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2009.01.27

「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」 二人の距離、大坂との距離

 大坂で蘭学を学ぶ章(後の緒方洪庵)の周囲で次々と起こる事件。大坂を陰で護る「在天別流」の男装の麗人・左近と共に、事件解決に奔走する章だが、いつしか二人の距離は次第に縮まっていく。だが、しかしやがて章が大坂を離れる日が…

 現在NHKで放送中の「浪花の華」の原作小説の一つ、「禁書売り」に続くシリーズ第二弾であります。今回も前作同様の連作短編形式、「神道者の娘」「名目金貸し」「北前船始末」「蘭方医」の全四話が収録されています。
 既に前作で章や左近の人物設定や周囲の状況の説明が行われているため、前置きなしで物語に入っていくことができるのは大きな強み。本書でも、前作同様、当時の大坂特有の風物・文化・制度を背景に、本作ならではの、本作でしか描くことができない物語が描かれていきます。

 そんな中でも、最も強く私の印象に残ったのは、表題作である「北前船始末」。
 積み荷を巡るトラブルから傷を負った北前船の船頭が連れていた少女を診察することとなった章。船頭が少女を連れていることの不自然さに気付いた章は、船頭や大坂の問屋たちに顔の利く左近と共に、一連の事件の背後にある秘密に迫るのですが――

 上記の通り、当時の大坂特有の状況に起因する事件を描く本シリーズらしく、本作でも、当時の商品物流を巡る、大坂商人と周辺の新興商人の争いが描かれるのですが、しかし本作の面白いのは、それだけに留まらず、もう一つの当時ならではの背景事情が、事件のそもそもの成り立ちに深く絡んでくることでしょう。
 その事情が何か…それはここでは語りませんが、章の、緒方洪庵の後の事績を知っていれば、なるほど、と思える趣向なのが何とも心憎い。さらに、この事件で少女が果たした役割は、ミステリとしても実に面白く――そして当時では無理もない知識の不足がさらに事態を混乱させるのもまたうまい――なるほど、表題作であるだけのことはある、と感じた次第です。


 さて、一つのシリーズとして本作を見た場合、少しずつ――しかし大きく変化していくのが、章と左近との関係。はじめは最悪に近い形で出会い、その後も、それぞれの依って立つ立場のあまりに大きな違いから、幾度もすれ違う二人が、しかし、共に事件に挑むうちに、その距離を縮めていく…
(ちなみに、前作「禁書売り」と本書の表紙絵を比べて見ると、二人の距離の違いが明確に表れていて何とも微笑ましいのです)

 こうした物語展開は、もちろん、男女コンビものでは定番中の定番ではありますが、しかし本作においては、二人の関係の変化が、章という青年の成長過程と重ね合わせて描かれていくのが実によいのです。
 世間知らずの本の虫だった章が、大坂という独特の世界の中で戸惑い、その大坂の化身のような――ちなみに彼女もまた、根底においては大坂人たり得ないという設定がまたうまい――左近と共に行動するうちに、大坂という町を理解し、そして己がそこで果たすべき役割を自覚していく…いわば二人の間の距離は、章と大坂の間の距離とイコール、なのであります。

 本書は、章が大坂を離れ、新たなる修行の地である江戸に向かおうとするところで幕を下ろし、シリーズは(今のところ)全二巻という形となっています。
 しかし、章と大坂の関係がそこで切れてしまったわけではなく――それどころか修行の末に再び訪れた大坂で、彼が大きな役割を果たしたことは、歴史が明快に示す通りであります。
 そうであるならば、章と左近も再び出会い、そこから新たな物語が始まってもよいのではないか…シリーズの再開を、今は心から望んでいます。


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北前船始末―緒方洪庵浪華の事件帳 (双葉文庫)


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