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2008.08.22

「黄泉の湯」 不死なるものの性

 源次郎は、狩りの最中に踏み迷った山中で不思議な一軒家に住まう女と出会い、勧められるままに湯に入り、女と一夜を共にする。里に帰った後、妻を娶って平凡に暮らす源次郎だが、彼はいつの間にか不老不死の体となっていた。長年連れ添った妻をはじめ、周囲の者の好奇と嫌悪の目に耐えきれず放浪の旅に出た源次郎は、旅の果てに出会った役行者から、元の体に戻る法を教えられるが。

 全く求めずして不老不死を手にしてしまった男の悲劇を独特の切り口を含めて描いた児童文学(離れした)佳品が本作「黄泉の湯」。
 不老不死の孤独というのは、それこそ文学に留まらず、芸術においては幾多の作品において扱われている題材ではありますが、本作がその中で異彩を放つのは、その孤独に、性――よりはっきりと言えば生殖――の問題を絡めて描いている点でしょう。
(そして、この視点を児童文学において持ち込んだことに驚かされます)。

 山中の一夜を経験して以来、源次郎の体に生じた変化として本作において描かれるのは、単なる(?)不老不死だけではなく、生殖能力の喪失。彼と妻の間には子供が生まれることなく――旅の僧に教えられた術法を用いて、一度は子供を成すのですが、それはおぞましい形で彼の前に現れることになります――そればかりか、彼の手に触れた草木までもが、実を結ばなくなっていくのです。

 不老不死の孤独の最たるものは、人生を己と共に終いまで歩む者が存在しない点かとは思いますが、しかしそれだけでなく、己の後に続く者が存在しないというのもまた、これに勝るとも劣らない孤独でありましょう。いや、生物の使命が、子孫を後に残すことであることを考えれば、これはさらに過酷な運命と言えるのではないでしょうか。
 尤も、生物の生存率と出生率の関係を考えれば、これは実は理に適ったことではあるのかもしれませんが――


 さて、本作においては、この圧倒的な孤独を背負わされた源次郎の運命を、しかし淡々とした筆致で描いていきます。
 かつては愛し合った妻から「きみがわるい」とまで言われ、故郷を捨て放浪を続ける源次郎。周囲の目から逃れ、そして己と相手を不幸にする愛からも逃れ…本来であれば孤独を癒すはずの人との関わりが、更なる孤独を生む源次郎の境遇は、押さえた筆致で綴られるだけに、かえって重い重い気分にさせられます。

 しかしながら、人との関わりが孤独を生んでしまうのは――程度の差はもちろんあれ――現実社会に生きる我々にとっても同様であって、そこに人の持つ一種の業を感じてもしまうのですが…

 そして結末、長い絶望の果てについに源次郎が掴んだ希望がもたらした結末は、それがやはり人との関わりから生まれたものだけに、さらに暗澹たる気分にさせられます。


 ちなみに本作は、一種の絵物語のスタイルで描かれていますが、これがまさに黄泉にたゆたう湯から立ち上る湯気のように、やわらなか感触のモノトーンで描かれていて、本文の雰囲気をさらに高める効果を上げています。
 本作は既に絶版となってるかと思いますが、結構な数の図書館に入っているのではないかと思われますので、もし実物を目にする機会があれば、是非手にとっていただきたいと思います。
(実は現在作者のサイト全文が公開されていますので、まずはこちらでご覧いただくのもよいかと)


「黄泉の湯」(ふゆきたかし 佑学社) Amazon

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コメント

ふとしたことから以前読んだこの物語を思い出しました。
職場でまとまって購入した中にこの本があり、あっという間に読んだのを覚えています。
これは印象深い本でしたが、なんと結末を忘れてしまいました。
今は図書館くらいにしかないのでしょうか?
アマゾンでも4800円もしてびっくりです。

投稿: rose | 2008.10.19 23:54

rose様:
絵本の内容は、結構心に深く残るものが多いものですね。

しかし自分でリンクを貼っておいてなんですが、4,800円は確かにびっくりですね!
本文末尾に書いたとおり、いまは作者の方のサイトで全文公開されていますので、PCからそちらをご覧になられた方がよいと思います。

投稿: 三田主水 | 2008.10.21 01:19

ありがとうございます。

読んでみます。
結末が気になる~

投稿: rose | 2008.10.22 23:43

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