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2008.11.21

「剣鬼」(その二) ただ己自身が選んだ道を

 新潮文庫の「剣鬼」収録作品紹介の続き、本日は残る四作品であります。

「人斬り斑平」
 つい先日「主水之助七番勝負」第二話の題材となり、またかつて市川雷蔵主演で映画化されたのが本作。
 その出生から「狗の子」と蔑まれ、花の栽培にのみ生き甲斐を見出していた男が、ある出会いから居合いの達人として開眼し、その剣技を暗殺者として利用されていく様を描いた本作は、悲惨な境遇に生まれた者が、剣技に己の価値を見出そうとして滅んでいくという、「剣鬼」シリーズの一つの典型ともいうべき作品であります。

 斑平をはじめとする彼らの生き様は、もちろん一種の悲劇ではあるのですが、しかしそれでも我々がその姿を目にする時に浮かぶ想いが、決して悲しみや哀れみのみではないのは、彼らが、己の往く道を誰かに定められたものではなく、己自身が選んだ道として――たとえそれの行く先が明白な死だとしても――最後まで突き進むからだと、そしてそれこそが柴錬作品に通底する「心意気」なのだと、改めて感じさせられます。
 本作では、剣技を覚えた斑平が、己の帯びる刀として、敢えて悪因縁の妖刀を選ぶ――ちなみにその刀の正体が、伝奇ファンにはあっと唸らされるものであるのにも感心――のですが、これはまさに、この心意気の現れと言うべきなのでありましょう。


「素浪人忠弥」
 本作の主人公は、おそらくはシリーズでも最も有名な歴史上の人物。由比正雪の右腕として知られ、慶安の変で命を散らした槍の達人・丸橋忠弥その人であります。
 宝蔵院流の槍の達人として、様々な作家の作品に登場する人物ですが、さすがに一筋縄ではいかぬシリーズだけあって、本作の忠弥は、数奇な生まれの果てに諸国を流浪する、吃りで跛行の武芸者として描かれます。
 己の血の高ぶりを抑えられぬまま、奇行を繰り返す忠弥の胸中にあったもの。おそらくは由比正雪の壮挙に加わってもなお満たされなかった彼の想いを知った者は誰なのか――物語と史実の統合が図られる結末には、粛然とさせられます。

 なお、本作で描かれる正雪の生い立ちは、同じ作者の連作シリーズ「忍者からす」の一編をそのまま流用したもの。何ともマニア泣かせなサービス(?)であります。


「通し矢勘左」
 武芸百般ある中で、弓術を極めんとした本作の主人公もまた、己の不幸な生まれに対し、武術でもって挑んだ男。京都三十三間堂の通し矢を巡る記録争いで、今なおその名を残す星野勘左衛門の物語であります。
 まるで悪巫山戯のような事情から世に生を受けた勘左衛門。弓術に天分を示しながらも、己の家の身分故に世に出ることが認められなかった勘左は、主家を捨て、己の名を上げるために、三十三間堂の通し矢に挑むことになります。
 本作がシリーズの他の作品と異なるのは、ここで彼を受け止め、導く女性の姿がある点。己の身を顧みず、勘左を世に出すために心を砕く彼女の姿は、重苦しいムードの作品の中で、暖かい光と言えるかもしれません。

 そして、その光に背を向けてまでの修行の果てに彼が掴んだ栄光。その、己の栄光の記録を塗り替えんとする若き者に出会った時、彼の取った行動は…これは史実として一部で有名なエピソードではありますが、本作の物語を通してみれば、何とも言えぬ切なく、味わい深く感じられることです。


「裏切り左近」
 集中最後に収められているのは、家中随一の業前を誇りながらも、家中で最も嫌われ憎まれた男の凄絶な生き様を描く作品です。
 その剣術でもって、低い身分から一躍家中の名家に婿入りしながらも、その狷介な性格でもって家中で孤立する主人公。本作は、その唯一の理解者とも言うべき、彼の家僕の視線から語られることとなります。

 周囲から疎まれ、憎まれようとも己の生き方を曲げることのなかった左近は、普通に考えれば身勝手で、協調性のない嫌われ者。しかし、己を受け容れる者が一人とていない中で、なおも己の生き方を変えず、貫くというのも、これは一個の男の生き様、心意気の発露かもしれません。

 そんな、己を偽ることなく生きてきた彼に与えられたもの…あまりにも無情なその運命に直面してなお、昂然と嘯いてみせた彼の言葉こそは、まさしく心意気の剣鬼ならではの名台詞であり――その姿は、語り手同様、私の心に深く残って消えないものであります。


 以上七編、題材といい人物造形といい物語構成といい、いずれも柴錬先生ならでは、というべき作品ばかりです。
 柴錬作品の精華として、ファンは言うまでもなく、初心者の方にも大いにお勧めできる名品であります。ドラマの題材となったのを機に、少しでも多くの方が手に取ってくれればと祈る次第です。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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コメント

三十三間堂は成人式で通し矢を行います。弓豪星野勘左衛門の功績から三十三間堂は有名です

「時代小説」でこの弓豪をさんざん調べたことがあります。弓・剣・鉄砲と武器はより殺傷能力を高めてしまいまして、弓は武器から武芸のひとつになります

弓の小説は少ないけどもあるんですよ

投稿: sadakun_d | 2009.01.11 11:35

sadakun_d様:
コメントをありがとうございます。

三十三間堂の通し矢の記録競争は、武道関係の本で何度か目にしたところですが、事実は小説よりも奇なりと言いたくなるようなエピソードですね。

剣が人殺しの道具から精神修養の手段に至るまで道には以前から興味を持っていましたが、考えてみれば、弓も同じ道を辿ってきたわけですね。
その辺り、興味が出てきました

投稿: 三田主水 | 2009.01.11 22:31

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