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2008.10.23

「月笛日笛」 善の強さは何処に

 加茂の競い馬で、豊臣の馬術師範・鬼怒川蕭白の卑劣な工作により二年連続で敗れた禁門の騎士・六条左馬頭。三年目の雪辱を期し、弟の菊太郎を残して名馬を求める旅に出た左馬頭は、信濃で名馬・吹雪と出会い、飼い主の春美からこれを譲られる。が、蕭白の魔手は次々と六条兄弟に迫る。そして春美にも蕭白との意外な因縁が…

 吉川英治先生が、その作家生活の比較的初期には、時代伝奇小説、そして少年少女小説を数々ものしていたことを知る方も多いと思いますが、戦前の「少女倶楽部」に連載された本作もその一つ。
 掲載誌をみれば女の子向けの小説と思われるかもしれませんが、なかなかどうして、現代の成年男子が読んでも、実にエキサイティングな作品です。

 舞台となるのは、豊臣秀吉が旭日の勢いであった頃。天下の趨勢既に定まったとはいえ、戦国の遺風がいまだ残る殺伐とした時代であります。
 そんな折りに、禁門と武門の意地を賭けて毎年開催される加茂の競い馬が、物語の始まり。禁門方の代表は心正しき美青年貴族、武門方の代表は、奸佞を絵に描いたような氏素性の知れぬ武士とくれば、どちらが主人公でどちらが悪役か、そして両者の間に何が起こるかは明々白々でしょう。

 予想通りに敵方の卑劣な手段にかかって惨敗した六条左馬頭は、弟と共に雪辱を期するのですが、悪党の跳梁は止まず、読んでいるこちらも歯噛みしたくなるばかり。かくて、六条兄弟に、滅亡した大名の遺児、薄幸の町娘等々、善男善女は手に手を取り合って、悪に挑みます。

 …と書くと、いかにもオールドファッションなお行儀の良い時代劇に思えるかも知れません。事実、中盤を過ぎるまでの展開はほぼこちらの予想通り、それでもさすがは吉川先生、子供だましな部分はなく、普通にエンターテイメントとして楽しめる…と思っていたら、全体の3/4辺りを過ぎて、物語の落としどころもそろそろ見えてきたと思った辺りで、主人公を襲う悲惨な運命!

 まさかこの小説でこのような展開が…と唖然とする間に、悪は滅びず優位のままに物語は進み――と、さすがに結末はハッピーエンドではあるのですが、そこに至るまでの展開は、大波小波大揺れで、本当に最後まで目の離せぬ作品なのでありました(最終決戦でのひどすぎる主人公の扱いにはただ呆然)。


 もちろん、吉川先生が、単に鬼面人を驚かすためや、あるいは予定調和を嫌ったというような理由で、このような展開を描いたわけではないでしょう。
 主人公たちの苦闘の数々から伝わってくるのは、善は善であるから強いのではなく、善悪等しく襲ってくる苦境に負けることなく、己の善を貫くからこそ善は強いのだ、という無言の主張。
 いささかお堅くも感じられるかもしれませんが、決して露骨ではなく、波瀾万丈な展開の中にうまくカモフラージュして、人間として守るべきことを伝えてくるのは、ある意味、少年少女小説のお手本のように思えます。

 ただ…これだけ持ち上げておいてなんですが、一点どうしても気になってしまうのは、本作の題名となっている「月笛日笛」の扱い。
 平安時代に兄妹竹から作られ、互いを恋い慕って響き合う名笛という、本作を象徴するであろうアイテムが、フェードアウトしてしまうのが、いかにも残念に感じられます。

 この時期が、上記の大波乱とほぼ時を同じくしているのはいかにも興味深く、何となく色々と想像してしまうのですが、これはマニアの邪推。
 ちなみに映画化された際のあらすじを見てみると、月笛日笛が、物語のクライマックスで実に見事な使われ方をしていたようで、尚更勿体なく思ってしまうのですが、まあ今言っても詮無いことではあります。

 そうした点を差し引いても、十分以上に面白い作品であることは間違いないのですから――


「月笛日笛」(吉川英治 講談社吉川英治文庫全2巻) 第1巻 Amazon/第2巻 Amazon

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