、しかし実に興味深い形で描き出されているのです。

 本作の中心となる存在――それは民俗学が科学として成立するために、そして何よりも近代国家において存在していくために不要だった研究成果。伝承の中に現れる、日本人のもう一つのルーツたる山の民であります。
 彼らこそは、明治以降、日本という国家がその一体性を高め、国民国家としての性格を強めていく中で排除されてきたもの(の象徴)として、本来であればそれを掬い上げるべき民俗学から捨て去られ、抹殺された存在。なるほど、これこそはまさしく「民俗学の暗黒面」「封印された民俗学」と呼ぶに相応しい存在でありましょう。


 日本という国は考えてみれば実に不思議な存在で、近世以前には存在しなかった近代国家という存在が、誕生してわずか百年にも満たない期間で瞬く間に成長した(そして一度弾けた)ことになります。
 その急速過ぎる成長の中で殺され、消され、忘れ去られたものたちの存在を、偽りと断じられた歴史の中で、あるいは終わらない昭和の中で描き出すのが大塚作品の一つのスタイルですが、その思想とメカニズムを、本作は、伝奇コミックの姿を借りて極めてロジカルに提示してみせたと言えるでしょう。

 その点からも、この不思議な国家がさらに生み出した虚構の国家である満州国を舞台とした「満州編」が見たかった…とつくづく思う次第です。


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北神伝綺 (上) (角川コミックス・エース)北神伝綺  (下) 角川コミックス・エース 125-2


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