« 「夕ばえ作戦」(漫画版)開始 まさかの再会…! | トップページ | 1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール »

2008.12.23

「侵蝕 奥右筆秘帳」 ただ後の者のために

 突然の薩摩からの御台所付き女中のお抱えに不審を抱いた立花併右衛門と柊衛悟の前に現れた薩摩示現流の剣士団。それこそは、御前――一橋民部卿治済と結んだ薩摩藩からの刺客だった。大奥に刺客を送り込み、我が子であり現将軍の家斉を暗殺して、自ら将軍位に就こうという御前の陰謀に巻き込まれた併右衛門と衛悟の死闘のゆくえは。そして家斉の運命は…

 奥右筆組頭と青年剣士のコンビが幕政の闇に挑む「奥右筆秘帳」シリーズの第三弾であります。
 今回物語の中心となるのは、御前こと一橋治済による将軍家斉暗殺の陰謀。女の城ともいうべき世界であり、外界から隔絶された大奥に自らの息のかかった女を送り込み、将軍の命を縮めようという、ある意味地味ながら恐ろしい手だてを如何に阻止するのか、というのが今回の眼目であります。

 さて、事件の果てに浮かび上がる、史実の陰に隠された江戸幕府の一大秘密、というのは上田作品お得意の――そして私が大好きな――展開ではありますが、今回は、それにはあてはまりません。そのため、物語構造的には比較的シンプルではあるのですが、しかしそのおかげで、本作の、本シリーズの構造というものがよく見えたと感じます。

 本シリーズの主要な登場人物の行動の原動力――忠誠心あり、我欲あり、肉親の情ありと、それは一見様々に見えますが、しかし共通しているのは、その行動から得られた利益を、自分の後の者に残したい、という思いであります。何かを得るために他人を傷つける、、あるいは何かを守るために自分を捨てる…そうした一見相反する行動の中に共通するものがあると、特に本作からは感じられます。
 それを最もはっきりと表しているのは、他でもない、主人公の一人である併右衛門の言葉であります。
「子のためでなくば、出世する意味はない。子孫によい生活をさせてやりたいと思えばこそ、奮闘してきたのだ」
 誰が善で誰が悪か――ほとんどの場合明確には言い切れない本シリーズの人物配置は、実にこの行動原理が根底にあってこそであったかと、まことに恥ずかしながら、今頃になって気付いた次第です。

 しかしさらに面白いののは、主要人物の中で、この原理から離れて行動しているように見える者が二人いることです。
 一人は、一橋治済その人。本シリーズにおいて彼が敵視し、本作ではその命を奪わんとすらした将軍家斉は、実に自分自身の息子なのであります。もちろん、彼には彼なりの理想というものがあるのでしょうが、しかしそのためには自分自身の息子や孫を犠牲にしても構わないと断言するその姿は、本シリーズにおいては明らかに異質な存在であり、それゆえに彼こそが本シリーズ最大の敵と言って良いでしょう。

 そしてもう一人…それは、本作のもう一人の主人公・柊衛悟であります。次男坊として冷や飯喰らいの身の上である衛悟は、何かを残すべき者を持たない存在。それどころか、兄夫婦からは早く養子になれと日夜責められる始末で、一連の事件に巻き込まれるきっかけとなった併右衛門の護衛も、養子先を見つけてもらうことが条件だったのですから…

 その意味では、彼の自由(と言ってよいのかわかりませんが)は、一橋治済とは異なる理由によるものではありますが、しかし、本作のクライマックスにおいて彼が行った選択は、また別の意味で、治済と明確に彼が異なる存在であることを示していると言えます。
 その行動は、併右衛門らから見れば、やはり異常な行動と言えるものではありますが、しかし我々読者の目から見れば、それでこそ主人公と、大きく頷くことができるものであり――そして併右衛門の気持ちをも動かしていくこととなります。

 シリーズスタート以来、作品を読んでいてどこかもどかしさを感じていたのは、衛悟に対する併右衛門の、ある意味冷淡な態度。それは、厳しい言い方をすれば、併右衛門が衛悟を道具扱いしていたことの現れでもありますが、しかし今回、併右衛門のその思いに、変化が生じることになります。

 単なる利害関係の一致ではなく、真に心を合わせた相方の誕生へ――そしてそれが本作の構造にどのような影響を与えていくことになるのか、これは大いに楽しみになってきました。


「侵蝕 奥右筆秘帳」(上田秀人 講談社文庫) Amazon
侵蝕<奥右筆秘帳> (講談社文庫)


関連記事
 「密封 <奥右筆秘帳>」 二人の主人公が挑む闇
 「国禁 奥右筆秘帳」 鎖国と開国の合間に

|

« 「夕ばえ作戦」(漫画版)開始 まさかの再会…! | トップページ | 1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/43507098

この記事へのトラックバック一覧です: 「侵蝕 奥右筆秘帳」 ただ後の者のために:

« 「夕ばえ作戦」(漫画版)開始 まさかの再会…! | トップページ | 1月の時代伝奇アイテム発売スケジュール »