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2009.01.31

「戦国戦術戦記LOBOS」第4巻 凶器から人間へ

 「戦国戦術戦記LOBOS」もいよいよ佳境。この第四巻では、これまで謎に包まれていた市蔵の過去のエピソード、伊賀との因縁や愛銃の由来が描かれます。

 かつて、伊賀最強の日隠衆に属していた市蔵。任務中に深手を負って倒れた彼を救ったのは、喜兵衛という猟師でありました。身よりのない子供たちを引き取って育てていた喜兵衛は、市蔵に対しても無償の愛を注ぎ、その優しさは頑なな市蔵の心をもやがて開いていくのですが…

 人間凶器として育てられた存在が、お人好しとも言える人間の良心・人情に触れ、人間らしい感情を芽生えさせるというのは、古今東西のエンターテイメントに見られるシチュエーションであり、その意味ではこの過去篇も、ベタな展開であるとは言えます。
 しかしながら、荒々しい中にも細やかな心理の動きを感じさせる描線と、一つ一つのエピソードの積み重ねの巧みさが、市蔵の人間性の芽生えを、実に感動的なものとして描き出しているのには感心させられます。

 さらに、そのエモーショナルな盛り上がりは、それに続く悲劇の中で描かれる、市蔵と喜兵衛の間の果たせなかった約束と、果たさなければならない約束を鮮明に浮かび上、市蔵の悲しみと怒りを、ダイレクトに我々読者の胸に突き刺してきます。
 喜びだけでなく、悲しみも怒りも人間の、人間の心の証――そんな単純で、切ない事実を、この過去篇は痛いほどに伝えてくるのです。


 さて、その過去篇は第四巻の前半で描かれ、後半は再び現在(市蔵にとっての)に舞台を移します。「狼」の採用試験を受けることとなった少女・たまとの触れあい、気難しい歴戦の老兵と組んでの救出ミッションという二本の単発エピソードを挟んで――この二本、どちらもひねりの効いたエピソードとなっていて、本作の懐の広さというものを感じさせられます。特に前者は、色々と無理のある設定ではあるのですが、たまの正体には「なるほど!」と大いに唸らされた次第――物語は市蔵の復讐行の締めくくりへ。

 天正伊賀の乱を背景に、いよいよ怨敵・伊賀との正面対決を決意した市蔵。その対決は、必然ではあるのですが、しかし問題は、そのために市蔵が「狼」の離脱を選んだこと。
 市蔵の人間性は、喜兵衛だけではなく、「狼」での生活が育んだものでもあるはず。その「狼」に背を向けたということは、再び孤独な人間凶器としての市蔵に戻るということなのか――

 そうではない、そうはさせないという力強い答えが、物語から返ってくることを期待しますが…


「戦国戦術戦記LOBOS」第4巻(秋山明子 講談社シリウスKC) Amazon
戦国戦術戦記LOBOS 4 (4) (シリウスコミックス)


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2009.01.30

「星影の女 妻は、くノ一」 「このままで」を取り戻せ

 三ヶ月連続刊行の第二弾、「妻は、くノ一」の続編の登場です。
 藩に潜入してきた御庭番のくノ一を妻として愛した男と、その夫を真剣に愛してしまった女のドラマの行方や如何に…

 前作の後半で、行方不明となった妻・織江を捜すために江戸に出てきた彦馬。当時の人間としては極めて科学的思考の持ち主である彼は、妻を捜すうちに出くわした怪事件を次々と解決することになります。
 と、この辺りの展開は、いつもの風野作品のパターンそのまま。どこかすっとぼけたユーモアとペーソスを交えて、主人公が一見不可思議な事件を解決していくという趣向であり、本書にも全部で五つのエピソードが収録されています。

 その一方で、大きく異なるのは、もちろん彼の妻の存在です。
 彦馬が仕えていた平戸藩の藩主であり、江戸に出てからは彼の後見的立場となる松浦静山。前作ラストで驚きの野望を口にしたその静山の身辺を探るために、織江は平戸藩の下屋敷に潜入してくることになります。

 つまりは、彦馬にしてみれば探し求める妻がすぐ近くにいるのに気付かず(変装しているので)、織江にしてみれば愛する夫が目の前にいても声をかけられないジレンマ…
 もちろん二人ともそれなりの年齢、ロミオとジュリエットというほども純愛ではないかもしれませんが――彦馬はともかく、織江の方は単純に美化されることなく、年齢や経験相応の言動を見せる生身の女性として描かれているのには感心します――ただでさえ大変なところに、いよいよ苦難が増えていく二人の愛の行方には、大いにやきもきさせられます。


 そして、そんな二人の(今のところ)叶わぬ想いの象徴が、織江が七夕の短冊に書いた「このままで」という言葉。
 今の幸せが、このままであるように――儚い仮寝の夢とも言うべき夫婦の暮らしを繋ぎとめようとする織江のこの切ない祈りを思えば、彦馬でなくとも胸がつまる想いがいたします。

 実のところ、風野作品は居心地の良い雰囲気のものが多く、「このままで」という気分になることも多いのですが、しかし、彦馬と織江のことを思えば、今の「このままで」では困るのも事実。
 かつての「このままで」を取り戻せるように、心から願う次第です。

 この巻のラストが、風野作品には珍しいくらい後味の悪い引きだっただけになおさら――


「星影の女 妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
星影の女  妻は、くノ一 2 (角川文庫)


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2009.01.29

「若さま侍捕物手帖」第1巻 まだ触れたことのない若さま

 ことある毎に書いていますが、いわゆる捕物帖の中で私が最も好きなのは、城昌幸先生の「若さま侍捕物手帖」シリーズ。正体不明の「若さま」が、船宿の二階座敷でごろごろしながら、持ち込まれる謎を快刀乱麻を断つごとく解決していくという趣向の時代ミステリであります。
 今回、この「若さま侍捕物手帖」が、ランダムハウス講談社文庫より、全六巻で刊行とのこと、その第一巻が先日発売されました。

 この「若さま侍捕物手帖」という作品、いわゆる五大捕物帖の一つに数えられ、これまで幾度となく映画化・TV化されてきた、それなりにメジャーなシリーズではありますが、しかし、五大捕物帖の他の作品と決定的に状況が異なる点が一つあります。
 それは、いまだにシリーズの全貌が明らかになっていないこと――昭和十四年に、本書にも収められた第一作「舞扇の謎」(旧題「舞扇三十一文字」)が発表されて以来、戦前戦後を通じて、実にその作品数は数百に及ぶ本シリーズですが、その多さゆえか、様々な媒体に掲載されたゆえか、いまだに完全な作品リストが存在しないという異常事態であります。
(ある作品を微妙にリライトして別題付けている作品などもあって、もう大変)

 そんなこともあってか、現在簡単に読むことができない作品がほとんどである本シリーズ。現在では、春陽文庫から刊行されている五冊と、あとは徳間・中公・光文社の文庫からそれぞれ一冊ずつ刊行されている版くらい。それ以外の作品については、古本屋やオークションを当たるしかなかったわけですが…
 ここで今回刊行されるランダムハウス講談社文庫版は、かつて桃源社から刊行されていた(当然今では絶版の)全十二巻本から採られた作品、それもできるだけ他の文庫に未収録の作品を集めたものという、私のような根性のないファンには涙ものの素晴らしい企画。このような企画を実現させて下さったランダムハウス講談社には、心より感謝の意を捧げます。
(個人的には先日、桃源社版の一揃いをオークションで競り負けたばかりだからなおさら嬉しい…)


 さて、本書に収められたのは全部で十三篇。いずれも短編であります。
 正直なところ、今の目で見ると、ミステリ的にはずいぶんとプリミティブな内容で――その上、タイトルでネタ割れしている作品もあったのには吃驚しましたが――その向きの方にはあまりお薦めできない面もあるのですが、しかし、当時の読者層や掲載媒体を考えれば、これはまあ仕方のないところでしょう。

 もちろん、そんな中でも、常磐津の師匠の家の野次馬に加わったことから、若さまが人間消失事件の謎を解き明かす「尺八巷談」、陰惨な一家連続殺人の犯人を、季節はずれの花一輪から突き止める「甘利一族」などは、ミステリ的にも見ても十分に面白い。
 前者は、トリック自体はさほど珍しいわけではないものの、謎が明かされてからもう一度読み返すと、きちんと全て謎の鍵が冒頭から提示されているフェアさが嬉しいし、後者は、犯人の正体自体はさして意外ではない(というか結構無理がある)ものの、若さまの推理の鮮やかな過程が魅力です。

 そして、収録作の分量を見てみれば、今の活字の大きな文庫本で一話あたりわずか二十数頁。
 そんな中で、物語の起承転結にミステリ的仕掛け、そして何よりも若さまの楽しいキャラクターをきっちりと書き込んで、各作品をそれなりに読ませる作品として成立させているのは、これは城先生一流の筆によるものというほかないでしょう。


 それにしても――暗い世情に厭な事件が相次ぎ、皆何かしらの屈託を抱えて生きざるを得ないような今の世の中では、べらんめえ口調も爽やかに、どこまでも屈託なくその日を暮らしながら、人情の機微に通じる粋な裁きを見せる若さまの存在が、改めて大きく感じられます。
 残り五巻、まだ触れたことのない若さまの活躍を、楽しみに待っている次第です。


「若さま侍捕物手帖」第1巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖一 (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


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2009.01.28

「麗島夢譚」第1巻 大活劇、麗しの島!

 時は寛永十五年、オランダ商船を襲った松浦党の頭目・伊織は、船倉で虜囚となっていた紅毛人ミカ・アンジェロと宣教師姿の日本人シローを見つける。だがその直後、麗島のオランダ軍の攻撃を受けて伊織の船は壊滅、伊織はゼーランジャ城に捕らえられ「四郎」の行方を責め問われる。アンジェロに救われた伊織は、シローが島原の乱から生き延びた天草四郎と聞かされるが、オランダ軍が、宮本武蔵が伊織たちを追い詰める。

 安彦良和先生が「COMICリュウ」誌上で不定期連載中の時代コミック、「麗島夢譚」の第一巻が発売となりました。掲載開始から二年数ヶ月を経て、ようやく単行本一巻目というのは、またずいぶんと待たされたものですが、しかし内容の方は相変わらずの描き込みに時代ものファンには驚きの展開の連続で、待っただけのことはあったと感じます。

 タイトルに掲げられた麗島は、台湾の異称。初めて台湾を訪れたポルトガル人が、その美しさから「イラ フォルモサ(麗しの島)!」と叫んだことから付けられたことに由来する名前ですが、この物語の舞台となる寛永十五年、西暦1638年当時の麗島は、オランダとポルトガル、オランダと中国、オランダと日本が入り乱れて利権を求めて争っていた、ある意味アジアにおける大航海時代の縮図のような土地であります。
(ちなみに物語の舞台の一つ、ゼーランジャ城は、オランダがポルトガルを排する目的で麗島に築いた要塞であり、後に鄭成功がこれを奪取してオランダを麗島から駆逐することとなりますが、その辺りは新宮正春先生の名作「ゼーランジャ城の侍」をお勧めします)

 そんな麗島で本作の主人公・伊織が巻き込まれることとなったのは、かの天草四郎を巡る冒険。実は島原の乱で天草四郎は死んでいなかった、というのは伝奇時代ものにしばしば見られるシチュエーションですが、その四郎をゼーランジャ城に登場させるというのは本作ならではのアイディア。
 しかもそれだけでなく、海を越えてきた宮本武蔵が二天一流の豪剣を振るうわ、ミカ・アンジェロは実は○○○○の息子で×××××の配下だわと、伝奇ファンには何とも堪らないキャラクターが次々と登場、大活劇を繰り広げてくれるのが実に楽しいのです。

 もっとも、お話的にはまだまだ序章といったところで、面白いことは面白いのですが、伊織は結局、状況に引っ張られて走り回っただけといった印象。安彦漫画の特長ともいえる、骨太の人間描写や、巨大な政治・歴史のうねりといったものは、まだ本作からはほとんど感じられないのは、いささか残念であります。物語背景的に、後者はこれから否応なしにクローズアップされていくことと思いますが――

 これだけ豪華な顔見せをしておいて、あとはおあずけというのは、いかにも殺生な話。冒頭に述べたように、不定期連載の状況ではすぐに次とはいかないのでしょうが、少しでも早く続きを! というのが正直な気持ちであります。


 ちなみに――本作には、パイロット版ともいうべき作品が存在します。2002年のワールドカップ日韓共同開催の際に刊行されたアンソロジー「アディダス マンガフィーバー」に収録された「BATEREN 南蛮西遊記序章」がそれで、天草四郎が、宮本武蔵と幕府の忍者を供にローマに渡った先で巻き込まれた事件を描くこの作品は、題材的にも内容的にも、まさに「麗島夢譚」の先駆けともいうべきものでありました(ただし、伊織に当たるキャラクターはいないのですが)

 実に魅力的な題材だっただけに、本当に「序章」のみの掲載だったのを、当時はずいぶんと残念に思ったのですが、それが今になって、装いはいささか変わったものの再開できるとは、実に嬉しい話ではあります。
 本作もいずれはこの短編のように、ローマに乗り込むことになるのか、今から――いつになるかはわかりませんが――楽しみにしているところです。


「麗島夢譚」第1巻(安彦良和 徳間書店リュウコミックス) Amazon
麗島夢譚 (1) (リュウコミックス) (リュウコミックス)

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2009.01.27

「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」 二人の距離、大坂との距離

 大坂で蘭学を学ぶ章(後の緒方洪庵)の周囲で次々と起こる事件。大坂を陰で護る「在天別流」の男装の麗人・左近と共に、事件解決に奔走する章だが、いつしか二人の距離は次第に縮まっていく。だが、しかしやがて章が大坂を離れる日が…

 現在NHKで放送中の「浪花の華」の原作小説の一つ、「禁書売り」に続くシリーズ第二弾であります。今回も前作同様の連作短編形式、「神道者の娘」「名目金貸し」「北前船始末」「蘭方医」の全四話が収録されています。
 既に前作で章や左近の人物設定や周囲の状況の説明が行われているため、前置きなしで物語に入っていくことができるのは大きな強み。本書でも、前作同様、当時の大坂特有の風物・文化・制度を背景に、本作ならではの、本作でしか描くことができない物語が描かれていきます。

 そんな中でも、最も強く私の印象に残ったのは、表題作である「北前船始末」。
 積み荷を巡るトラブルから傷を負った北前船の船頭が連れていた少女を診察することとなった章。船頭が少女を連れていることの不自然さに気付いた章は、船頭や大坂の問屋たちに顔の利く左近と共に、一連の事件の背後にある秘密に迫るのですが――

 上記の通り、当時の大坂特有の状況に起因する事件を描く本シリーズらしく、本作でも、当時の商品物流を巡る、大坂商人と周辺の新興商人の争いが描かれるのですが、しかし本作の面白いのは、それだけに留まらず、もう一つの当時ならではの背景事情が、事件のそもそもの成り立ちに深く絡んでくることでしょう。
 その事情が何か…それはここでは語りませんが、章の、緒方洪庵の後の事績を知っていれば、なるほど、と思える趣向なのが何とも心憎い。さらに、この事件で少女が果たした役割は、ミステリとしても実に面白く――そして当時では無理もない知識の不足がさらに事態を混乱させるのもまたうまい――なるほど、表題作であるだけのことはある、と感じた次第です。


 さて、一つのシリーズとして本作を見た場合、少しずつ――しかし大きく変化していくのが、章と左近との関係。はじめは最悪に近い形で出会い、その後も、それぞれの依って立つ立場のあまりに大きな違いから、幾度もすれ違う二人が、しかし、共に事件に挑むうちに、その距離を縮めていく…
(ちなみに、前作「禁書売り」と本書の表紙絵を比べて見ると、二人の距離の違いが明確に表れていて何とも微笑ましいのです)

 こうした物語展開は、もちろん、男女コンビものでは定番中の定番ではありますが、しかし本作においては、二人の関係の変化が、章という青年の成長過程と重ね合わせて描かれていくのが実によいのです。
 世間知らずの本の虫だった章が、大坂という独特の世界の中で戸惑い、その大坂の化身のような――ちなみに彼女もまた、根底においては大坂人たり得ないという設定がまたうまい――左近と共に行動するうちに、大坂という町を理解し、そして己がそこで果たすべき役割を自覚していく…いわば二人の間の距離は、章と大坂の間の距離とイコール、なのであります。

 本書は、章が大坂を離れ、新たなる修行の地である江戸に向かおうとするところで幕を下ろし、シリーズは(今のところ)全二巻という形となっています。
 しかし、章と大坂の関係がそこで切れてしまったわけではなく――それどころか修行の末に再び訪れた大坂で、彼が大きな役割を果たしたことは、歴史が明快に示す通りであります。
 そうであるならば、章と左近も再び出会い、そこから新たな物語が始まってもよいのではないか…シリーズの再開を、今は心から望んでいます。


「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」(築山桂 双葉文庫) Amazon
北前船始末―緒方洪庵浪華の事件帳 (双葉文庫)


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 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第2回「想いびと」
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 「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実

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2009.01.26

「軒猿」第1巻 道具を超えて…?

 ただ一人越後の山中で生き延びてきた少年・旭。落ち武者狩りの最中に、偶然、長尾景虎の配下の忍び衆・軒猿と出会った彼は、かつて己を救ってくれた景虎の力となるため、軒猿入りを志願する。神保長職を相手の初陣で、己の持つ特異な力「耳疾し」を活かそうとする旭だが…

 戦国大名がそれぞれ独自の忍者集団を抱えていたことはよく知られた話ですが、忍者好きの方であれば、本作のタイトルともなっている「軒猿」が、その中でも長尾景虎(上杉謙信)の下で活躍したと言われる一団であることも、よくご存じでしょう。

 その史実(?)に基づいた本作は、長尾景虎に憧れ、軒猿入りを志願する少年を主人公とした物語。
 常人の域を遙かに超えた鋭敏な聴覚「耳疾し」を持つ主人公・旭は、その異常の力を認め、自分を自分として認めてくれた長尾景虎の恩に報いようと努力するのですが、そこで出会ったのは理想と現実という言葉では生ぬるい、凄惨な戦場の有り様で…というのがこの第一巻の展開です。

 ただでさえ綺麗事ではすまない戦国時代の合戦。その更に陰働きである忍びの仕事は、当然、陰惨極まりない、非人間的なもの。事実、作中で軒猿の先輩たちは、幾度となく自分たちを「道具」「鬼」と呼ぶのですが、しかしそれは旭にとっては何とも皮肉なことではあります。
 まだ作中ではわずかに触れられただけですが、かつて、その耳疾しの力がために周囲から道具のように利用され、人間扱いされずに虐待されてきた過去を持つ旭。その境遇から自分を救い出してくれた(と信じる)景虎のために、彼が決心した軒猿になるということが、道具に、人間以外のものになるということを意味するというのですから…

 まったく正直なことを言えば、この第一巻での旭の行動は、あまりにも自分の立場に対する自覚がなさすぎて、イライラとすらさせられるものなのですが、しかし、このような旭の立場を考えれば――そして健全な精神を持つ少年であることを考えれば――彼の行動にも頷けるものもあるのがまた事実。
 彼が耳疾しの力を振るうということが、そして彼が軒猿となるということが、彼を変えていくのか、はたまた周囲を変えていくのか。景虎がかつて旭に語った言葉、「存分に強くなれ」というその言葉の意味を、より良き形で我々読者に示してくれることに期待します。


 にしても、入れ墨ガチムチ六尺褌の景虎とは、斬新というか何というか…


「軒猿」第1巻(薮口黒子 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon

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2009.01.25

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 先日年が改まったと思えば、もう2月は目前、色々なアイテムの発売スケジュールも見えてきました。まことに慌ただしい限りですが、しかしこれはこれで楽しいニュース…豊作だった12月・1月に比べるとどうかな、とも思いましたが、なかなかどうして2月もかなり充実、というわけで2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。

 まず小説で目につくのは、城昌幸先生の「人魚鬼」復刊! 「若さま侍捕物手帖」シリーズの一作ですが、これまで存外手に入れにくかった(「月光の門」は結構見かけるのですが…)作品が文庫で復活です。折しも「若さま侍捕物手帖」は1月からランダムハウス講談社時代小説文庫でも刊行開始されており、これはファンにとっては一足早く春が来たような気分であります(いや、若さまは伝奇ネタも多いので油断はできないのです)。
 また、気になるのは二冊同時刊行の「大正探偵怪奇譚」。この作品、劇団しゅうくりー夢の舞台のノヴェライゼーションで、第一巻は大正、第二巻は平安時代(!)に展開される物語とのこと。恥ずかしながら舞台の方は未見ですが、楽しみです。
 その他、風野真知雄先生の「妻は、くノ一」は、三ヶ月連続刊行のラスト。武侠小説の方では、「鹿鼎記」が順調に刊行されて第三巻であります。

 漫画の方では、連載終了からずいぶん時間が経った気がする「犬夜叉」、新シリーズ(?)が開始された「あずみ」のほか、「戦国妖狐」「無限の住人」の続巻が登場。
 そんな中で一番注目しているのは、ようやく単行本第一巻登場の「八雲百怪」。森美夏&大塚英志の偽史三部作、最後の作品(?)が紆余曲折を経て刊行ということで、これはめでたい限りであります。
 そして武侠作品の方では、金庸先生の「射雕英雄伝」の李志清による漫画版が刊行開始! 日本でこの作品が読めるようになるとは、よい時代になったものです…
 も一つ、伝奇ではないですが「公家侍秘録」のスピンオフ「表具屋夫婦事件帖」が単行本化。これも嬉しいニュースです。

 DVDの方では、何と言ってもこれしかないでしょう、「ねぎぼうずのあさたろう」の登場であります。…いや、実はお恥ずかしいことにこのアニメ版は未見なのですが、時代劇アジテーターの近藤先生もお薦めの一作、並みの時代劇よりも時代劇していそうで、実に楽しみなのです。
 その他、最近目につく武侠ドラマのソフト化として「少林寺伝奇 乱世の英雄」「シルクロード英雄伝」が登場。観る時間が欲しい…そして何故かリリースが相次ぐ70年代カンフー映画ではティ・ロン、デビット・チャンの「水滸伝 杭州城決戦」が、珍しい方臘篇の映像化ということで気になっています。

 ゲームの方ではPSP版「天誅4」Xbox360版「侍道3」の裏切りサードw製時代劇ゲームが。新年早々もんのすごい裏切りっぷりを見せた「侍道3」の売れ行きが楽しみです。そろそろXbox360買うかなあ…

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2009.01.24

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第3回「闇の守護神」

 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」第3回のタイトルは、「闇の守護神」。いきなり伝奇っぽさバリバリですが、まさに大坂の闇の守護神たるヒロイン・左近の裏の――真の顔の何たるかが、今回初めて描かれます。

 原作はシリーズ一巻目「禁書売り」の第二話「証文破り」。
 破落戸との付き合いがあるという同じ塾生・富沢の不審な行動を探るうちに、富沢が何者かに襲われ、それを左近が救った場に居合わせることとなった章。それがために、章は大坂を舞台とした商人と侍の暗闘に巻き込まれることとなります。

 今回の一件の背景にあるのは、薩摩の調所広郷による更始――つまりは借金の証文破り。
 調所広郷と言えば、薩摩の破綻した財政を立て直した傑物として知られますが、しかしそのための手段の一つである更始は、平たく言えば借金の踏み倒しです。その背後には、泣きを見た商人たちが幾人もいたはずであり…今回描かれるのは、歴史の背後で忘れられがちなその“事実”であります。

 その事実を拾い上げ、救いの手をさしのべたのが、左近と、彼女が属する「在天別流」。公式サイトの記載や、原作の描写からすっかり忘れていましたが、このドラマで「在天別流」の存在とその活動が明言されたのは今回が初めてです。
 難波宮から数えて千年の歴史を持つ大坂…その歴史の陰に潜み、大坂に住まう人々の自由を守り続けてきた一団、それが在天別流であり――まさにその意味で、「闇の守護神」であります。

 というわけで、物語後半では、どう考えても逆恨みの薩摩の芋侍を向こうに回して、「神」認定された千明様が痛快に立ち回るという展開。
 チャンバラは相変わらずまだまだ…という印象ですが――が、今回になってあの独特の左近の構えが、舞楽の所作を取り入れたものと気付きました。自分の目の節穴っぷりがお恥ずかしい――、屈強な男たちと一歩も引かず渡り合い、ダーティーな手段もためらわずに使って相手を叩き潰す左近の特異なキャラクターを演じることができるのは、もはや千明様以外はいないと感じられるはまりっぷりでした。

 そして、そんな左近の“正体”が描かれる一方で、今回もう一つ描かれた、物語で大きな意味を持つもの…それは、章の“決意”です。
 自分が何のために学問をするのか――これまでは漠然としていた彼の理由。ある意味、学問のために学問していた彼が、今回初めて、明確な意志を以て学ぶことを決意することになります。
 これまでは、ほとんど全てのシーンで、途方に暮れたような、情けない表情を見せていた章。その彼が、今回のラストに見せた表情は、頼もしく、気概に満ちた実に良いものであったと思います。


 と、ある意味、真の第一話とも言うべき今回のエピソード。その正体を見せた左近と、その決意を固めた章がどのような道を歩むことになるのか…まだまだ大きい二人の距離が、これからどのように変わっていくのか、章の決意の表情を思えば、期待できそうです。

 …が、大見得を切る千明様左近のお姿にポーッとしている表情を見ると大いに不安にもなるのですが、これはまあ、神様に拝謁しちゃったんだから仕方ないな!

 あと、表情と言えば、ニセ手紙に誘き出されて店に飛び込んできた章を睨みつける千明様の冷酷極まりない表情が、ある意味今回のハイライト。


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関連サイト
 公式サイト

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2009.01.23

「深川七不思議の怪 源内妖変図譜」 今度は必殺だ?

 深川で次々と起きる怪事が噂となる中、源内は、古巣の高松藩から、封印を解かれた刑部狸退治の依頼を受ける。その頃、玄白の患者・与吉の許嫁が行方不明となり、与吉も何者かに殺されてしまう。全ての事件の源に、材木問屋・讃岐屋長兵衛があると知った源内たちは、讃岐屋に乗り込む。

 第一弾の紹介からだいぶ間が空いてしまいましたが、平賀源内と仲間たちが妖怪事件に挑むCDドラマ「源内妖変図譜」の第二弾です。
 今回も平賀源内・杉田玄白・中川淳庵・山田浅右衛門・お妖の面々が、妖怪にまつわる怪事件に挑むというのが基本ライン。源内に持ち込まれた刑部狸退治の依頼(源内の出身である高松藩と八百八狸を絡める展開はうまいと思いましたが、細かいことを言えば刑部狸は伊予松山藩だった気がするのですが)、玄白と淳庵が巻き込まれた若いカップル殺し、そして浅右衛門が首を斬った罪人の不可解な死に様、そして深川周辺で続発する数々の怪事件と、平行して語られる幾つもの事件が、やがて一つに繋がり…という展開は、やはりうまいものだと感心いたします。
(ただ、奉公人が住み込みでない商家ってどうなのかしら…という気はすごくするのですが)

 実は今回は、「今度は必殺だ!」というキャッチコピーが付されており、いまさら必殺パロディなどしなくても…と、正直なところいやな予感がしましたが、きちんとした物語の本筋に絡めた趣向となっていたため、お遊びという印象にはならなかったのも好感触でした。
(最近の必殺ではないがしろにされがちだった依頼人の金を受け取る理屈(?)を、単なる様式ではなく、きちんと源内が説明してくれるのがgood)

 キャストの方も相変わらず芸達者ばかり、特に源内役の関智一氏は伝法な喋りが板に付いていて、志道軒との口喧嘩のシーンなど、ポンポンとした言葉の応酬を大いに楽しませていただきました。
 また、今回の悪役を演じた飯塚昭三氏はさすがにベテラン、一歩間違えれば陳腐になりかねないところを、うまく演じていたのではないでしょうか。

 とはいえ、残念な部分も皆無というわけではなく、特に本シリーズの一つの特長であろう、妖怪に対する博物学的アプローチがなかったのは些かいただけないところ。
 また、シリーズを通しての敵役であろう、松平正信と和泉大夫の陰謀の全容が明らかになっていないのも残念至極であります。


 おそらくは、シリーズはこの先も続く予定であったのだと思いますが、本作が発表されて以来二年以上も音沙汰はなく、ここでこのまま終わってしまうのは実に勿体ないシリーズだと感じます。
 発売元のウォーターオリオンから本作を通販で買ったところ、丁寧なメッセージをいただけたこともあって、大いに応援したいシリーズではあるのですが…さて。


「深川七不思議の怪 源内妖変図譜」(ウォーターオリオン CDソフト)


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 「源内妖変図譜 雷電霹靂の夜」 源内流乱学復活!

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2009.01.22

「仮面疾風」 消えゆく陰の行方

 金春太夫安照の弟子・浩次郎は、師から名工・龍右衛門の作にして、天下を鎮める力を持つ「天下の三面」を探し出すよう命を受ける。旅の最中、石川五右衛門、ややこ踊りの芙紗ら、陰の流れを汲む者たちと出会い、行動を共にした浩次郎は、消えゆく陰の流れの存在と、己のルーツを知ることになるが。

 最近は作品が少なく残念なのですが、時代伝奇小説の佳品を幾つも発表している大久保智弘先生は、私にとって気になる作家の一人です。
 本作「仮面疾風」も、そんな大久保先生の作品の一つ。秀吉が天下統一を進めていく時代を背景に描かれる本作の中心となるのは、実在する能面であり、今なお「雪・月・花」の面として伝わる「天下の三面」。名品中の名品として知られる能面であります。

 三つの能面を巡る物語といえば、安倍龍太郎先生の「彷徨える帝」を思い出す方もいらっしゃるかと思います。
 しかし、大きく異なるのは、面の探索行を通じて描かれるのが、あちらが国の在り方、権力の行方であった一方で、本作は、表の歴史の背後で生きてきた陰の世界と、その住人たちの行方であることでしょう。

 天皇や貴族、将軍や大名たちが天下を治め、争う世界――表の歴史、光の当たる世界の裏側には、通常の社会規範から離れ、己の技芸をもって生きていく流浪の民の存在があったことは、これは様々なところで指摘されていること。
 他では道々の者などと呼ばれ、本作では「陰の流れ」と呼ばれる彼ら――芸能者、忍者、武芸者などの人々が、表の体制に組み込まれることなく生きていた最後の時代である戦国末期を舞台に描かれる本作では、彼らの生き方とその終焉の姿が、時に静かに、時に激しく描かれていきます。

 しかし本作のユニークな点は、その中でも特に、能というものの持つ様々な性格を、前面に押し出してきていることでしょう。
 主人公の浩次郎は、秀吉に庇護を受ける金春太夫安照の愛弟子であり、人並み外れて優れた審美眼を持つ青年。その彼が伝説の面を求めて往く旅は、必然的に能という存在と密接に結びつき、物語の諸所で、浩次郎が能を舞う場面が現れます。
 ここで描かれる能は、単なる芸能というだけではなく、ある時は浩次郎の感情の発露であり、ある時は人と人とのコミュニケーションであり、またある時は過去の情景を甦らせるものであり…ある意味、芸道小説的側面をも、本作は持っているのです。

 もっとも、それゆえか、見事に伝奇的な題材やキャラクターを用いつつも、本作から受ける印象はむしろ静かで、よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味なもの。短編連作的にエピソードの積み重ねで物語を展開していく構成ゆえか、かなりおとなしめの印象を受けるのも、また事実ではあります。

 とはいえ――結末に待ち受けているあるどんでん返しは、そんな印象にもかかわらず――いやむしろそれゆえに――実に衝撃的なもの。
 大げさに言えば、物語の構造が180度変わって見えてくる結末に、大いに感心させられました。


「仮面疾風」(大久保智弘 講談社) Amazon
仮面疾風

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2009.01.21

「真田昌幸 家康狩り」第3巻 真田昌幸誕生

 徳川家康こと信濃の醜鳥を、三方ヶ原であと一歩まで追い詰めながらも、服部半蔵の妨害で逃した真田昌幸。九死に一生を得た家康は、次々と武田家に謀略を仕掛け、ついに武田家に滅亡の日が訪れる。狭量な武田勝頼に見切りをつけた昌幸は、武田軍学の粋「表裏比興」を体現するため、新たな一歩を踏み出す。

 道みちの者を親方たる真田家を束ねる真田昌幸と、徳川家康に成り代わった下忍・信濃の醜鳥の対決を描く「真田昌幸 家康狩り」の第三巻にしてひとまずの最終巻が発売されました。

 今回描かれるのは、昌幸が家康をあと一歩まで追い詰めた三方ヶ原の戦に始まり、大信玄の死から長篠の戦を経た武田家滅亡、そして本能寺の変まで、戦国の巨大な時代の動きの中で、室町武士道を貫く昌幸の姿。
 室町武士道のなんたるかについては前巻でも語られましたが、それは簡単に言ってしまえば、単なる上位者への無批判な隷属ではなく、己の力を評価し尊敬できる主君に対し、主体的に己の力を発揮して仕える武士の道、といったところでしょうか。
 もちろんそれは、単なる自分勝手な個人主義などではなく、己を力を生かすことが他者をも生かすことに繋がる人間の道。それこそが、武田軍学の粋であり、昌幸の奉じる「表裏比興」の精神であります。

 今回は、最終巻ではありますが、室町武士道の体現者としての真田昌幸誕生篇とでもいうべき内容。幼少時から仕えてきた武田信玄が亡くなり、そして武田家が滅び、依るべきものを失った昌幸が、いかにして戦国の世に地歩を固めるか、その第一歩を踏み出すことになります。

 正直なところ、それ自体ドラマチックな史実を語るだけでも、些か駆け足となってしまった感はあり、伝奇性がやや薄めなのは残念ではありますが、その分はキャラの面白さでカバーといったところでしょうか。
 昌幸と家康は言うに及ばず、まさに魔界の忍者と言うべき存在感を見せる服部半蔵、配下の負の感情を煽り狂わせていくことを楽しむ織田信長、己の劣等感を押し隠し跳梁する羽柴秀吉――いずれも、本作ならではこの作者ならではの味付けであります。
(が、その中で最もユニークな信長がここで退場というのがいかにも惜しい…)


 さて、真田昌幸の名を冠する物語はここで完結ですが、この先の物語は、その子・真田幸村を中心に据えて展開する様子。
 言うまでもなく、史実では家康が幕府を開き、昌幸・幸村は敗者の側となったわけですが、これは正史の話。
 果たしてその裏を掻いて、如何に真田が家康を狩っていくのか――正史への反撃に期待します。


「真田昌幸 家康狩り」第3巻(朝松健 ぶんか社文庫) Amazon
真田昌幸―家康狩り〈3〉 (ぶんか社文庫)


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 「真田昌幸 家康狩り」第2巻 対決、二つの武士道

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2009.01.20

「無限の住人」 第四幕「天才」

 またずいぶん間隔が開いてしまいましたが、アニメ「無限の住人」の第四話であります。今回は絵師にして剣士にして隠密という怪人(?)宗理先生の登場篇「天才」です。

 内容的には、原作の宗理先生登場回とほとんど変わらぬ内容だったこのエピソード。
 とはいえ、冒頭に隠れて西洋画を観賞する集会を襲撃、参加者を皆殺しにする宗理先生というオリジナルのシーンが挿入され、宗理先生の難儀なキャラクターがちょっと補強されて描かれた印象です。そもそも何で西洋画を見ていただけであそこまでバッサリとやられなければいけないのだとか、忍び目付があそこまでやる権限はあるのか、など、ツッコミどころは色々とあるのですが、返り血を受けた状態で西洋画を見て、ポゥっとなっている宗理先生はなかなかの変態ぶりだったので良しとします。

 その宗理先生の声を当てるのは、名優・関俊彦氏。もちろんクールな方の声ですが、これがまた宗理のひねくれたキャラクターに実に良くマッチしていたと思います。
 凛に助太刀を頼まれて、滔々と自分の立場を述べるシーンと、その後の万次との問答は、ある意味今回のハイライトかもしれません(にしても冷静に考えるとこの人、不死力解明編の綾目歩蘭人と、頭の中身はあんまり変わりませんな…)


 そして後半に展開されるのは、逸刀流の刺客たちとの緊張があるんだかないんだかわからないチャンバラ。これは原作からしてこういう演出だったせいもありますが、その前の宗理の長科白といい、頭の悪い逸刀流剣士といい、妙にコミカルな展開といい、「無限の住人」のある側面を明快に示しているエピソードで、この辺のノリは、アニメにするにはむしろ丁度良かったのだなあ、と妙なところで感心してしまいました。

 ちなみにラストには天津が登場、逸刀流の流儀を破って一対多数で万次たちを襲った剣士に制裁を加えるという再びのオリジナルシーンが付け加えられていますが、これはちょっと蛇足だったかな…という気がしないでもありません。逸刀流のポリシーと天津の強さをアピールするという狙いはわかるのですが、ね。


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2009.01.19

「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」 雲の兼続起つ!

 大河ドラマの放送が始まり、いやがうえにも注目度が高まる直江兼続ですが、ある世代においては、直江兼続は「花の慶次」で初めて知ったという方も多いのではないかと思います。
 本作はその「花の慶次」のスピンオフ、米沢に隠居した前田慶次郎が、若き日の直江兼続、樋口与六の活躍を振り返るという趣向のコミックであります。

 「花の慶次」においては、動の慶次に対して、静のイメージが強かった兼続。しかし、本作で描かれる兼続像は、慶次に勝るとも劣らぬ傾きっぷり、大胆不敵で好奇心旺盛な、「雲」のような男として描かれています。

 物語は、16歳の兼続(与六)が、越後を飛び出し、謙信と対峙する信長の人となりを見極めるために、敵地の中心たる安土に現れる場面から始まります。
 折しも安土では信長の天下獲りの中心となるべき安土城建設の真っ最中、職を求める者、楽しみを求める者、名を売ろうとする者、そして他国の間者…と、人間のるつぼとなった世界で、与六の大暴れが始まるという趣向であります。

 この、与六の豪快かつ人を食った暴れっぷりといい、実に頭が悪い悪役造形といい、本作で描かれるのは、良くも悪くもいかにも原哲夫(原作)作品らしい世界。何もここまで似せなくとも…とも思わないでもありませんが――そしてそれは、隆慶先生っぽいナレーションに対してより感じてしまうのですが――まあ、それは「花の慶次」のスピンオフという性格上、やむを得ないことなのでしょう。

 物語はまだおそらく導入部ということでしょうか、大胆にも己の名と身分を名乗って安土城建設現場に乗り込んだ与六が、秀吉と出会い、そしてさらに意外な姿でその場にいた(この辺りも「花の慶次」チック)信長と対面するところでこの第一巻は幕。
 「花の慶次」においては、秀吉はともかく(「ドキッ! 武将だらけの露天風呂大会」とかインパクトありましたなあ…)、信長については時代的・舞台的制約からあまり出番はなかったという印象がありますが、本作においては、その信長が、真っ向から描かれる様子で、これはなかなかに楽しみなところであります。

 その一方で、正直なところ、肝心の与六の方は、まだまだ主人公として差別化されていない印象があります。厳しい言い方をしてしまえば、別に慶次が主人公でも支障はないような…
 もちろん、天下の自由人ではなく、あくまでも上杉の家臣という立場の違いからくる物語上の違いは、これから描かれることになるのだろうと思いますが――

 かぶき者の与六が、果たしてこれからいかなる道程を経てあの直江兼続となるのか――雲の兼続がどれほどの男であるか、見せてもらいましょう。


「義風堂々!! 直江兼続 前田慶次月語り」第1巻(武村勇治&原哲夫&堀江信彦 新潮社バンチコミックス) Amazon
義風堂々!!直江兼続前田慶次月語り 1 (1) (BUNCH COMICS)

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2009.01.18

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第2回「想いびと」

 先週より始まりました「浪花の華」第二話は、先日文庫化されたばかりの原作二巻目「北前船始末」の冒頭に収められた「神道者の娘」のドラマ化。主人公・章の師の息子・耕介の悲恋物語であります。

 ある日、耕介の恋人・おあきと引き合わされた章。龍天王寺の舞楽見物に出かけた三人ですが、章はそこで舞台の上に謎の女・左近を見つけ、楽屋を訪ねることに。
 そこで偶然、神職を束ねる役人・塩野と出会って顔色を変えたのはおあき。その晩、何者かに塩野は殺害され、以来おあきは行方不明に…
 おあきの潔白を証明すべく、章と左近は再び行動を共にすることとなって…というのが今回のストーリーであります。

 かつて塩野に関係を迫られていたというおあき――その彼女が持っていたお守りの持つ意味が、事件の真相を物語るというのが今回の眼目。
 正直なところ、三十分に収めるには微妙に尺が苦しく、話がポンポンと進みすぎて折角のミステリ的趣向があまり機能していなかったのは残念なお話。
 さらに言えば、事件の背景として存在していた、江戸時代の神道統制の状況に関する描写が、ほとんど触れられなかったのも、原作から考えると、実に残念ではあります。

 それでもなお、状況が二転三転していくストーリー展開はやはり楽しく、しっかりチャンバラも盛り込まれていて――千明様のダブル剣指の決めポーズは正直微妙でしたが――エンターテイメントとして見る分には、まず問題なしでしょう。


 ちなみに、左近が耕介に語ったおあきの言葉は、原作には存在しない件。最初見たときには、ちょっと余計なこと言っていないかな、と感じましたが、傷口に塩擦り込む千明様の精神攻撃章の知らない左近の優しさを示すエピソードということで、これはこれでありなのでしょう。

 も一つ原作にないと言えば、女性であるために舞台に上がれず、裏方に徹するしかなかった左近が、ドラマでは舞台に上がっていたのはいかがなものか――その不安定な立場が、左近という複雑なキャラ造形の重要な要素だというのに!
 …と思う方もいるのではないかな、という気もしますが、あれは前回の章をボコったシーンと同様(同様?)、千明様ファンへのご褒美なのでいいのです。…いいのか?


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 「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実


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2009.01.17

「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実

 大坂の蘭学塾で勉学に励む青年・緒方章は、禁制の蘭学書を手に入れるため、禁書売りの男と接触するが、男は殺され、本は行方不明になってしまう。事件を追う章は、謎めいた男装の女剣士・左近と出会うが…若き日の緒方洪庵と、大坂を陰から守る「在天別流」の左近が、町を騒がす様々な事件に挑む。

 先日からNHKの土曜時代劇として、「浪花の華 緒方洪庵事件帳」のタイトルでドラマ化された、その原作小説が本作であります。大坂に出てきて間もない若き日の緒方洪庵と、謎めいたクールな男装の麗人・左近の活躍を描いた、連作短編集です。

 さて、本作の最大の特徴が、左近が所属する「在天楽所」「在天別流」の存在であることは間違いないでしょう。
 「在天楽所」とは、四天王寺に属し、宮中や寺社に舞楽を奉納する一団のこと。(物語の時点から)遙か一千年前の難波宮の時代から、綿々と大坂の地に生き、舞楽を伝えてきた彼らは、その技能でもって、一種独立した、独特の地位を占める存在であります。
 そしてその彼らの裏の顔とも言えるのが、「在天別流」。大坂の町を、武士や公家、その他の勢力の横暴から守り、大坂で暮らす者たちの自由を護るために陰で働く、いわば実働部隊が、この在天別流なのです。

 本作の主人公の一人である左近は、この在天別流の一員。東儀左近将監という厳めしい本名を持つ彼女は、ある時は饅頭屋の看板娘、またある時は浪花講の案内人――しかして一朝事あらば男装の美剣士として難事件に挑む魅力的なヒロインであります。
 一方、もう一人の主人公である章は、後に門下から数々の英才を送り出すことになる大学者の面影はまだなく、武芸の腕もからっきしと、いささか冴えないキャラクター造形。しかし、学問に対する熱意と正義感は他の人間にいささかも劣るところなく、彼のがむしゃらな行動が、やがて左近との関係を徐々に変えていくことになります。

 このように、伝奇もの的側面、キャラクター小説的側面も持つ本作ですが、しかし最大の魅力は、そうした要素を通して描かれる、(当時の)大坂の現実の姿でしょう。
 本書に収録された四つの短編においては、当時の大坂ならではの、特異な現実・史実が――三話目はちょっと違うかもしれませんが――物語の背景として存在しています。
 「禁書売り」では、町奉行所による出版統制と、出版業界を束ねる行司衆による書籍流通。
 「証文破り」では、薩摩藩の調所広郷の施策にはじまり、大坂商人を苦しめた更始(借金棒引き)。
 「異国びと」では、大坂商人に留まらず、京の公家たちも加わっていた海外との抜け荷。
 「木綿さばき」では、木綿の専売商人に対して行われた農民たちの大規模訴訟である国訴。

 …と、ここで二人の主人公にもう一度目を向ければ、章は備中から数年前に大坂に出てきて、いまだ大坂の何たるかを知らず、むしろ違和感を感じながら暮らしているのに対し、左近の方は、大坂の町とそこに暮らす人々のことを知り尽くし、こよなく愛する人物として描かれます。
 大坂という町に対し、全く異なる視点を持つ二人の男女が、同じ事件に挑むとき浮かび上がるもの――それは、通り一遍の視点では窺うことのできない大坂の姿。知っているようでいて全く知らなかった、そんな大坂の姿は、なかなかに魅力的です。


 エンターテイメントとしての楽しさはもちろんのこと、この時代・この場所でなければ描けない物語を描いた時代小説として――ドラマ化云々を抜きにして、おすすめできる作品です。


「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」(築山桂 双葉文庫) Amazon
禁書売り―緒方洪庵浪華の事件帳 (双葉文庫)


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2009.01.16

「隠密利兵衛」(その二) 死闘の中に浮かぶ人間像

 昨日からの続き、「隠密利兵衛」収録のうち、残り三篇の紹介です。

「いのしし修蔵」
 四話目に収録されているのは、猪駆除の一大事業に揺れる対馬藩の様を背景に描かれる、ある男の数奇な一生を描く作品。
 少年時代から兵法に異常な天稟を示した対馬藩士・曲修蔵は、しかしそれ故の増冗漫から単身猪の群に挑み、重傷を負って不具の身と成り果てます。
 己の居場所をなくし、家を飛び出した修蔵が、元忍びの不思議な老人の下で修行した末に達した境地――それは、空の空とも言うべきものでありました。

 倨傲の輩が修行の末に完成した人格の人物となる、というのは剣豪小説の定番中の定番ではありますが、本作では修蔵が経験する様々な事件の描写がいかにも柴錬チックで楽しめるのと同時に、物語の背景であり、修蔵の運命を大きく変えた、対馬藩の公共事業としての猪狩りの設定も面白く、決して陳腐な物語ではありません。
 何よりも、修蔵の心情を、特に晩年には最小限に抑えた客観的な描写が、本作に独特の味わいを与えています。


「白猿剣士」
 五話目は、白狼流を名乗る邪剣士・大棚三郎太が、宿敵である白猿流の瀞無二斎との最後の決闘に至るまでの姿を描いた作品ですが、三郎太の存在は、通常の剣豪小説であれば、悪役そのものであるのが面白い、というか衝撃的、というか…
 神仏を畏れる心を持たず、ただ兵法を己の力を誇示するものと信じ、ことさらに俊英・麒麟児と呼ばれる相手(それも自分とは対照的に颯爽とした男ぶりの者ばかり)を次々と血祭りに上げる――その凶行は、まさしく時代小説の悪役に相応しいものであります。
 しかしながら、柴錬先生のどこか淡々とした筆致を通して浮かび上がってくるのは、三郎太のこの言動も、兵法者として、剣に生きる者として一つの典型であるということ。彼の姿は、悪役という分かり易い言葉よりもむしろ、剣聖のネガとして評されるべき…と感じられます。そしてそれだけに、本作のタイトルが「白狼剣士」ではないのが、強烈な皮肉として感じられることです。


「会津の小鉄」
 本書の掉尾を飾るのは、今なお組織の名としてその名を残す会津の小鉄。単なる町人の子が、幕末の混乱期に、頭角を現し、京に冠たる一大勢力の長となる――というのは、これはこれで面白い題材ですが、しかし剣鬼というには違和感がある。さらに言えば、柴錬先生はこの手の人物が大嫌いであったはず…ではありますが、一読、その疑問は氷解します。

 義理も人情もなく、ただ己の欲望の赴くままに暴れ回る小鉄。その、人間悪を凝り固めたような前半生には、陰ながら彼を護る一人の剣客の姿があった…というのが、本作の趣向。
 自ら「この世で最も嫌いなたぐいの男」「本当はお前を斬りたかった」と小鉄に対し吐き捨てながらも、なお彼を守り続ける浪人剣士・早小場安六こそが、本作の真の主人公であると、読者はやがて気付くのです。
 ひたすら没義道に生き続ける小鉄と、たった一つの恩義のために、己の信条に反しようと孤剣を振るう安六…その生涯はあまりに対照的であり、そしてどちらの名が歴史に残ったかと思えば、複雑な気持ちにもなりますが…しかし、どちらが人として望ましき生き方、在るべき身の処し方として、作者が考えているかは明らかでしょう。
 なるほど、剣鬼でもない、おそらく作者も嫌っているであろう類の人物を主人公としたのは、このためであったかと感心させられた次第です。


 以上六話、描かれる「剣鬼」の姿は様々ですが、生死を賭けた死闘の中に、人間の生の姿が――そして人間のあらまほしき姿が――浮かぶのは共通した点でしょう。
 柴田錬三郎先生が、単なる剣豪作家ではなく、透徹した人間観察の眼を持っていたことの、本書は一つの証拠と言ってもよいかと思います。


「隠密利兵衛」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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 「隠密利兵衛」(その一) 剣鬼として、人間として

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2009.01.15

「隠密利兵衛」(その一) 剣鬼として、人間として

 新潮文庫に収められた柴錬「剣鬼」シリーズ第三弾は、全六話を収めた「隠密利兵衛」。今回もまた、二回に分けて収録の各作品を紹介したいと思います。

「霞の半兵衛」
 まず一話目は、槍の達人・桜井半兵衛を主人公とした作品から。気づく方は気づくかと思いますが、半兵衛は、かの鍵屋の辻の決闘で荒木又衛門に敗れた人物。彼が何故又衛門と戦うこととなったのか…
 まず冒頭から驚かされるのは、半兵衛が柳生連也斎(実のところ、年代的には父親の兵庫助の方ではないかと思うのですが)の愛弟子であったという設定。しかし彼は柳生十兵衛との対決を望んだため、破門とされてしまいます。そこまでして対決に固執した半兵衛の前に、十兵衛に代わり現れたのは、江戸柳生の秘密兵器・荒木又衛門! この時から半兵衛と又衛門の因縁が始まった、という伝奇的展開がたまりません(更に言えば、半兵衛の槍術の最初の師の正体も素晴らしい)。
 鍵屋の辻の決闘の背後に、大名と旗本の争いを見るのは既に常識に近いですが、尾張柳生と江戸柳生の確執を持ってくるのは、さすがに柴錬先生です。

 しかし――そんな展開を経た末に、又衛門との最後の決闘に臨んだ半兵衛を待つのは、あまりに惨い結末。血気に逸り暴走する若者には冷たいところのある柴錬先生ですが、それにしても…結末の、あまりに皮肉かつ残酷な十兵衛と又衛門の会話が、強く印象に残ります。


「叛臣十内」
 一話目が剣鬼のある側面を描き出しているとすれば、本作は、また別の側面を描き出していると言えるでしょう。諏訪藩の御家騒動を舞台に、相争う勢力の一方に仕えてその命を散らした男・和久内十内の物語であります。
 庄屋の子として生まれながらも、ある日凄まじい針の技を遣う旅の盲人と出会ったことから、独自の兵法を会得を会得した十内。偶然、藩内で権力争いを繰り広げる一方の領袖の命をその技で救った十内は、その下に仕えることになるのですが…

 主の命を守るためにはためらいなくその刃を振るいながらも、政敵を暗殺するための刺客となることを拒む十内。主に仕えても走狗とはならぬという十内の思いは、彼を死地へと追いやることとなりますが、しかし、その凛乎たる生き様には、見事なる士の姿があります。
 武士の身分に生まれた者たちが醜い権力争いを繰り広げる中で、農民あがりの男が、武士として素晴らしい生き様を見せる――剣に生き剣に死する者を剣鬼と呼ぶのであれば、十内はまさしくそれでありますが、しかしその姿には、柴錬先生の理想とする人間の姿が見て取れるのです。


「隠密利兵衛」
 本書の表題作である本作は、人から送られてきた武者修行日誌を柴錬先生が読み、印象に残ったエピソードを語るという、一風変わったスタイルの作品。
 当田流の達人である津軽藩士・浅岡利兵衛が、病を理由に致仕し、武者修行の旅に出た先で出会う達人たちのエピソードが、淡々とした筆致で描かれていきます。
 利兵衛が出会った各地の達人は、いずれも見事な武術の腕を持つだけでなく、武士として、いや人間として完成された人々ばかり。(この言葉はあまり好きではないですが)品格を持って生きる者の美しさが、彼らの姿からは伝わってきます。

 柴錬先生は、眠狂四郎に代表されるように、剣禅一如などとは無縁の殺人剣の遣い手を描く一方で、武術というものが人間の心に及ぼす作用の中で最も好ましいものの存在をも、描き続けてきました。
 本作で、己の真の使命を擲ってまで、兵法者として生きることを選んだ利兵衛の姿は、まさにそれに触れた故、とも言えるように感じられます。
 もっとも、そのために己の命をも賭けて恬然たるその姿は、やはり剣鬼と呼ぶべきかもしれませんが――

 明日に続きます。


「隠密利兵衛」(柴田錬三郎 新潮文庫) Amazon


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2009.01.14

「必殺仕事人2009」第01話 ひねりにひねった変化球

 少々遅れてしまいましたが、TVシリーズとして放映が開始された「必殺仕事人2009」初回の感想であります。
 正直なところ、予告を見た段階では「ホストクラブネタぁ? また(微妙にずれた)時事ネタか…」と、がっかりして、ほとんど期待していなかったのですが――これが何と、一ひねりも二ひねりもある、実に面白いエピソードだったのです。

 江戸の町で評判を集める(今の言葉で言えば)ホストクラブ・美景庵。江戸中の女性を熱狂させる美景庵の裏の顔は、客の女性を男たちに斡旋して儲けた上に、用済みと見るや惨殺するという非道なもの。そして美景庵の客だった娘を殺された男・仁吉が、仕事人に仕事を依頼して…

 という話の骨格だけを見れば、実によくあるお話ではあるのですが、そこからの肉付けが実に良い具合に入り組んでいるのが楽しいのです。
 まず、最初に仕事を依頼された段階では、仁吉の動機が世間体を気にしたゆえのものと知って、仕事を断ってしまうのが面白い。プロとしてそれはどうなのよ、という気がしないでもありませんが(冷静に考えればこれのおかげで仁吉がアレしたようなものですし)、単なる殺し屋でもなく正義の味方でもない本作の仕事人像が見えてきますし、この件がクライマックスに至って泣かせにつながってくるのがなかなかうまいのです。

 そして犠牲者の妹・お絹が、犯人を捜すうちに、仕事の本来のターゲットである実行犯・信次と、それとは知らずに惹かれ合うようになるというのも、ユニークな展開。
 これでお絹もその毒牙にかかって…だと、これはこれで予想の範囲内ではありますが、店からもトカゲの尻尾切りで命を狙われた信次が、自分を匿ってくれたお絹に促され、奉行所に自訴することになります。
 しつこいようですが、これで自訴する途中で店の連中に殺されて…というのはよくあるパターンですが、何と今回のエピソードでは、信次は仕事人のターゲットから外れて、本当に自訴してしまうのだから驚かされます。

 そして――ここで仕置きされるのは、美景庵の主や金主、用心棒たち。しかし、確かに彼らも仕置きされるべき悪人であることは間違いないけれども、仁吉の恨みが向かうべき相手は信次であるはず。とすると、本来仕置きされるべき者が、生き残って終わることとなります。
 が…ここで物語展開を振り返ってみると、物語の展開・構成上、仁吉は信次のことを知らず、そして仕事人側も、信次の存在を感知していないのに気付きます。なるほど、仕事としては片手落ちのような気もしますが、お絹とのドラマを経て、信次にも改悛の兆しがあるし、これはこれで一つの皮肉なドラマとして、アリなのかも…と思ったところで最後のどんでん返し。

 詳細はここでは触れませんが、冒頭で描かれた伏線がラストに来て生かされ、そして信次という男の真の姿がはっきりと浮き彫りにされていく様には、こういうドラマだったのか、とただただ驚嘆。
 これまでに物語に生じた、視聴者が感じた微妙な齟齬が、ラストで一気に表に吹き出し、そして最後の最後の仕置きに繋がっていくというひねりにひねった展開に、大いに唸らされた次第です。


 冒頭に書いたように、題材の陳腐さから内容に期待せず、どうせ今回もルーチンワークの「必殺」に違いない…と、(そういうのって好きになれないなと思っていたにもかかわらず)すっかりヒネたマニアになっていた自分を大いに反省するとともに、スペシャル二回を挟んでいたとはいえ、初回から変化球を投じてきたスタッフの業前には感心いたしました。

 確かに、構成的にかなりギリギリというか、一歩間違えれば破綻しかねないストーリー・仕掛けではあったのですが(ついでにいえば、涼次と源太の仕置きシーンはもうちょっと無理があったような)、冒険大いに結構。これはもしかすると、今回は相当に面白いシリーズになるのでは…と感じた次第。素直に次回が楽しみになってきました。


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2009.01.13

「流転の果て 勘定吟味役異聞」 勘定吟味役、最後の戦い

 我が子として育てた五代将軍綱吉の子・吉里を将軍につけることを念じて亡くなった柳沢吉保。その企みの一端として、大奥に送り込まれた刺客が、将軍家継に迫る。折しも大奥への事情聴取に訪れていた水城聡四郎は、この暴挙を防ぐことができるか――

 勘定吟味役・水城聡四郎の活躍を描く「勘定吟味役異聞」シリーズも、この第八巻でいよいよ完結であります。

 これまで長きにわたって描かれてきた、将軍位を巡る暗闘――いまだ幼い現将軍家継を押さえる間部詮房、将軍親政を目指す紀州の徳川吉宗、実は綱吉の子である柳沢吉里を将軍位に就けんとする柳沢吉保。
 三者の、そしてその周囲で、権力の座に少しでも近づこうとする者たちの思惑が入り乱れる中で、我らが聡四郎は、孤軍奮闘を強いられてきました。

 とにかく向かうところ全て敵だらけ、それも、その一つを敵にしただけでも命が危ういような相手ばかりに囲まれた聡四郎の運命の行方については、シリーズ読者として大いに心配させられてきたものですが、ついに本作が、勘定吟味役・聡四郎の最後の戦いということになります。

 そのクライマックスとなるのは、大胆にも大奥に送り込まれた、将軍暗殺の刺客との対決。
 前巻でついに世を去った柳沢吉保が最後に遺した毒とも言うべき暗殺者との戦いは、命知らずの聡四郎の戦いの中でも、色々な意味で最も危険な戦い。まずはシリーズのクライマックスとして、ふさわしいステージであったかと思います。


 さて、全八巻という結構な分量となった「勘定吟味役異聞」シリーズ。完結したいま振り返ってみれば、権力者と彼らに寄生する者たちとの暗闘を、伝奇風味たっぷりに描いた、いかにも上田先生らしい快作であった、と感じます。

 何よりも、主人公を勘定吟味役という特異なお役目に設定することにより、徳川幕府における「経済」という、知られているようで知られていないユニークな題材を、エンターテイメント性豊かに描いてみせたのは、本シリーズならではの収穫でしょう。
(もっとも、後半は将軍位を巡る争いが中心となったこともあり、経済という側面が、物語の背景に行ってしまった感はありますが…)

 また、特にユニークであったのは、紀国屋文左衛門の存在でしょう。
 聡四郎のある時は強敵として、またある時は助言者として謎めいた行動を見せた文左衛門は、本作の主題である「経済」を代表する存在でありながら、その一方で、物語に登場する様々な権力ともある程度の距離を置いた、きわめて自由な男。
 上田作品に通底するテーマは、権力と対峙した人間の姿・在り方だと個人的には考えておりますが、そう考えると、本作のもう一人の主人公ではないか――そんなことすら考えてしまうのです。

 何はともあれ、時代は大きく動き、聡四郎の戦いもひとまず終わりました。
 経済面に大きな問題意識を持った吉宗が八代将軍となることにより、本シリーズで描かれたような経済面の歪みというものは、ある程度は解決されるのでしょう。

 しかしながら、それだけで、徳川幕府の権力を巡る歪みが解消されるわけでは、もちろんありません。それどころか、一層の歪みが露わになることも――例えば、構造改革の狂騒が過ぎた現在の日本のように――あるでしょう。
 その時こそ、聡四郎の出番が再び回ってくるのではないか――期待混じりに、そう感じている次第です。


「流転の果て 勘定吟味役異聞」(上田秀人 光文社文庫) Amazon
流転の果て―勘定吟味役異聞8 (光文社文庫 う 16-9 光文社時代小説文庫)


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2009.01.12

「あんみつ姫2」 スマイルを体現した井上あんみつ姫

 この年末年始には、それなりの本数のTV時代劇が放送されましたが、私にとっての大本命は井上真央主演の「あんみつ姫2」でした。
 …と書くと、真面目な時代劇ファンの方には怒られそうですが、しかし昨年の第一弾があまりに面白かったのだから仕方ない。そしてその「あんみつ姫2」は、期待通りに、実に年の始めにふさわしい快作でありました。

 相も変わらず城を抜け出しての悪人成敗を続けるあんみつ姫。そんなある日、小姓・甘栗の助の死別したはずの母が、実は生きていたと知った彼女は、甘栗の助と共に吉良吉良国に向かいます。
 しかし着いてみればそこは、好き放題に暴れる悪人・我滅猪生のためにすっかり笑顔を失った地。姫は、国を治める阿久田偉観が主催する武闘会で優勝して、阿久田の力で甘栗の助の母を捜そうとするのですが…

 というのが今回のお話。前作の「ラブ」に対し、今回は「スマイル」がテーマとなっています。
 圧倒的な暴力の前におびえて暮らす人々。母の面影を探して涙に暮れる甘栗の助。そして復讐に凝り固まった謎の剣士・野牛九兵衛――ネガティブな想いに沈む人々に、明るい「スマイル」を取り戻させようと、姫は奮闘することになります。

 これが一歩間違えると、どうしようもなく安っぽい味わいになったり、説教臭くなってしまうところですが、そこはナンセンスコメディの強み。
 まことにしょーもなく馬鹿馬鹿しいギャグやパロディの連発に、あんまり真面目に構えても仕方がないかと、こちらのガードが下がったところに、狙い澄ましたように叩き込まれる泣かせどころ。
 まんまとスタッフやキャスト――特に甘栗の助役の今井悠貴は、前作に引き続き、ドラマの泣かせの部分をほとんど一手に引き受けたような印象。末恐ろしいお子です――に乗せられたと思いつつも、まさにこの点にこそ期待していたので、大いに満足いたしました。

 そして何よりも――「スマイル」を文字通り体現したような井上真央の明るい笑みが、思わずこちらも微笑み返したくなるほどの素晴らしさで、つくづくはまり役であると、感じ入った次第です。


 あえて言えば、町の人々にも自分の力で立ち上がって欲しかったとか、悪役連中にも改心の機会を与えて欲しかったとかはあるのですが、それは贅沢の言い過ぎというものでしょう。
 柳葉敏郎と早乙女太一がいなかったほかは、前作のキャスト/キャラクターもほぼ全員登場、今回も実に楽しそうに物語を盛り上げてくれましたし、エンディングの「ダイヤモンド」も、キャスト総出で歌って踊るカーテンコール状態。最初から最後まで、前回以上にパワーアップした幸福感溢れる作品でした。


 現実世界は「スマイル」が最も乏しい時代になってしまった感がありますが、そういう時だからこそ、本作の明るさ暖かさが、実に嬉しい。
 これからも、正月のたびに井上あんみつ姫のスマイルが見たいものです。


 …にしても竹内力のバカキャラ演技、橋本じゅんかと思ったよ


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2009.01.11

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第1回「禁書の秘密」

 今年一月開始のNHK期待の時代劇は? と聞かれたら、100人中99人、いや10000人中9999人が別のことを答えるかと思いますが、私は真顔で「浪花の華 緒方洪庵事件帳」と答えます。
 若き日の緒方洪庵――章と、謎の男装の美剣士・左近が大坂を舞台に、様々な事件に挑むという趣向の時代劇であります。

 まあ、何故それだけ私が入れ込むかと言えば、それは左近役を栗山千明様が演じるがゆえ以外の何物でもない…
 といきなりぶっちゃけましたが、後の名声は遠く、今は半引きこもりで本の虫の章と、クールな男装の剣士・左近というコンビ設定はなかなか…いや実にユニーク。

 人と接するのが苦手で――商人相手に手も足も出ずに振り回されるのがちょっと愉快――、大坂という町のあり方に馴染めない章が、師から禁書の蘭学書を手に入れるよう命じられたことをきっかけに巻き込まれた殺人事件。
 禁書売りの男が殺され、禁書が何者かに奪われたことを知った章は、その相手――左近を追ったことがきっかけで、かえって左近に振り回され、否応なしに事件に巻き込まれていくというのが今回のお話であります。
 まことに残念なことに、現在わずか三十分枠のNHK時代劇。そんな中で、状況設定から章のキャラ紹介、事件発生にチャンバラ、種明かしに人情噺的オチまで盛り込んでいた今回のエピソードは、導入部として良くできていたと思います。

 まあ、主役二人とも、不思議なくらいカツラが似合わないのにはある意味感心しましたが、これは今後の慣れでしょう。
 これはあからさまに偏った視点ではありますが、男装の美剣士などという、どう考えてもフィクションの中にしか存在しないような存在を描くには、千明様くらい現実の存在感が感じられない人が作り物っぽく演じる方が、かえってもっともらしく見えるようにも思ったり…本当にファンですか。

 ちなみに千明様のチャンバラシーンは、まあ頑張ったなあ、という印象。片手で剣指を作っての武侠チックな構えに、蹴り技まで披露して――左近の相棒(?)・若狭ののワイルドな二刀流もあって――短いながらそれなりに印象に残りました。

 まあ、一部の千明様ファン的には、章との実質初対面の際の、相手を地面に投げ倒し、鐺で喉元を押さえつけた上で、冷たい目で見下ろしながら誰何するシーンが最高の見どころではなかったかと思いますが…


 そ、それはさておき、舞台的にもキャラクター的にも、普通の時代劇とはひと味違って感じられる本作。定番の時代劇も良いですが、こういう変化球もNHKらしいと思いますし、私は大好きです。千明様抜きでも。
 なにげに設定が伝奇してるんですよねえ…


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2009.01.10

「マーベラス・ツインズ契 4 貴公子の涙」 男・花無缺、笑いと涙

 「マーベラス・ツインズ」通算七巻目、「契」でも四巻目の発売であります。今回は、前半は花無缺が、後半は小魚児が中心となって物語が展開、いよいよ「双驕」に相応しい展開となってきましたが…

 三ヶ月後に約した決闘の時まで、束の間の友となった小魚児と花無缺ですが、おとなしく青春していられないのが二人の運命。
 小魚児は、育ての親である十大悪人を罠から救うため、鼠を自在に操る魔人・魏無牙の住処へ向かい、一方花無缺は、鉄心蘭と共に戻った移花宮で、その魏無牙の配下の襲撃を受けることとなります。

 離ればなれになりながらも、図らずも同じ魏無牙を敵に回すこととなった二人ですが、しかしそれぞれ思わぬことから囚われの身となって…という展開。
 特に悲惨なこととなったのは花無缺の側。移花宮伝説の奥義を狙った悪人集団・十二星相が「寅」の白山君と「午」の白夫人の罠にはまり、囚われの身に…

 悪人は山ほど登場しても、どこかコミカルというか漫画チックだった本作ですが、今回登場した白夫妻は、その言動が妙に生々しく、色々な意味で実に厭なカップル。
(特に、超ドMの中年おばさんという白夫人は完全に危険球だと思います)
 武芸の腕では遙かに上でも、赤子のように純真な花無缺ではどうにも分が悪く、内気を使えば三日三晩笑いが止まらなくなり、ついには死に至るという、恐るべき遊絲針を打ち込まれてしまうのですが…

 しかし、今回のハイライトはここからの花無缺の行動。時限爆弾を埋め込まれたに等しい状態の彼の眼前で、今まさにその身を汚されようとする鉄心蘭――相手の心は自分に無いことを知りつつ、そして自分の愛を相手に伝えることも許されぬ状態で、しかし、自分の死をも顧みず、己の内気と感情を爆発させる花無缺!
 最近はだいぶうち解けてきたとはいえ、まだまだ鉄面皮というか、お人形のようなイメージの強かった花無缺。その彼が、愛する者のために命を捨てて立ち上がる姿に感動せずして何に感動しろというのか。あんた男だよ! 今回の主役は、完全に花無缺であります。

 …と言いたいところですが、その先に花無缺を待ち受けていたのは、あまりに無惨な運命。武侠小説において、毒をくらって死にかけるというのは、ほとんど毎回のように登場する定番展開でありますが、今回彼を苦しめるのは、止まらない笑いの発作。
 これまで笑顔一つ見せることがなかった彼が、今度は笑いが止まらなくなるとは…何とも残酷な展開が待ち受けるものです。


 さて、絶体絶命の窮地に陥った花無缺を、小魚児は救い出すことができるのか。小魚児の前に現れた謎の美少女・蘇桜は、物語にどのように絡んでいくのか。魏無牙は、十大悪人は…

 と、これまで以上に先の展開が見えなくなった本作ですが、次の巻からは新シリーズ「マーベラス・ツインズ絆」として仕切り直しとのこと。
 ――が、携帯で配信とな!? まさか書籍で出さないということはないかと思いますが…そんなことになったらさすがに温厚なワシもブチ切れますよ。


「マーベラス・ツインズ契 4 貴公子の涙」(古龍 コーエーGAMECITY文庫) Amazon
マーベラス・ツインズ契 (4)貴公子の涙 (GAMECITY文庫)


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 「新絶代雙驕前傳」パッケージ内容 限定版は国を問わず?
 「マーベラス・ツインズ」ドラマCD 可もなく不可もなく…?
 「マーベラス・ツインズ契 1 だましあい」 運命に抗する第一歩
 「マーベラス・ツインズ契 2 めぐり逢い」 絶代英雄、誕生の序曲
 「マーベラス・ツインズ契 3 いつわりの仮面」 まさかの大逆転…


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2009.01.09

「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第2巻 帰ってきた林冲!

 異色水滸伝コミック「ネリヤカナヤ」の第二巻がついにと言うかようやくと言うか、発売の運びとなりました。
 第一巻が発売された後、版元の破産で続巻の商業出版での刊行(本作は元々は同人誌として発表されている作品であります)がかなり難しくなったと思われたところに、版元をメディアックスに移しての続行というのは、ファンとしてはまことに嬉しくありがたい話であります。

 それはさておき、この二巻では、前半で登州の毛家を巡る争いが、後半では高キュウを除かんとする王進たちの死闘が描かれることとなります。
 ここで水滸伝ファンであれば「?」となるか「!」となるかと思います。登州の毛家と言えば、原典では中盤(のはじめ辺り)に描かれるエピソード。しかも原典のこの件では林冲は全く関わってこないのですから。

 しかし本作の林冲の設定を見直せば、彼は尚書省刑部長官付きの間者(巡視官)。登州に向かったのも中央と結んでの汚職の証拠を求めてのことであり、その点からすると、このエピソードは、原典から持ってくるのに規模的にも内容的にも手頃だったのかな? と考えられないでもありません。

 そして後半は、東京開封府に舞台を移してぐっと原典に近い――というより原典での林冲エピソードのスタート地点はここなのですが――展開。
 もっともこちらでは、高廉(!)を懐刀に、宋朝の中枢を腐らせていく高キュウを暗殺するため、王進将軍が刺客に名乗りを上げるも…というアレンジが為されており、林冲の設定と合わせて、より「腐敗した権力との対決」という姿勢を明確にした本作ならではの展開という印象があります。

 その一方で、林冲と魯智深(本作では有髪なんですが、いい感じにダメ人間で素敵)の友情、陸謙の転落など、人物描写も時にコミカルに時にシリアスに、達者に描かれており、キャラクターものとしての水滸伝の楽しさにも目配りされていると感じます。


 そして次の巻では、いよいよ林冲の受難が描かれる模様…様々なバージョンの「水滸伝」物語においても、ほとんど必ず描かれるこのエピソードを、如何に本作ならではの味付けで描くことができるか。
 辛い内容のエピソードではありますが、目を逸らさずに見届けたいと思います。――本作を再び読むことができる幸せを噛みしめつつ。
(にしても丸善では平積みで置かれていたのには少々吃驚しました)


「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第2巻(朱鱶マサムネ メディアックスAXE COMICS) Amazon


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2009.01.08

「妻は、くノ一」(短編) もう一つの「妻は」

 能筆であることしか取り柄のない、須佐弥一郎のもとに美しい妻・志乃がやってきた。だがある日、弥一郎は、愛妻がある密命を帯びたくノ一であることを知ってしまう。妻を護るため、弥一郎はある行動にでるが…

 先日、角川文庫から刊行された「妻は、くノ一」には、原型となったと思しい短編があります。
 それが、十年前の「時代小説大全」に発表された後、今はなき桃園文庫のアンソロジー「遙かなる道」に収録された本作であります。

 長編版との共通点は、主人公が女性にモテないうだつの上がらない侍であることと、その男のもとにやってきた美しい妻が実はくノ一だった、という導入部くらいで、後の展開は――もちろん長編と短編ということもあり――大きく異なるのですが、こちらはこちらでなかなか興味深い作品であると思います。

 本作の冒頭に付されたのは「――試験とは、江戸のころから、いかに人の心を愚弄しつづけてきたことだろうか。」という一文。
 これが本作にどのような意味を持つか、詳しくは触れませんが、ここから感じ取れるのは、「愚弄」される者への哀しみと、「愚弄」する者への静かな怒りであります。

 最近の作品は、どこかとぼけたユーモアで巧みに包まれているため、さほど直截には現れてきませんが、昔から風野先生の作品の根底に流れるもの、物語の原動力となっているのは、こうした弱者への共感と言うべきもの。本作ではこの部分が、より直截的に描かれており、ある意味風野作品の源流を垣間見た思いです。
 そして、部分が最新長編ではどのように描かれているか、読み比べてみるのもまた一興でしょう。


 残酷な運命に「愚弄」された果てに、何とも索漠とした――志乃が弥一郎に遺した最後の言葉には、胸をかきむしられるような重さがありました――結末を迎えた本作。
 長編版ではまた別の結末を迎えることができるよう、心の底から祈る次第です。


「妻は、くノ一」(風野真知雄 桃園文庫「遙かなる道」所収) Amazon


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 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2009.01.07

「必殺仕事人2009」 一年半ぶり、帰ってきた仕事人!

 もう少し再会できるかな? と思っていたのですが、存外時間はかかって、約一年半ぶりの登場となった「必殺仕事人2007」…いや「必殺仕事人2009」が、いよいよTVシリーズとして復活。その前のスペシャル版が、4日に放送されました。
 登場するのは「2007」同様、小五郎(東山紀之)・涼次(松岡昌宏)・源太(大倉忠義)に加えて中村主水の面々。そこに小五郎の同門の浪人・伊左衛門(沢村一樹)や「2007」にも登場したくノ一の玉櫛(水川あさみ)が絡んで二時間近くの長丁場であります。

 さて今回のスペシャル、第一印象としては、完全に「2007」の延長ということもあって、良くも悪くも「2007」と同様の感触。しかし既にキャラクター設定は所与のものとなっているので、その分余裕のあるストーリー展開ではあったと思います。
 そのストーリー展開は、老人医療というか薬価問題+地上げネタで、キャスティング的に明らかに若い層をメインターゲットにしているのに、このネタはいかがなものかと思いましたし(今時地上げネタというのも…ねえ)、それなりに予防線(?)は張ってあるとはいえ、御府内で一つの町内丸々虐殺する悪人どもというのもどうなのかな、とは思いましたが、仕事人四人のそれぞれのドラマが並行して描かれていった末の頂点としての仕事シーンという、当たり前と言えば当たり前の展開が、至極真っ当に描かれていたこともあり、なかなか楽しむことができました。

 また、特に印象に残ったのは、今回のゲストキャラの一人・伊左衛門であります。
 剣術自慢で世直しを目指す浪人、仕事人をクズ呼ばわりして敵視する…というと一見明朗な剣士に思えますが、その実、自己顕示欲が強く、独善的な人物、という設定なのが面白い。単純な正義漢でもなく偽善者でもなく――後者寄りではあるのですが――人間臭い男が、巨大な悪意に触れるうちにその歪みを増幅させ、ついに悪の道に…というのは、最近の必殺ではちょっと珍しいキャラクターではないでしょうか。
 その伊左衛門を演じるのが、好青年からエロキャラ、変態まで幅広い芸域を持つ沢村一樹だったので、また善悪ともつかぬ味があって、なかなかよかったのであります。

 そしてちょっと意外な役回りというか何というかだったのは、涼次とは浅からぬ因縁で結ばれたツンデレくノ一・玉櫛。「2007」からの出演ということもあり、中盤は涼次とのコミカルなシーンもかなりあって、涼次ともども良いキャラクターだなあと思っていたところで大どんでん返し。まさか、悪人側に寝返った伊左衛門の最初の犠牲者にされてしまうとは…
 完全にレギュラーになるものだと思っていたので、ちょっと意外すぎる――まあこれはこれで必殺らしいと言えなくもないのですが――退場に唖然愕然。正直なところ、ちょっともったいなさすぎる扱いでは…とは思うのですが、この展開のおかげで、今回のあまりに安すぎる仕事料でも、涼次が仕事を引き受けることに大きな説得力が生まれたのは、痛し痒しといったところでしょうか。


 必殺シリーズも30周年、長いような短いような印象ですが、やはりそれだけの期間の積み重ねは途方もないもの。当然のことながら、厳しいファンも多いわけで、この「2009」も、スタート当初から相当厳しい目で見られているのではないかと思います。
 私も必殺ファンのはしくれではあり、本作…というより最近の必殺に思うところがないわけではありませんが、もともと加点法の見方が好きなこともあって、まあ過去は過去、今は今という気持ちでつき合っていこうかな、と思っている次第。
 その意味では、今回のスペシャルはきちんと楽しむことができたと思います。この「2009」の真価が問われるのは、これから始まるTVシリーズの内容如何かとは思いますが、まずは前向きに楽しむこととしたいと思っております。

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2009.01.06

「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

 平戸藩の御船手書物天文係で星の知識以外に取り柄のない変わり者の雙星彦馬が、美しい妻・織江を娶ることとなった。が、仲睦まじい結婚生活を送ったのもつかの間、織江は一月で姿を消してしまう。織江を探し求める彦馬は隠居届けを出して江戸に向かうが、実は彼女は平戸藩を探るくノ一だった…

 十二月の角川文庫は時代小説フェアということで、いつになく様々な時代小説が刊行されましたが、その中の(個人的)目玉は本作、風野真知雄先生の「妻は、くノ一」です。
 タイトルだけ見て、以前に「時代小説大全」に掲載された同名の短編の長篇化かと思いましたが(そんなこと考える人はそうそういないでしょうが)、タイトルが同じだけで内容は全く別物。最近の風野作品からすると、ちょっとだけ異色の作品であります。

 主人公の彦馬は、一口に言ってしまえば喪男。空の星に魅せられて、実家の田畑を売り払ってまで望遠鏡を買ってしまうような天文オタクで、侍としての実務には馴染めない性格です。
 ビジュアル的にも今一つで、まあ今も昔もモテないタイプであります(あ、書いてて何だか胸が痛くなってきた)。

 一方の織江は、そんな彼には勿体ないくらいの慎ましやかな美人ですが、その実は、江戸から潜入してきたくノ一、御庭番。
 江戸には病身の母を抱え、非番の時には同僚くノ一と飲みながら妙に生々しいグチをこぼす(この辺りの妙にすっとぼけた空気は風野作品ならでは)という、ちょっと切ない暮らしを送っています。

 そんな、己の暮らしにどこか満たされないものを感じている二人が出会うことで始まる本作。
 たった一月でも彦馬にとっては一生愛すと誓った妻、たとえ任務でも――それもこのような任務は初めてではなくとも――織江にとっては初めて惹かれた男…かくて、本来であればそのまま二度と出会わないはずの二人のドラマが、始まることとなります。

 スパイが、潜入先の異性と、真剣な恋に落ちるというのは古今東西で描かれるストーリーというのは、時代ものでも決して珍しい趣向ではありません。
 しかし本作では、主人公二人を、時代ものならではの突飛さを持ちながらも、どこか現代にも通じるパーソナリティを備えた一個の人間として描くことで、我々読者にも大いに共感できる作品として仕上げているのが実にうまい。
 この辺りの呼吸は、いかにも風野作品であると感じさせられます。

 しかし、そんな二人の運命を動かすのは、かの松浦静山を擁する平戸藩と、その行動に疑いを持ち探索を始めた幕府という、二つの巨大な力のせめぎあい。
 一個人にはどうしようもないと思える状況に、果たして二人の想いの行方は…と、今のところ、さまで深刻に感じられないのも風野節ではありますが、しかし、ここまで応援したくなるカップルも珍しいのではないかと思います。

 本シリーズは三ヶ月連続刊行、少なくともあと二巻は続くこととなりますが、さて二人の純愛が叶う日は来るのか。本作のラストで松浦静山がとんでもないことを口走ったりして、まだまだ二人の前途は多難ですが…しかし実に先が楽しみなのです。


「妻は、くノ一」(風野真知雄 角川文庫) Amazon
妻は、くノ一 (角川文庫)

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2009.01.05

「虹の天忍 服部半蔵伝」第一回 とみ版忍者漫画の味わいや如何

 昨年末に発売された「コミック乱」最新号から、とみ新蔵先生の新作「虹の天忍」が連載開始。
 とみ先生といえば、同誌でこれまで連載していたのが「柳生連也武芸帖」「柳生兵庫助」ということもあって、剣豪作家というイメージがありますが、今度の作品はタイトルからもわかるように忍者ものであります。

 冒頭は慶長年間、家康と二代目服部半蔵の会話から…言うまでもなく水魚の交わりの主君と忠臣の二人ですが、しかし本作においてはいささかその雲行きが怪しげ。何しろ、秀忠を二代将軍に就けようとする家康を、半蔵が難詰し、家康は何と半蔵と同じ位置にまで降りて、手を突いて許しを請うのですから…!

 と、そこで舞台は弘治年間――冒頭から約五十年前に移ります。そこで描かれるのは、少年時代の二代目半蔵をはじめとして、厳しい修行に明け暮れる少年たちの姿。
 やあ、しっかり忍者漫画だなあ…などと暢気なことを考えていたら、次いで初代半蔵の立ち会いの下で、彼らを二つに分けて始められたのは、「選抜の儀」こと負ければ死、の真剣勝負。果たしてその意図は…

 というところで以下次号、ということと相成りますが、今回は第一回ということもあってまだまだ全体像は見えない状況。
 しかし、冒頭でいきなり二代目半蔵に手を突く家康といい、初代半蔵の下で繰り広げられる死の特訓といい、家康や半蔵たちが掲げる「天帝」の存在といい、一筋縄では行かない作品になることは間違いないでしょう。
 個人的には、淡々と少年たちが死に向かっていく様が、その「儀式」感も相まって、却って煽りが入ったりしない分残酷に感じられて印象的でありましたが、この先も、とみ先生ならではの忍者漫画を見せてくれることでしょう。


 残念ながら「赤鴉」が今回で最終回となってしまったのですが、「コミック乱」誌はまだまだ油断できない雑誌のようです。
(しかし冷静に考えると高見まことわたせせいぞうが連載している時代漫画誌ってすごいですね)

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2009.01.04

「百鬼夜行絵巻の謎」 百鬼夜行の道筋を追って

 新刊リストでタイトルを見た時から気になっていた、小松和彦先生の「百鬼夜行絵巻の謎」を読みました。
 百鬼夜行絵巻といえば、妖怪好きにとってはお馴染みの、驚くほどのバラエティに富んだ妖怪たちが、実に躍動感をもった筆致で描かれた絵巻ものですが、その絵巻の成立史における新たなる発見が、本書の主題であります。

 一口に「百鬼夜行絵巻」といっても、実に様々なバリエーションが存在するもの。それは、優れた作品が、参考にされ模写されることにより流布されていくことを考えれば別に不思議ではありませんが、しかしそれには、そうした作品群のオリジナルが存在するはず。
 これまでの研究の中では、そのオリジナルを中心として想定されてきた絵巻成立史が、しかし、ある絵巻の発見から、完全に覆されていくその過程が、本書では丹念に描かれていきます。

 その絵巻とは、昨年の夏(本当につい先日!)に発見された「百鬼ノ図」と呼ばれる絵巻。
 様々な器物の怪や擬人化された動物など、ある意味百鬼夜行の定番的なイメージの妖怪たちが生き生きとしたタッチで描かれた後に、後半1/3に至って、妖怪たちを飲み込む巨大な黒雲の姿が描かれ、最後はその黒雲の中に、謎めいた魔物の影が描かれて終わるという、それ自体、非常に印象的な作品です。

 本書では、上に述べた百鬼夜行絵巻バリエーションのどれとも異なるこの「百鬼ノ図」を、国内外の百鬼夜行絵巻の伝本六十余と――すなわち、現時点で判明しているほぼ全ての絵巻バリエーションと――分類・比較することにより、その成立史におけるコペルニクス的転回を導き出すこととなります。
 一つの証拠を元に、推論と丹念な分析を経て、新しい解答を導き出すというのは、学問研究の当たり前のステップではありますが、本書ではそれを、豊富な図版を引用し、私のような妖怪が好きなだけの素人にもわかるように、そして素人考えの疑問も差し挟めないように、明確に示してくれるのが実に愉しく、興味深く感じられたことです。


 もちろん、本書に記された内容をもって、その成立史の謎の全てが解けたわけではありませんし、この先、その謎が全て解けるという保証もありません。
 しかし、まことに得体が知れない存在である百鬼夜行絵巻の成立し、すなわち百鬼夜行の辿ってきた道筋を考えるという試みが、これほどエキサイティングなものであると教えてくれた本書には、心から感謝したいと思います。そしてもちろん、この研究がさらに前進していくことを、心から祈る次第です。

 それにしても「百鬼ノ図」の最後に描かれた、角ある動物に騎乗した、巨大な角持つ者は何者なのか…アカデミックな話の後で恐縮ですが、これも伝奇者的には実に愉しい謎であります。


「百鬼夜行絵巻の謎」(小松和彦 集英社新書) Amazon
百鬼夜行絵巻の謎 (集英社新書ヴィジュアル版)

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2009.01.03

「陽炎の辻 居眠り磐音江戸双紙 スペシャル」 いつも通りの楽しさで

 早いもので今年の三が日ももうおしまい。明日くらいからは世間様もほぼ通常営業ですが、今日くらいは、ということでNHKの正月時代劇「陽炎の辻 居眠り磐音江戸双紙」のスペシャル版、「夢の通い路」を観ておりました。

 約一ヶ月半前まで放送していたTVの第二シリーズの方は、磐音とヒロイン・おこんがもうすぐ祝言を挙げるかな…というところで終わりましたが、今回は特にそのネタを使うこともなく(ついでにおこんのプチ鬱もあっさり治っていて)、いつもと変わらぬ磐音様の活躍の拡大版といった印象。
 基本的なストーリーは、と江戸城の石垣修理の代金を用立てた今津屋が、伊豆の石切場までその六千両を運ぶことになり、磐音たちがその護衛につくことになるも…というお話。その道中に、第一シリーズで亡くなった今津屋の妻・お艶と瓜二つの女性・お絹も同行することになってさあ一波乱という趣向であります。

 特にこのブログで感想は書きませんでしたが、もちろんTVシリーズもほとんど見ていて、特に第二シリーズは、時間がわずか三十分になった中で、よく毎回起承転結をつけてお話を成立させているなァと感心していたのですが、今回は一挙三倍の時間ということで、話運びにも余裕が感じられる作りで、安心して見ていることができました。
 スペシャルといっても、お話や展開自体は全くもっていつも通り、舞台が江戸を離れた他は、スペシャルらしいイベントとしては、上記の檀れい演じるお絹の登場くらいでありましたが、このくらいの安定感もまたこの番組らしいという気もいたします。
(珍しく磐音が悪人に対して怒りを露わにするシーンがあったのが面白かったのですが、この悪人が本当にトンチキだったのがちょっと残念)

 正直に言ってしまえば、感想としては「普通に面白い」という、ある意味感想書きの務めを放棄したような言葉が出てきてしまうのですが、ファンが求めているのはいつも通りの磐音、いつも通りの面々のいつも通りのドラマなのですから、正月なんだからあんまり深刻にならないで観られるというのも、実に大事なことだと思います。去年の正月時代劇はちょっと重かったですからね。

 お屠蘇気分、という言葉は既に死語になっているような気もしますが、今回のスペシャルはまさにそういう感覚で観るのにピッタリであったように思います。
 果たして第三シーズンがあるかはまだわかりませんが――役者側の都合、なんてことがなければまずあるのではないかと思っていますが――その時も、今回のようにいつも通りの楽しい作品が観られればいいな、と思っております。


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2009.01.02

「南総里見白珠伝 紅無威おとめ組」 理屈抜きの八犬伝異聞

 桔梗の友人で稲葉正明の娘・礼姫が何者かに拐かされた。折しも稲葉家で不穏な動きがあることを知った桔梗は、小蝶・萩乃、そして戯作者希望の滝沢左七郎とともに稲葉家の領国・館山に向かう。そこで紅無威おとめ組を待っていたのは、里見家にまつわる八つの白珠にまつわる大騒動だった!

 お正月は理屈抜きの娯楽作品を、というわけで、カラフルでキッチュな装丁も楽しい「紅無威おとめ組」の第二弾。これがまた、なんとなんと、かの「南総里見八犬伝」異聞とも言うべき大冒険活劇であります。
 「南総里見八犬伝」といえば、時代伝奇小説の大先輩ですが、その成立には実は滝沢左七郎、後の曲亭馬琴が巻き込まれたある大事件があった、というまことに米村作品らしい人を食った趣向です。

 ある作品の成立の陰には、実はこんな秘密が…というのは、古今東西で見られるパターンですが、本作では、プレ八犬伝とも言うべき史実(?)と、左七郎自身が経験した事件をオーバーラップさせるという、ある意味メタな手法で描かれる内容は、八犬伝ファンであればニヤリとくる(か、真っ赤になって怒り出す)ものばかりです。

 しかしこうした趣向に物語の本筋が負けてしまっては意味がないのですが、その点は、個性の固まりのような紅無威おとめ組にとっては心配御無用。
 実は松平定信の妹の女剣士・桔梗に陽気なかるわざの達人・小蝶、発明と無駄なお色気担当の萩乃――時代小説の世界にはよくいるようでいて、やっぱりそうはいない三人娘が、伝説も宿命もあるものかはと暴れ回る様は、理屈抜きの華やかさと楽しさがあります。

 そのフリーダムぶりは、クライマックスで頂点に達し、もはや時代伝奇というよりファンタジーの地平へ。元ネタをも遙かに抜き去っての飛ばしっぷりは、好き嫌いは分かれるだろうとは思いますが、私的にはもちろんOK。時代小説では久々に真っ正面からの妖術合戦を楽しむことができました。

 ただ唯一残念だったのは、クライマックスで三人娘の名乗りが見れなかった――というより約一名ロクに出番がなかった――ことで、ここはやはり様式美として大事にして欲しかったなあとは思うのですが。

 それはさておき今回のお話もめでたく大団円――ではあるのですが、その一方でおとめ組の存続にも関わりそうな展開が進行中。
 ここで「続きはまたのお楽しみ」というのは実にずるい、続きが気になりすぎる! と、作者の手にまんまとはまってしまった次第です。


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2009.01.01

本年もよろしくお願いいたします

 本年もどうぞよろしくお願いいたします。
 昨年は「禍福はあざなえる縄のごとし」という言葉通りの一年でしたが、今年は良いことばかりの一年になって欲しいものです。
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 昨年も時代小説の刊行点数は非常に多く、まだまだブームは健在と感じさせられましたが、しかし肝腎の時代伝奇小説の方は減少する一方…と、一年前にも同じことを書いていたような気がしますが、こればかりはここで嘆いていても仕方ない。
 せめて、少しでも楽しい作品を皆さんに知っていただけるよう、微力ながら頑張ります。

 ここで一年前のご挨拶を見直してみたら、昨年やると言ったことが結局できていなかったのに愕然としますが、今年こそ
・過去に当ブログで取り上げた作品の作者別索引
・登場人物から逆引きできる作品リスト
を作りたいですね。

…と言いつつ、年越しでは水滸伝ネタばかり漁っていましたが――


 何はともあれ、伝奇時代劇アジテーターとして本年も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。


三田主水 拝

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