「妻は、くノ一」(短編) もう一つの「妻は」
能筆であることしか取り柄のない、須佐弥一郎のもとに美しい妻・志乃がやってきた。だがある日、弥一郎は、愛妻がある密命を帯びたくノ一であることを知ってしまう。妻を護るため、弥一郎はある行動にでるが…
先日、角川文庫から刊行された「妻は、くノ一」には、原型となったと思しい短編があります。
それが、十年前の「時代小説大全」に発表された後、今はなき桃園文庫のアンソロジー「遙かなる道」に収録された本作であります。
長編版との共通点は、主人公が女性にモテないうだつの上がらない侍であることと、その男のもとにやってきた美しい妻が実はくノ一だった、という導入部くらいで、後の展開は――もちろん長編と短編ということもあり――大きく異なるのですが、こちらはこちらでなかなか興味深い作品であると思います。
本作の冒頭に付されたのは「――試験とは、江戸のころから、いかに人の心を愚弄しつづけてきたことだろうか。」という一文。
これが本作にどのような意味を持つか、詳しくは触れませんが、ここから感じ取れるのは、「愚弄」される者への哀しみと、「愚弄」する者への静かな怒りであります。
最近の作品は、どこかとぼけたユーモアで巧みに包まれているため、さほど直截には現れてきませんが、昔から風野先生の作品の根底に流れるもの、物語の原動力となっているのは、こうした弱者への共感と言うべきもの。本作ではこの部分が、より直截的に描かれており、ある意味風野作品の源流を垣間見た思いです。
そして、部分が最新長編ではどのように描かれているか、読み比べてみるのもまた一興でしょう。
残酷な運命に「愚弄」された果てに、何とも索漠とした――志乃が弥一郎に遺した最後の言葉には、胸をかきむしられるような重さがありました――結末を迎えた本作。
長編版ではまた別の結末を迎えることができるよう、心の底から祈る次第です。
「妻は、くノ一」(風野真知雄 桃園文庫「遙かなる道」所収) Amazon
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