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2008.11.20

「剣鬼」(その一) 己を曲げることなき男たち

 「主水之助七番勝負」のおかげで、最近私の柴錬ファン魂がとみに燃えさかっているのですが、この「主水之助七番勝負」の題材となっているのが、いわゆる「剣鬼」シリーズ。剣に賭ける凄まじい執念と、その魔剣とすらいえる剣技故に功成り遂げるなく散っていった剣鬼たちを主人公に描いた、短編シリーズであります。
 今回は、新潮文庫の作品集「剣鬼」に収められた七篇を、二回に分けて紹介していきたいと思います。

「狼眼流左近」
 集中最初に収められているのは、元は歴とした武士でありながら、人面狼之助と名乗り、晒し者とした妻を賞品とした真剣勝負を続ける男の姿を描く作品。「主水之助七番勝負」の第一話の題材となった作品でもあります。
 とにかく冒頭から目を奪われるのは、美しくも淫奔な妻を晒し者とした上で、その身を賞品として真剣勝負を受け付ける狼之助の姿。柴錬先生は、その執筆の上で、エトンネ(人を驚かせること)の精神を基盤にしていたことで知られますが、本作はまさにその精神を具現化したものと言えるかもしれません。

 もちろん、驚かせるだけではないのが柴錬作品。自ら、人面狼之助と皮肉極まりない名を名乗りながら、妻をダシにして憑かれたように剣を振るう狼之助の姿には、世に容れられぬ孤独を背負いながらも、しかしそれでも己を曲げることのない男の執念と悲しみが満ちており――そしてそれは「剣鬼」シリーズ全てに共通するものであります――剣を振るうこと、ひいては武士として生きることの意味というものを感じさせられるのです。


「大峰ノ善鬼」
 「剣鬼」シリーズの中では珍しい実在の剣豪を扱ったのが本作。伊東一刀斎の一番弟子となりながらも、皆伝を賭けた弟弟子・神子上典膳との決闘に敗れたと伝えられる小野善鬼の物語であります。
 ここで描かれる善鬼の姿は、剣鬼…というよりも、いわゆる悪役剣士そのもの。ただ強くなることのみを渇望して剣を振るい、己の気の赴くままに奪い、殺し、犯す――通常の時代小説、いや柴錬作品でもしばしば登場し、主人公に斬られる悪役の典型に思えます。

 しかし、その善鬼の師である一刀斎の視点から彼を眺めたとき、その善鬼の姿は、一刀斎の――いや、全ての剣に生きる者たちの――負の姿、裏返しの姿であると気付きます。どれほど言葉を飾って道を語り、行い澄まそうとも、剣は人を殺し、己の意を通すために振るうもの。もちろんこれは極論ではありますが、これから目を背けて剣を語ることこそ偽善でありましょう。
 いわば一切の偽善をはぎ取った、素の剣士の姿である善鬼の所行に、一刀斎が見ているのは、かつての己自身であり、そうなるかもしれなかったもう一人の自分。そう考えると、ラストの決闘の後の一刀斎の行動の理由もわかるような気がします。

 なお「主水之助七番勝負」全編を通しての悪役として登場するのが、この善鬼。原作の野獣のような男とは、また違った印象のドラマ版善鬼ですが、しかし、決闘の末に落命することのなかった善鬼の後の姿として、何やら頷けるもののあるキャラクター造形かと思います。


「刃士丹後」
 実は私が「剣鬼」シリーズを通して最も好きな作品が本作であります。何よりもまず、主人公の異名たる「刃士」――「忍」にわずかに残った「心」までも無くした、忍びを殺す非情の男――のネーミング自体が素晴らしい(柴錬先生の作中でも最高のネーミングの一つではないかと真剣に思います)のですが、もちろんそれだけでなく、凄絶という言葉すら生ぬるいその内容には、ただただ圧倒されるのです。

 柴錬版「おのれらに告ぐ」とも呼びたくなる本作は、細川忠興に仕え、戦場でその窮地を救いながらもかえって憎まれ、偽られて天刑病患者の里を領地として与えられた男の、凄まじい復讐絵巻。主君や己の愛する妻をはじめとする周囲の全ての人々から偽られ、裏切られたと――そして己も病を得たと――感じた彼の怒りの向かう先は、忠興と、そして里の人々であり、彼の復讐に賭ける執念には、それが正当なものであるかどうかは別として、ただただ圧倒されます。

 尤も、これだけであれば残酷時代劇なのですが、柴錬先生の凄まじいところは、この里の住人が、実は忍びを生業としていた(忍びなら常に顔を隠していてもおかしくないから、という理由付けの説得力が凄い)と設定したことで――これによって、色々と物議を醸しそうな彼の復讐行が、剣豪vs忍者の死闘劇にシフトしてしまうのも、見事としか言いようがありません。

 そして、ほとんど自己破壊にも等しい復讐行の果て、心を捨てた男が見せた最後の「心」を感じさせる結末がまた心を打つ本作。題材的に色々と難しい作品(まずドラマ化等は不可能でしょう)ですが、ぜひ一読いただきたい逸品です。


 明日に続きます。


「剣鬼」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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