« 「柳生大作戦」第三回 まずはじめに柳生ありき? | トップページ | 「柳生烈堂血風録 宿敵・連也斎の巻」 江戸対尾張のドリームマッチ »

2008.11.14

「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」 ロジカルに、そして優しく暖かく

 部屋住みの次男坊ながら想身流柔術の達人・竜巻誠十郎は、ある事件がきっかけで家を追われ、天涯孤独の身の上となってしまう。目安箱を管轄する将軍吉宗の御用取次・加納久通によって、「目安箱改め方」の任務を与えられた誠十郎は、ある油商人の番頭の怪死事件の謎を探ることになるが。

 「誘拐児」の翔田寛先生が、本作を書くと知ったときには、ちょっとした驚きがありました。何しろ本作のタイトルは「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」という、どこからどう見ても文庫書き下ろし時代小説のそれ。文庫書き下ろしをどうこう言うのではもちろんありませんが、翔田先生とは今ひとつ結びつかないように感じたのです。
 しかし、いざ蓋を開けてみれば、なるほどこれはいかにも翔田作品。ロジカルな謎解きの楽しさと、人間心理の綾を見つめる優しさが込められた、実に面白い作品でした。

 さて、主人公・誠十郎が務めることとなる目安箱改め方とは、あの目安箱に投じられた訴えのうち、無記名等の理由で取り上げられなかったものの真実を探るというもの。
 根拠なき誹謗中傷などを避けるため、目安箱は記名が原則。しかし、記名なき訴えの中の一片の真実を――あるいはその中の偽りを――証明することが、天下の政を行う上で、有用なこともある。ここに、公には取り扱われないこれらの訴えの虚実を探るお役目として、目安箱改め方が誕生することとなります。
 そして誠十郎が挑む最初の事件は、油商人・椿屋の番頭の怪死事件。
 油改所の免状書き換え(幕府御用達の油商人の免許更新とでも言いましょうか)を目前として、些細な瑕疵も椿屋には命取り。果たして番頭の死は事故だったのか、はたまた殺人だったのか――

 と、これだけではよくある捕物帖的展開ですが、ここに、椿屋にまつわる数々の謎が、大きく物語に関わってくるのが本作ならではの展開。
 年に一度、椿屋が奉公人を早く寝付かせ、外に出るのを禁じるのは何故か。五月頃の日暮れ時、店の納屋に現れるという幽霊の正体は。そして何より、かつてはあまりの非情なやり口に鬼と呼ばれた椿屋が、ある日を境に人が変わったように善行を施すようになった理由は――

 一見、本題の事件とは無関係に思えるこれらの謎が、物語の中でどんな意味を持つか…それをここで語ることはもちろんしませんが、はっきりと言えるのは、一見不可解な事件が極めてロジカルに解き明かされた果てに見えるのは、複雑怪奇でいて、そして同時に優しく暖かい人の心である、ということ。

 事件の謎を解き明かすことが、その背後の人間心理――あえて「人情」とは呼びません――を浮き彫りにし、そしてそれが我々を感動させてくれる…これこそまさに翔田作品の味であり魅力、と言ってしまっても、決して言いすぎではありますまい。


 そして…目安箱改め方というのお役目(隠密ではありますが)活動も、今回の事件も、冷静に考えるとこじんまりとしたものではあるのですが、その背後に、尾州徳川家の陰謀を絡めることにより、スケール感と時代ものとしての必然性を与えているのも巧みなところ。

 物語を貫く背骨として、誠十郎自身を襲った悲劇の真相の究明という要素もきちんと(?)用意されていて、シリーズものとしての目配りもぬかりなし。続巻は来春とのことですが、次の巻も――もちろん翔田作品として――大いに期待できそうです。


「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」(翔田寛 小学館文庫) Amazon
五月雨の凶刃 (小学館文庫 し 6-1 やわら侍・竜巻誠十郎)


関連記事
 「消えた山高帽子 チャールズ・ワーグマンの事件簿」 時代と世界の境界線上で

|

« 「柳生大作戦」第三回 まずはじめに柳生ありき? | トップページ | 「柳生烈堂血風録 宿敵・連也斎の巻」 江戸対尾張のドリームマッチ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/43108278

この記事へのトラックバック一覧です: 「やわら侍・竜巻誠十郎 五月雨の凶刃」 ロジカルに、そして優しく暖かく:

« 「柳生大作戦」第三回 まずはじめに柳生ありき? | トップページ | 「柳生烈堂血風録 宿敵・連也斎の巻」 江戸対尾張のドリームマッチ »