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2009.01.22

「仮面疾風」 消えゆく陰の行方

 金春太夫安照の弟子・浩次郎は、師から名工・龍右衛門の作にして、天下を鎮める力を持つ「天下の三面」を探し出すよう命を受ける。旅の最中、石川五右衛門、ややこ踊りの芙紗ら、陰の流れを汲む者たちと出会い、行動を共にした浩次郎は、消えゆく陰の流れの存在と、己のルーツを知ることになるが。

 最近は作品が少なく残念なのですが、時代伝奇小説の佳品を幾つも発表している大久保智弘先生は、私にとって気になる作家の一人です。
 本作「仮面疾風」も、そんな大久保先生の作品の一つ。秀吉が天下統一を進めていく時代を背景に描かれる本作の中心となるのは、実在する能面であり、今なお「雪・月・花」の面として伝わる「天下の三面」。名品中の名品として知られる能面であります。

 三つの能面を巡る物語といえば、安倍龍太郎先生の「彷徨える帝」を思い出す方もいらっしゃるかと思います。
 しかし、大きく異なるのは、面の探索行を通じて描かれるのが、あちらが国の在り方、権力の行方であった一方で、本作は、表の歴史の背後で生きてきた陰の世界と、その住人たちの行方であることでしょう。

 天皇や貴族、将軍や大名たちが天下を治め、争う世界――表の歴史、光の当たる世界の裏側には、通常の社会規範から離れ、己の技芸をもって生きていく流浪の民の存在があったことは、これは様々なところで指摘されていること。
 他では道々の者などと呼ばれ、本作では「陰の流れ」と呼ばれる彼ら――芸能者、忍者、武芸者などの人々が、表の体制に組み込まれることなく生きていた最後の時代である戦国末期を舞台に描かれる本作では、彼らの生き方とその終焉の姿が、時に静かに、時に激しく描かれていきます。

 しかし本作のユニークな点は、その中でも特に、能というものの持つ様々な性格を、前面に押し出してきていることでしょう。
 主人公の浩次郎は、秀吉に庇護を受ける金春太夫安照の愛弟子であり、人並み外れて優れた審美眼を持つ青年。その彼が伝説の面を求めて往く旅は、必然的に能という存在と密接に結びつき、物語の諸所で、浩次郎が能を舞う場面が現れます。
 ここで描かれる能は、単なる芸能というだけではなく、ある時は浩次郎の感情の発露であり、ある時は人と人とのコミュニケーションであり、またある時は過去の情景を甦らせるものであり…ある意味、芸道小説的側面をも、本作は持っているのです。

 もっとも、それゆえか、見事に伝奇的な題材やキャラクターを用いつつも、本作から受ける印象はむしろ静かで、よく言えば落ち着いた、悪く言えば地味なもの。短編連作的にエピソードの積み重ねで物語を展開していく構成ゆえか、かなりおとなしめの印象を受けるのも、また事実ではあります。

 とはいえ――結末に待ち受けているあるどんでん返しは、そんな印象にもかかわらず――いやむしろそれゆえに――実に衝撃的なもの。
 大げさに言えば、物語の構造が180度変わって見えてくる結末に、大いに感心させられました。


「仮面疾風」(大久保智弘 講談社) Amazon
仮面疾風

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