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2008.10.20

「江戸歌舞伎の怪談と化け物」 カイミーラの中の魅力

 私はジャケ買いならぬタイトル買いをしてしまうことが往々にしてありますが、本書「江戸歌舞伎の怪談と化け物」との出会いもその一つ。「江戸」に「歌舞伎」に「怪談」に「化け物」――四つとも私の大好物、見逃せるわけにはいかぬ、と勇んで手に取りましたが、期待に違うことなく、実に面白く、興味深い一冊でありました。

 本書で描かれるのは、まさに題名通り、江戸時代の歌舞伎に登場した妖怪・幽霊の有り様や、そうした存在が登場する物語――すなわち怪談――と歌舞伎の関わり。それを、決して論を大上段に振りかぶるのではなく、肩のこらない文章で、楽しく、しかし時にハッとするような鋭さで描いています。

 その内容を語るには、何よりも以下の各章題をご覧いただくのがよいでしょう――

第1章 夏は水中早替り
第2章 玉藻前は人気者
第3章 バケネコ・ミステリー・ツアー
第4章 おばけごっこは、みんな大好き!
第5章 劇場を飛び出す歌舞伎役者
第6章 フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち
第7章 「化ける女」に化けるのは男
第8章 恋するオサカベ

それぞれ、怪談歌舞伎の嚆矢である「天竺徳兵衛韓噺」とそれを可能とした妙技、九尾の狐・玉藻前に見られるエキゾチシズムとナショナリズム、化猫ものとロードムービーの繋がり、江戸の怪奇見世物、歌舞伎と当時のノベルシーンの繋がり、「フランケンシュタイン」と「東海道四谷怪談」に見られる女性観、幽霊・妖怪となる女性像に込められた意味、そして時代の推移と共に移り変わっていく刑部姫像――実に様々な角度から、江戸歌舞伎、江戸怪談文化を切り取り、その不思議な魅力を教えてくれます。


 その中でも特に私が感心させられたのは、第6章たる「フランケンシュタインとお岩、そしてその子どもたち」であります。
 洋の東西を隔ててほぼ同時代に発表された、メアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」と、四世鶴屋南北の「東海道四谷怪談」。一見、怪奇という以外の共通項がないかのように思われるこの二つの作品に、筆者は、「母性」と「出産」という共通項を見出すのです。

 なるほど、幽霊となったお岩さんの姿は、確かに産女(うぶめ)でありますし、フランケンシュタインの怪物の存在の背後に、根元的な出産の恐怖を感じ取るのは、確かに頷けるものがあります。そしてこの二つの物語から、男女の出産観の相違を導き出す視線のダイナミズムには、大いに唸らされた次第です(この辺り、講談社BOOK倶楽部に掲載された筆者の言葉がなかなか印象的であります)。
(もっとも、やはり両作における「出産」のウェイトの差は明白であり、共通の題材が存在することをもって、両作を比較するのには苦しい面は存在するかと思います。筆者は、「四谷怪談」におけるそのウェイトの軽さを、作者が男性であることの限界と位置付けていますが…)


 ことほどさように、怪奇者・伝奇者にとっては実にエキサイティングな本書でありますが、――目次からも何となく感じられるかもしれませんが――一冊の書物として見た場合、首尾一貫した主張・構成に欠けるように思えるのも、また事実ではあります。
 そこに物足りなさを感じる方もあるいはいるかもしれませんが、本書の冒頭に述べられているように、歌舞伎は芸術上のカイミーラ(キメラ)。多面的・多層的で当たり前の存在であります。
 そんな存在の中でも特に怪物的な部分と対峙した本書が、さらにカイミーラ的なものとなるのも、あるいはやむを得ないのでは…というのはフォローになっていないかもしれませんが、本書の魅力が、それで欠ける程度のものではないことは、私が保証いたします。

 タイトルを見て感じるものがあった方には、強くおすすめできる一冊です。


「江戸歌舞伎の怪談と化け物」(横山泰子 講談社選書メチエ) Amazon
江戸歌舞伎の怪談と化け物 (講談社選書メチエ 421)

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