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2008.09.04

「柳生刑部秘剣行」 常人から隔絶された剣士

 徳川家光の治世、太平に見える世の陰で暗躍する奇怪な者たちの影があった。これに挑むのは柳生新陰流最強にして美貌の剣士――しかし既にこの世を去ったはずの男・柳生刑部友矩。二人の刑部の剣が、怪人たちの陰謀を断つ。

 某作家のおかげで、一部でヘンな人気の出てしまった柳生友矩ですが、しかし、彼を一番作中で活躍させている作家は、菊地秀行先生ではないかと思います。本作で初登場した美剣士・柳生刑部は、その後、謎のからくり人形使いを追いかけたり東北で死人の剣流と対決したりと、本作以降は脇役ながら、菊地時代劇にはしばしば登場する一種の名物キャラクターとなっています。

 さて柳生友矩といえば、剣の腕もさることながら、その美貌で知られる人物でありますが、それを菊地先生は如何に己のキャラクターとして再生させたか?
 剣技の冴えは超人級、そしてその美貌はこの世のものと思えぬほど(まあ、本作の段階ではそこまで極端に描かれてはいないのですが)…と、これくらいであればまだ時代小説によく登場するキャラクターでありますが、本作の、そしてそれ以降の作品の柳生刑部にとっては、これはスタート地点。菊地刑部の最もユニークな点、それは彼が一度病でその命を落とし――しかし死から再生して後、もう一人の己、二重身(ドッペルゲンガー)を操る存在と化している点なのです。

 本作は、その刑部が家光の宿痾を巡り異国の妖医と対峙する「異人剣」、柳生と小野、二つの将軍家指南の流派が激突する「黙示剣」、仙台を舞台に伊達家の巨大な陰謀が描かれる「暗殺剣」と、全三話で構成される作品であります。さすがに伝奇アクションを書けば天才・鬼才というしかない作者だけあって、アイディア・ガジェットの奇想天外ぶりは、さすがは、というべきで、エンターテイメントとしての面白さは間違いない内容となっています。
 しかしながら――今の目で見ると、作者の時代小説としては初期の作品ということもあり、時代伝奇小説というよりは、江戸時代を舞台にした超伝奇小説、という趣であって、後の「幽剣抄」の境地には遙か遠く、時代小説としてはどうかなあ…と思わざるを得ないのが正直なところではあります(先日も似たようなことを書きましたが…)。

 とはいえ、注目すべきは、超人・美形・生ける死人・ドッペルゲンガーという、菊地作品の定番要素が、見事に柳生刑部という史実上の人物の上で結晶している点であり――そしてこの四つの要素が全て「孤独」、すなわち常人からの隔絶に繋がっていく点が、孤高の剣士の造形に実によくマッチしているのには今更ながらに唸らされます。
 上に述べたように、以降の作品にもしばしば顔を出すというのは、それだけこの菊地刑部のキャラクターの完成度の高さを物語っているようにも思えるのです。

 願わくば、今の菊地先生の手で、再び柳生刑部を主人公とした物語を読んでみたいものです。


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