「幻山秘宝剣」 念法、時代劇に還る
妖魔の潜むという災厄の山「おりんの山」。凄まじい面相だが念法なる秘技を操る賞金稼ぎ・工藤悪之進は、奇怪な三人の武士を率いて山の探索に向かう盲目の美剣士・朽葉兵庫に雇われる。さらにいわくありげな三人の男女を加え、山に向かう一行だが、山に潜む奇怪な罠が次々と襲いかかる。
もうだいぶ以前の作品になりますが、菊地秀行先生の長篇時代伝奇小説第一作が、本作「幻山秘宝剣」であります。
主人公の名は工藤悪之進、遣うは念法、(それと版元は光文社)とくれば、これはもう「妖魔」シリーズの工藤明彦のご先祖様としか思えない人物なのですが、その悪之進が挑むのは、凶事相次ぐ魔の山。人面の魔獣が徘徊し、奇怪な罠が待ち受けるこの山に分け入ることになったのは、悪之進のほか、いずれも訳ありの男女たち…疑心暗鬼の中、ある者は斃れ、ある者は互いに戦い、またある者は生きるために手を組み――魔の山の謎と、それを巡る複雑怪奇な人々の縁を、工藤流念法が一刀両断、という趣向となっております。
念法とは、遣い手の念を極限まで高めることにより、念に物理的破壊力のみならず、一種の聖なるパワーを与え、異界の妖魔すら粉砕する力を与えるという秘技。上で述べたとおり、菊地作品の中でも長寿シリーズである「妖魔」シリーズの工藤明彦が得意とする技でありますが、初登場は、作者のデビュー作である「魔界都市新宿」の主人公・十六夜京也の技として――というのは、菊地ファンであれば言うまでもないお話ではあります。
本作でこの念法の遣い手が登場したのは、お馴染みの技を出すことによって作品の間口を広げるため(そしてもちろんファンサービスもあるでしょう)だとは思うのですが、しかし、それに留まらない意味を持っているように思えます。
「魔界都市新宿」も「妖魔」シリーズも、その重要な要素の一つはチャンバラ。奇怪な術者あるいは妖魔に抗するに、剣技を以て立ち向かう主人公というのは、これはヒロイックファンタジーというよりも、時代劇ファンである作者にとっては、時代劇へのオマージュと思えます。
冒頭に述べたように、本作は作者の長編時代小説第一作。つまり、ついに時代劇の世界にデビューすることになった時、そこで主人公が操る技は、デビュー作以来の、時代劇オマージュの象徴である念法でなければならなかったのではないか…そう感じるのです。
さて、そこで本作の内容の方はと言えば、さすがに作者が超伝奇バイオレンス作家として脂の乗りきった時期の作品だけあって、実にテンションの高いエンターテイメントとして、最初から最後まで楽しむことができます。登場するキャラクターたちも、剣客あり隠密あり妖女あり怪老人あり、おまけに人面の魔獣に鉄○○まで登場し、まさに菊地先生ならでは、と言うべき内容となっています。
…尤も、さすがの鬼才をもってしても、初の長編時代小説で力が入りすぎたか、はたまた時代小説との距離感が掴みにくかったか――あまりに飛ばしすぎた内容に、ちょっと違和感を感じたのも事実。時代伝奇小説というよりは、江戸時代を舞台にした超伝奇小説にしか見えなかったのは、ちょっと残念な部分であります。
菊地作品お馴染みの、この世のものならぬ現実離れした超人の技が、現代を舞台にした作品であれば違和感なく受け入れられる一方で、現代ではない、現実から少し離れた舞台ではかえって違和感を感じてしまうというのは不思議な話ですが、これは第一作として仕方のない部分なのでしょう
と、色々言いつつも、やはりラストで明かされる敵の正体の凄まじさには、今読んでも驚かされますし、今の菊地先生の筆で、工藤流念法in時代小説を見てみたい…とつくづく思った次第です。
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