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2008.09.03

「蛍丸伝奇」 勤王の名刀と鎮魂の象徴と

 勤王の象徴として阿蘇に眠る名刀・蛍丸。その蛍丸を後水尾上皇が所望したことから、幕府に緊張が走る。上皇を押さえるべく選ばれた、沢庵和尚の弟子であり上皇の異母弟・化龍は、西へ向かって旅立つが、その旅に、柳生一門が、松山主水が、宮本武蔵がそれぞれの思惑を秘めて関わるのだった。

 思うところあって、えとう乱星先生の処女長篇であるこの「蛍丸伝奇」を読み返しておりました。
 南北朝の頃、南朝の忠臣・阿蘇惟澄の佩いていた来国俊の太刀が合戦で刃こぼれしたものが、一夜、無数の蛍がとまって去った後に直っていたという名刀・蛍丸の伝説。この不思議に美しい伝説が、江戸時代初期の幕府と朝廷の暗闘の最中で甦ることとなります。
 幕府と後水尾上皇との対立というのは、隆慶一郎の諸作にあるように、ある意味この時期の時代ものでは定番ネタの一つではあるのですが、そこに蛍丸という勤王の象徴的存在を絡めるのが、本作の見事な点でしょう。

 そしてこの争奪戦に絡むのが、主人公たる悩める青年僧・化龍の他、柳生十兵衛に宮本武蔵に荒木又右衛門に松山主水といった錚々たる剣豪の面々に加え、八瀬童子、伊賀忍軍に謎の美少女等々と盛りだくさん。特に剣豪連は、一人一人のキャラクターの強烈さもさることながら、それぞれが伝奇的な秘密・バックグラウンドを背負っての参戦とひねりも聞いていて、伝奇エンターテイメントとして第一級の作品として楽しめます(特に松山主水の設定には、作者の初期作品に共通する二階堂流サーガとでも言うべきものがあって興味深い)。

 しかし――本作の真骨頂は、そうした派手な伝奇エンターテイメントを彩る登場人物の一人一人が、それぞれの心に様々な重荷を抱えながらも、懸命に生きていこうとする姿を描き出す人間ドラマにあります。
 一見、明朗な伝奇活劇のようでいて、しかし、主人公をはじめとするキャラクターが、皆どこか青春の影を背負っているのがえとう作品の特徴の一つと私は考えていますが、それはこの処女長編から健在と言うべきでしょうか(その一方で、それが重さや暗さに直結せずに、切なさや哀しさに転化していくのがえとう作品の味わいであります)。

 そして本作において、人々の鎮魂の象徴として描かれるのが、蛍。人々の悲しみや無念といった感情を包み込み、浄化していくかのように、本作において蛍は現れ、消えていきます。
 そして鎮魂とは、必ずしも亡くなった者に対してのみ行われるものではありません。仏道の修行でも到底癒せぬほどの壮絶な悲しみを背負った化龍、孤独と背中合わせのどこまでも荒ぶる魂を持つ十兵衛――彼らの魂をも、蛍は、蛍丸は、優しく受け止めていくのです。

 派手な仕掛けの伝奇活劇と、切なく暖かい人間ドラマ――処女作には作者の全てが現れるものだとよく聞きますが、本作に関しては、まさにその通りと、深く頷くところです。


「蛍丸伝奇」(えとう乱星 青樹社文庫) Amazon

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