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2009.01.16

「隠密利兵衛」(その二) 死闘の中に浮かぶ人間像

 昨日からの続き、「隠密利兵衛」収録のうち、残り三篇の紹介です。

「いのしし修蔵」
 四話目に収録されているのは、猪駆除の一大事業に揺れる対馬藩の様を背景に描かれる、ある男の数奇な一生を描く作品。
 少年時代から兵法に異常な天稟を示した対馬藩士・曲修蔵は、しかしそれ故の増冗漫から単身猪の群に挑み、重傷を負って不具の身と成り果てます。
 己の居場所をなくし、家を飛び出した修蔵が、元忍びの不思議な老人の下で修行した末に達した境地――それは、空の空とも言うべきものでありました。

 倨傲の輩が修行の末に完成した人格の人物となる、というのは剣豪小説の定番中の定番ではありますが、本作では修蔵が経験する様々な事件の描写がいかにも柴錬チックで楽しめるのと同時に、物語の背景であり、修蔵の運命を大きく変えた、対馬藩の公共事業としての猪狩りの設定も面白く、決して陳腐な物語ではありません。
 何よりも、修蔵の心情を、特に晩年には最小限に抑えた客観的な描写が、本作に独特の味わいを与えています。


「白猿剣士」
 五話目は、白狼流を名乗る邪剣士・大棚三郎太が、宿敵である白猿流の瀞無二斎との最後の決闘に至るまでの姿を描いた作品ですが、三郎太の存在は、通常の剣豪小説であれば、悪役そのものであるのが面白い、というか衝撃的、というか…
 神仏を畏れる心を持たず、ただ兵法を己の力を誇示するものと信じ、ことさらに俊英・麒麟児と呼ばれる相手(それも自分とは対照的に颯爽とした男ぶりの者ばかり)を次々と血祭りに上げる――その凶行は、まさしく時代小説の悪役に相応しいものであります。
 しかしながら、柴錬先生のどこか淡々とした筆致を通して浮かび上がってくるのは、三郎太のこの言動も、兵法者として、剣に生きる者として一つの典型であるということ。彼の姿は、悪役という分かり易い言葉よりもむしろ、剣聖のネガとして評されるべき…と感じられます。そしてそれだけに、本作のタイトルが「白狼剣士」ではないのが、強烈な皮肉として感じられることです。


「会津の小鉄」
 本書の掉尾を飾るのは、今なお組織の名としてその名を残す会津の小鉄。単なる町人の子が、幕末の混乱期に、頭角を現し、京に冠たる一大勢力の長となる――というのは、これはこれで面白い題材ですが、しかし剣鬼というには違和感がある。さらに言えば、柴錬先生はこの手の人物が大嫌いであったはず…ではありますが、一読、その疑問は氷解します。

 義理も人情もなく、ただ己の欲望の赴くままに暴れ回る小鉄。その、人間悪を凝り固めたような前半生には、陰ながら彼を護る一人の剣客の姿があった…というのが、本作の趣向。
 自ら「この世で最も嫌いなたぐいの男」「本当はお前を斬りたかった」と小鉄に対し吐き捨てながらも、なお彼を守り続ける浪人剣士・早小場安六こそが、本作の真の主人公であると、読者はやがて気付くのです。
 ひたすら没義道に生き続ける小鉄と、たった一つの恩義のために、己の信条に反しようと孤剣を振るう安六…その生涯はあまりに対照的であり、そしてどちらの名が歴史に残ったかと思えば、複雑な気持ちにもなりますが…しかし、どちらが人として望ましき生き方、在るべき身の処し方として、作者が考えているかは明らかでしょう。
 なるほど、剣鬼でもない、おそらく作者も嫌っているであろう類の人物を主人公としたのは、このためであったかと感心させられた次第です。


 以上六話、描かれる「剣鬼」の姿は様々ですが、生死を賭けた死闘の中に、人間の生の姿が――そして人間のあらまほしき姿が――浮かぶのは共通した点でしょう。
 柴田錬三郎先生が、単なる剣豪作家ではなく、透徹した人間観察の眼を持っていたことの、本書は一つの証拠と言ってもよいかと思います。


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 「隠密利兵衛」(その一) 剣鬼として、人間として

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