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2008.09.13

「さすらい右近無頼剣」 さすらいからものぐさへの路

 つい先日シリーズ四冊目が刊行された「ものぐさ右近」の、これは番外編。本編では江戸で揉め事解決屋を営む主人公・秋草右近ですが、本作は、そのだいぶ前の、右近がまだ諸国をさすらっていた頃の物語、いわばエピソードゼロであります。

 御家人の次男坊として生まれた右近は、旗本の名家に婿入りしたものの、そこで待っていたのは、後継ぎができるや愛妻と引き離されて追い出されるという、屈辱的な扱い。
 我慢できず江戸を飛び出し、諸国を放浪していた右近が、江戸に帰ってくるところから「ものぐさ右近」の物語が始まるのですが、「さすらい右近」の方は、その放浪時代が描かれています。

 収録されているのは全三編――とある宿場町で賭場の用心棒となった右近が、子供を人質に取った凶賊と対決する「かげろう」、よんどころない事情から、やくざの出入りの助っ人となった右近が思わぬ危機に陥る「紅の三度笠」、大藩への婿入りを嫌って家出した大名の若君と出会った右近が、二人で痛快に暴れ回る「若君街道」と、実にバラエティに富んだ内容です。
 さすがにベテランの鳴海先生だけあって、どのエピソードも、チャンバラあり人情ありサスペンスありと、時代劇の楽しさが横溢しており、シリーズは初めての読者でも楽しめる内容となっています。
 しかし、シリーズのファンにとって嬉しいのは、エピソードを重ねていくに連れて、素浪人右近が、徐々に我々の知っている「ものぐさ右近」に近づいていく、成長していくことでしょう。

 鬼貫流抜刀術の達人でありながら、どんな悪人であっても人を斬ることは嫌い、腰には刃のない鉄刀を帯びる明朗快活な快男児「ものぐさ右近」。しかしその彼も、初めからヒーローであったわけではありません。たとえば「かげろう」で描かれるのは、初めて人を斬り殺した右近の姿。
 もとより、右近は決して人殺しを好むわけでも、他人の命を軽ろんじていたわけではありません。しかし、それでもその手を汚すまでは、実感としてわからないことがあります(それを、自分の腕前を示すために蜻蛉を斬るシーンで示すのがうまい)。
 その彼が、悪人とはいえ人一人を斬った後で何を感じたか…普段が明朗なキャラクターだけに、その姿は胸に迫りますし、その後の彼の活躍にも、一つの重みが感じられます。

 人に歴史ありとは言いますが、それは小説のキャラクターでも同じ。
 好漢・秋草右近が明朗熱血のヒーローとなっていく過程を描いた本書は、シリーズファンにとっては、シリーズをもう一度読み返したくなる、そして初めての読者にとっては、シリーズを手にとりたくなる、そんな一冊です。


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