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2009.02.28

「完全版 本朝奇談 天狗童子」 帰ってきた物語

 ある晩、上州否含山の山番で笛の名手の老人・与平のもとに、大天狗とカラス天狗・九郎丸が現れた。九郎丸に笛を教えて欲しいという依頼を引き受けた与平は、天狗の力を与えるカラス蓑をはがされて普通の少年の姿となった九郎丸と一緒に暮らす内に、九郎丸を人間として生かしたいと考え始める。ついにカラス蓑を焼いてしまった与平は、その咎で大天狗の裁きを受けることとなるが、そこで与平が聞かされたのは、九郎丸の出生の秘密と、意外な依頼だった。

 室町後期を舞台とした、童話めいた味わいのファンタジー「天狗童子」が、完全版となって帰ってきました。本作については、以前もこのブログで紹介したところですが、完全版と聞いては見逃せず、ここに取り上げた次第です。

 本作の内容は、基本的に前の版とほとんど変わりませんが、最大の違いは、終盤で語られる、その後の九郎丸の物語が、より詳細なものとなったことであります。
 完全版のあとがきによれば、前の版で、九郎丸のその後の描写が少なかったことへの不満がずいぶんと集まったようで――私もブログで「些か駆け足となった感もありますが」と書いていたのを思い出します――作者自身も残念に思っていたことから、その部分を補ったのがこの度の完全版、とのことです。


 さて、久々に手に取った本作は、やはりどこまでもおだやかでのどかな味わいで、読んでいてほっとさせられる作品なのは相変わらず。善意の固まりのような与平じいさん、やんちゃながら子供らしい純粋さを持つ九郎丸と茶阿弥、彼らを見守る大天狗たち…物語の舞台となるのは、下克上の風潮が始まった血生臭い時代ですが、そんな中で、彼らの周りは、まるで天狗たちが住まう「瓢洞天地」のように、別世界のような温かさがあります。

 しかし、やがて九郎丸たちは、その人間たちの世界、戦塵にまみれた俗世に帰っていくこととなります。
 それがこの完全版の追加部分になるわけですが…当時の関東周辺を巡る、人間たちの勢力争い――そこには、当然ながらそれなりの人死にが伴うわけですが――の様子を描きながらも、物語の雰囲気を大きく変えることはなく、そんな世界の中で成長していく九郎丸たちのその後の姿が、穏やかな筆致で描かれていきます。


 正直なところ、この追加部分はあくまでも追加部分であって、結末が大きく変わるわけではなく、驚くような展開が待っているわけではありません。今になって贅沢なことを言えば、あまり細部を書かない方が、色々と想像の余地があったかな…と思わないでもありません。そこは読み手の好きずきでしょう。

 しかし、どれほど世の中が動き、人が変わっていこうとも、変わらず自分の帰りを待っていてくれる人が、場所があるというハッピーエンドの味わいは、人間世界を描く部分が増した分、より強く感じられると思います。


 軽装版になったということもあり、未読の方は大人から子供まで是非手に取っていただきたいと思いますし、前の版をご覧になった方も、やはりもう一度手にとって、この素晴らしい世界を再訪して欲しいと感じたところです。


「完全版 本朝奇談 天狗童子」(佐藤さとる あかね書房) Amazon
完全版・本朝奇談(にほんふしぎばなし)天狗童子


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2009.02.27

「無限の住人」 第六幕「蟲の唄」

 ようやく折り返し地点の「無限の住人」第六幕は、万次と同じ体を持つ不死身の剣士・閑馬永空編の前編。しかしながらそれだけではなく、逸刀流と、ついに牙を剥いた謎の敵の暗闘も並行して描かれます。

 内容的には、初の前後編である今回ですが、エピソードの半分以上は、逸刀流vs謎の敵――無骸流という名は、まだ出ていなかったと思いますが――が描かれた印象。つまり、前話同様、原作初期の万次対逸刀流剣士編と、無骸流編のエピソードがミックスされた構成であります。

 後者のエピソードとして描かれるのは、原作での百淋姐さんと偽一のデビュー戦である、隅乃軒栄・八角蔦五戦。
 この辺りのエピソードを原作で読んでいた時には、変態じゃない逸刀流剣士(しかも副将)が、いきなり出た、死んだという展開で大いに面食らったものですが、アニメの方では百淋が冒頭から顔を見せていただけ、驚きは少ない…かな。

 それにしても、原作では登場シーンからの長い独白で妙な印象に残った隅乃さん(しかし原作では「すみの」だったのが、劇中ずっと「ふさの」と呼ばれていたのが気になる)は、アニメで見てもやっぱり妙…というより、万次と町ですれ違った直後にあの独白を始めるので(ほとんどギャグだよあれじゃ…)、塩味が原作以上で、これはこれで楽しめました。
 八角さんは、相変わらず本当にしょっぱかったので言うことなし。御免。


 一方、閑馬永空の方は、戦国時代の戦場を彷徨う閑馬の姿が、冒頭に描かれたほかは――この冒頭のオリジナル描写は、既にアニメ定番となった感があります――顔見せ的な印象が強し。
 今回のラストは、不死身のはずの万次が、閑馬に刺された後に、血を吐いてのたうち回る場面で終わりましたので、閑馬のドラマは次回で、ということなのでしょう。

 もともとアクションは少なめの回でしたが、それでも絵的にはちょっと微妙…だったかな。


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 公式サイト


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 無限の住人

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2009.02.26

「若さま侍捕物手帖」第2巻 キャラものとして、推理ものとして

 先月刊行開始されたランダムハウス講談社文庫の「若さま侍捕物手帖」の第二巻が発売されました。先に紹介いたしました徳間文庫の「人魚鬼」と合わせて長短二冊の若さまの活躍が楽しめるという、ファンにとっては誠にありがたいお話であります。

 この第二巻には、中編一、短編八の計九編が収録されていますが、通読して改めて気付かされるのは、推理ものとしては言うまでもなく、キャラクターものとしての本シリーズの楽しさ。

 これは存外触れられないことですが――当たり前の話であるからかもしれませんが――いわゆる捕物帖にとって、謎解き、情緒・人情に並んで、大きな要素は主人公と仲間たちのキャラクター性ではないかと私は感じています。
 主人公は単に謎を解き事件を解決するだけの存在ではなく、一個の個性的な人物として存在し――その個性が捕物帖の魅力のうち、大きな部分を占めていることは、捕物帖ファンであれば頷いて下さるのではないかと思います。
 まあ、これは捕物帖に限らず、連作シリーズものの共通項かもしれませんが…(そう考えると、比較的キャラクター性の薄い半七親分は、実はかなり異色の存在なのかもしれません)

 その点、若さまのキャラクターの強烈さは、言うまでもありません。
 普段は日がな一日盃片手に暮らしながら、事件を耳にすれば明察神のごとし――というのは探偵であればある意味当然のこと。それだけではなく、普段は侍らしからぬ伝法な口調で通しながら、ふとした拍子に生まれながらに高位にある者の鷹揚さを見せ、幕閣や大名と対等に言葉を交わし…酒の抜ける時がないのではという有り様ながら、武術体術に対しては驚くような冴えを見せ、それでいて滅多に刀は抜かず、人も傷つけず…
 まずはスーパーマンでありながら、しかし何とも言えぬ親しみと魅力をこちらに感じさせる――一切のバックグラウンドというものを見せないにもかかわらず――それが若さまという人物であります。

 本書に収録された作品においては、いずれもそんな若さまのキャラクターの魅力が出た作品ばかり。若さまを含めてほとんどトリオと言って良さそうな、御用聞きの遠州屋小吉と船宿の看板娘・おいとの三人の会話の楽しさは、また格別であります。


 しかし、こんなことばかり言っていては、逆に本シリーズがキャラクターの魅力に寄りかかっただけと誤解されるかもしれませんが、もちろんそれが事実ではないのも、言うまでもない話です。
 本書に収録された作品で言えば、唯一の中編「まぼろし力弥」など、その分量に相応しく入り組んだ謎が提示される一作。美男役者・力弥が、同じ日に別々の相手と心中を行い、しかも深手を負ったはずの力弥自身は、いずこかへ姿をくらまして――という奇怪な事件を描いた本作は、一種の人間消失ものではありますが、そこに二つの心中事件が絡み、さらに後にはまた…という、一ひねりも二ひねりもある物語構造が実に興趣に富んでおり、推理ものとしての若さまを堪能させてくれます。

 もう一編、推理ものという観点から特に楽しめるのが、巻末に収録された「別れ言葉」。宴席で、同席者に律儀に別れの挨拶を告げてから毒を呷った男の死の真相を追う本作は、トリック自体は珍しいものではないものの、その謎と真犯人を暴き出す若さまの手法がなかなかに面白く、ちょっと洒落た味わいの作品かと思います。


 ちなみに――上記の「まぼろし力弥」に登場する印象的な登場人物の、その後の姿らしき人物が「人魚鬼」に登場しているのも面白いところ。
 「まぼろし力弥」の内容を考えれば、果たしてどうかしらんと思わないでもありませんが、同一人物だとしたらなかなか粋なゲスト出演ですし、さらにその二作が同じ時期に復刊されるというのも、面白い偶然ではありませんか。


「若さま侍捕物手帖」第2巻(城昌幸 ランダムハウス講談社文庫) Amazon
若さま侍捕物手帖二 (ランダムハウス講談社時代小説文庫) (ランダムハウス講談社時代小説文庫)


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2009.02.25

「絵巻水滸伝」 第七十六回「攻旗」と第七十七回「業火」前編

 諸般の事情で先月の感想はお休みしましたが、「絵巻水滸伝」は毎月更新。ということで今回は第七十六回「攻旗」と第七十七回「業火」前編の二回分の感想をまとめて。

 天才参謀・聞煥章を連れた童貫の猛攻に曝されることとなった梁山泊、童貫軍とは互角の戦いを繰り広げたものの、そこにいずれ劣らぬ古強者揃いの十節度使の攻撃が加わり、思わぬ籠城を強いられることに。戦場では無敵の豪傑たちでも、戦場に出ることを封じられては形無し、聞煥章の搦め手の攻めに苦しめられる梁山泊の運命は…

 というところまでが前々回のお話でしたが、「攻旗」では、ついに梁山泊軍が反転して総攻撃を開始(前々回のラストでスポットが当たった魏定国の裏切り疑惑に、あまり明確な答がでなかったのが逆に面白い)、童貫をあと一歩というところまで追い詰めます。それと並行して梁山泊の豪傑たちと十節度使の死闘が繰り広げられ、前々回の鬱憤を一気に晴らすような内容にこちらの溜飲も下がる思いでした。
 これまでの官軍との戦いでは、常に梁山泊が中心にあったのに対し、今回の梁山泊は、そこから討って出ての大攻勢。再び百八星の封印が解かれた…というのはいささか大袈裟かもしれませんが、それくらいの勢いがあったかと思います。思いしたが…

 しかし、それすらも官軍の手の内だった、というのが今回更新の「業火」前編。
 各所に分かれて攻勢に転じた梁山泊軍ですが、守備が手薄となったところへの攻撃で塞はダメージを受け、それどころか塞に戻る手段までも失うことに。
 一方、童貫を追ったために総大将たる宋江たちは孤立したところに一気に伏兵の攻撃を受け、救援に向かう部隊も節度使たちに釘付け…さらに高キュウ率いる大水軍が迫る!

 と、ここまでのピンチは、第一部終盤の関勝戦以来ではないかと思いますが、面白いのは原典との対比。
 原典のこの辺りのくだりでは、梁山泊軍はほとんど無敵、官軍をものともせず連戦連勝で、童貫・高キュウを散々に打ち破ってしまうのですが、本作ではご覧の通りの大苦戦であります。

 元々原典で百八星集結以降の梁山泊は、ほとんど無敵状態か、そうでなければ理不尽に人死にが出るという両極端で、それが後半の面白味を奪っていたというのは否めません。
 本作でのこの時点での梁山泊の大苦戦は、この後に待ち受ける招安という一大イベントに説得力を与える――原作では完全に勝っていたのに宋江何やってんだ、という有様でしたから――と同時に、大きく見れば、こうした不満点の解消も考えてのことなのでしょう。

 しかしあまりハラハラさせられるのも辛いお話。次回は中編、ということで、あと二回は勝利の鐘は響かず、ということでしょうか…


公式サイト
 キノトロープ/絵巻水滸伝


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2009.02.24

「鳥辺野にて」 日常と異界が触れ合うところに

 加門七海先生のホラー短編集「鳥辺野にて」は、「異形コレクション」に発表された作品を中心としたホラー短編集であります。収録作品のほとんどが時代ホラー(という言葉はあまり響きが好きになれないのだけれど、どんな言葉を使えばよいのかしらん)ということもあり、今回ここに取り上げる次第です。

 本書に収録された作品は、掌編四編を含めて、全部で十二編。書き下ろし一編を除く収録作は、テーマアンソロジーである「異形コレクション」のほか、様々な媒体に掲載された作品であり、一口にホラー、時代ホラーと申し上げても、その内容や趣向は、実に様々。
 加門時代小説読者としてはちょっとニヤリな人物を不思議なユーモアと共に描いた冒頭の「左」に始まり、死の空気濃密な平安時代の鳥辺野を舞台とした表題作「鳥辺野にて」、岡本綺堂を思わせるスタイルで語られる絵画怪談「墨円」、年頃の少女たちの無邪気な辻占が生む怪異を描いた書き下ろし「菊屋橋」等々、そのバラエティの豊かさに驚かされます。


 しかし、これらの作品のほとんどに共通して――そして本書以外の他の加門作品にも共通して――私が加門作品に魅力を感じる部分が、存在します。
 それは、現実と怪異とが、日常と異界とが、触れ合う直前の感触とでも言いましょうか――怪異が現実に現れるその直前の、静かな日常の中に異界の空気がさっと流れ込んでくる、その瞬間の味わいが、私はたまらなく好きなのです。

 例えば「鳥辺野にて」での、二人の盗賊が問答を続ける中、夜の闇が近づく鳥辺野の、まさに鬼哭啾々たる有り様。例えば、「赤い木馬」で主人公が迷い込む夜の浅草の、美しくも凄涼たる見世物小屋のたたずまい。例えば「左右衛門の夜」で、非道の限りを尽くした主人公を包み込む、廃屋の異常なまでの沈黙…

 怪異そのものもさることながら、その怪異の前触れであり、怪異を包み込む空気感の恐ろしさ、そして蠱惑的とも言える美しさ…日常と怪異が、二重写しとなったように見えるその一瞬の味わいこそが、私にとっては加門作品の最大の魅力であります。


 加門先生は、いわゆる「見える」方であるというのは、よく知られた話。加門先生の霊感そのものには、私は正直なところさほど興味はないのですが、本書を読んでいると、「見える」というのは、こうしたことなのかもしれない…などと感じてしまったところです。


「鳥辺野にて」(加門七海 光文社文庫) Amazon
鳥辺野にて (光文社文庫)

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2009.02.23

三月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 まだまだ寒い日が続きますが、気がつけばもう三月は目前。三月の時代伝奇アイテム発売スケジュールです。
 年末から此の方、しばらく豊作続きだったのでさすがに今月は厳しいかな…と思ったのですが、嬉しいことに三月もまた豊作です。

 文庫小説の方では、快調の風野先生の「若さま同心徳川竜之助」シリーズが早くも第六弾。また、時代伝奇ファンの数少ない拠り所・柳蒼二郎先生の「六代目小太郎」の第二弾がめでたく登場です。良かったなあ、本当に良かったなあ…。
 ちなみに、岡田秀文先生の新作は「岡っ引き源助捕物帖(仮)」とか…岡田先生までそういう路線に!? タイトルは不明ですがハルキ時代文庫からの竹河聖先生の新刊は、やっぱりあのシリーズの新作でしょうか。

 再刊としては、私的に足を向けて寝られなくなってきたランダムハウス講談社からは、好調「若さま侍捕物手帖」の第三巻と、柴錬再刊は「美男城」が登場。
 PHP文庫からは「神出鬼没! 戦国忍者伝」というアンソロジーが刊行されるようですが、私の想像通りの方が編者であればこれは期待できそうです。
 も一つ気になるのは、角川文庫から刊行される火坂雅志先生の「霧隠才蔵」。あれの再刊ということではなく、別の作品だったかと思いますが…

 さて、漫画の方もかなり充実。「八雲百怪」「シグルイ」「赤鴉」「BRAVE10」「カミヨミ」など、時代も趣向も異なるバラエティに富んだ作品の新刊が並びます。

 その中でも気になるのは、「姫武将政宗伝 ぼんたん!!」の第3巻と「箱館妖人無頼帖 ヒメガミ」の最終第5巻。特に後者は書き下ろしエピソードで完結ということで、否応なしに期待は高まります。
 また、新登場としては週刊チャンピオン連載中の米原秀幸先生「風が如く」が楽しみです。

 も一つ、武侠漫画としては漫画版「射鵰英雄伝」の続巻と、漫画版「マーベラス・ツインズ」の第一巻が登場。両巨匠がここで揃い踏みというのは嬉しいですが、「マーベラス・ツインズ」の方は漫画を出してる場合じゃないだろう。


 書籍が豊作だった分、映像は今ひとつでしょうか…ゲームではPSP用ソフトの「サンデー×マガジン 集結!頂上大決戦」に個人的に注目。なぜって久々のGENNKAITOPPAが俺を呼んでるから。


 最後に時代もの以外の作品としては、何といっても「HELLSING」の最終第10巻の発売が嬉しいところでしょう。だいぶ待たされましたが、吸血鬼ものを語る上で決して外せない傑作の完結を、まずは喜びたいと思います。

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2009.02.22

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第7回「左近を救え」

 今回を入れても残すところはあと三回。エンディング曲がなおさら切なく聞こえるように感じられる「浪花の華 緒方洪庵事件帳」、今回は左近殿の危機に、章と若狭が立ち上がります。

 突然侍たちに襲われ、主人は殺され、自分も深手を負った木綿問屋の手代を救出に向かった左近。しかし手代は逃がしたものの、左近は短筒を突きつけられ、温水さんが助けにくることもなく囚われの身に…
 以前は短筒を使っていた左近ですが、前々回といい今回といい、さすがに自分が銃口を向けられては分が悪いようで…(当たり前)

 偶然手代を治療したことから、左近の危機を知ることとなった章は、根性で左近の手がかりを掴みますが、そこに現れた若狭はあくまでも普段のクールな態度を崩さず…と、ここからの二人のぶつかり合いが今回のハイライトの一つ。
 在天別流という特異な集団に加わっていることの意味と、自分たちの覚悟を淡々と語る若狭――しかし、一瞬見せる激情が彼の内心を表しているのがいい――に対し、どこまでも人間としてのあるべき姿を、真っ正面からぶつける章…章の主張は確かに青臭いものであり、この場合は確かに若狭の言うことの方が正しいのかもしれませんが、しかし正しいからといって選べない選択肢もあります。何よりも物語当初の章とは違い、今の章には彼なりの強さが、戦う理由がある――
 あの、街でガン付けられたら思わず目を逸らしてしまいそうな若狭に対し、一歩も引かず目も逸らさず、自分の思いをぶつける章の姿に、彼の確かな成長の姿が見て取れます。

 と、そんなことをやっている間に、敵の黒幕は「どんな手を使っても構わん。口を割らせろ」との命を下して…どんな手を使っても…どんな手を使っても(エコー) おのれえええええ!
 と、こっちがエキサイトしても仕方ないんですが、ボコボコにされて口から血を垂らしながらも、矢吹丈の如く下から不敵な目線で相手を睨め付ける左近殿が、ある意味今回のハイライトであります。

 そんな明らかに間違った人間の戯言はさておき、その後、必死の思いで刀を手に突撃してきた章の姿に、そしてそんな無茶をした理由を語る章の姿に、直前とは全く異なる表情を――一緒に現れた若狭に対しては不敵さを崩さなかったのに――左近殿を見せるのが実に良いのです。
 特に「左近殿を助けたかった」という言葉の後の表情の変化は、在天別流の左近から一個の人間左近への変化を表していると言えるでしょうか――本人がそれをどう感じていたかは格別、己のことを、真っ正面から何の衒いもなく心配してくれる人間というのは、あるいは章が初めてだったのかもしれません。

 その脇では久坂玄瑞vs徳川慶喜という微妙に夢の対決が行われていたのですが、まあビジュアル的に勝敗は目に見えていたわけで、事件は(何故か雪の中無心に弓月王が笛を吹き鳴らす中)一件落着。
 しかし、そんな章を待っていたのは、江戸留学を奨める天游先生の言葉…というところで本作もあと二回。いよいよエンディング曲が切ない響きで聞こえてきましたが、ラストは原作のラストエピソードを二話構成でやってくれるようで、ただただ期待して待つのみ、です。


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 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第5回「北前船始末」(前編)
 「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第6回「北前船始末」(後編)
 「禁書売り 緒方洪庵 浪華の事件帳」 浮かび上がる大坂の現実
 「北前船始末 緒方洪庵 浪華の事件帳」 二人の距離、大坂との距離

関連サイト
 公式サイト
 築山桂オフィシャルサイト つきやま楽所

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2009.02.21

「必殺仕事人2009」第06話「夫殺し」

 一週抜けてしまいましたが、相変わらず面白い「必殺仕事人2009」。今週は、定番のエセ宗教者ネタでしたが、料理次第でこのような味付けになるのか、と唸らされたエピソードです。

 今回中心となるのは、困窮にあえぐ寺社役付き同心・伊勢崎と、その病身の妻・初枝、そしてその二人と知り合いになった小五郎。
 初枝の病を治すためにエセ宗教者一味に荷担し、ついには殺人まで犯すこととなる伊勢崎と、夫の変容に心を痛める初枝、そして何とか伊勢崎の転落を止めようとするも、果たせない小五郎…

 冒頭に書いたように決して珍しいエピソードではないのですが、伊勢崎夫婦のキャラクターが丁寧に描写されるため(特に伊勢崎が愛する妻のために罪を犯しながらも、その罪悪感から別の女に溺れるという、厭なリアリティに感心)、感情移入度は相当のもの。これは本シリーズの特徴である実力派ゲスト路線が大いに効果を挙げていると言えるでしょう。

 そして小五郎の方も、彼らに相対することで、同心としての顔、仕事人としての顔、そして何より人間としての顔がクローズアップされ、普段茫洋として表に出てこない彼のキャラクターが浮き彫りになるという巧みな構成であります。
(そんな彼の姿を見ての他の仕事人の反応に、彼らそれぞれのキャラクターが見えるのもまたうまい)

 そしてその三者のドラマが一気に収束していくクライマックスが実にいい。
 金回りが良くなった一方で笑顔を失った夫の姿に、悪事に手を染めていることを察知した初枝。余命わずかな中で彼女が最後に願ったのは、生き地獄に落ちた夫を救い、そして共に死出の旅を行くこと――
 恨みを晴らすのではなく(もちろんそれは結果的に他の犠牲者の恨みを晴らすのですが)、救済のための仕事の依頼、という変化球ぶりが実に本作らしいひねり。そしてそのための仕事料が、かつて小五郎が、伊勢崎の困窮を見かねて貸した一両というのが泣かせます。

 そして仲間たちがエセ宗教者一味を仕留めた末、対峙する伊勢崎と小五郎(この時点で既に小五郎の目が少し潤んでいるのがまたいい)。
 そして一刀の元に斬られながらも、実に晴れ晴れとした笑顔を浮かべて倒れる伊勢崎と、彼に向かって完全に泣き声で別れの言葉を告げる小五郎、同時刻に息を引き取る初枝…恥ずかしながら、このラストシーンには思わず涙が出ました。


 定番の題材を用いながらも、それにひねりを加え、定番では終わらない本作ならではの味に仕上げる。それは脚本の妙ももちろんですが、それに応えるキャストとスタッフの熱意があってこそでしょう。

 ジャニーズ頼りの企画、と見る向きも多いでしょうが、本シリーズは決してそれだけではないと私は心から信じていますし、それは六月までの放送延長の報にも表れているのだと思います。


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2009.02.20

「大正探偵怪奇譚 鬼哭」 怪奇探偵、帝都の闇を往く

 銀座の片隅で伯母の九尾、給仕のたま子と共に暮らす小説家にして怪奇事件専門の探偵・丑三進ノ助。満月の晩、美しい娘ばかりが狙われる連続神隠し事件の捜査に乗り出した進ノ助は、子爵令嬢の白金千歳と出会う。互いに惹かれあう二人だが、その前に白金家の秘密が暗い影を落とす…

 劇団しゅうくりー夢の代表作「大正探偵怪奇譚」が小説化されました。代表作、と言いつつ、恥ずかしながら舞台の方は未見なのですが、しかしあらすじを聞いて大いに楽しみにしていたこちらの期待通りの内容でした。

 帝都の闇に暮らす古の――しかしその時代のあり方に適応した――妖たち、重い過去を背負って飄々と生きる探偵、続発する猟奇的事件、奇怪な陰謀を張り巡らせる怪軍人…

 いずれも、私の大好物ばかりで、大いに堪能させていただいた次第。
 特に、一連の事件の真犯人のあまりに無情な正体は――薄々察しはついていたとはいえ――なかなかにショッキングで驚かされました。


 しかし、私好みと言いつつ、こうしたことを書くのは気が引けるのですが、いささか気になった点もあったのは事実です。

 その一つは、人物描写がいささか薄味に感じられたこと。登場人物一人一人は、それぞれ個性的ではあるのですが、その描写においてもう少し突っ込んだ描写がほしかったとでも言いましょうか。
 この辺りは――原作舞台を見ずに言うのも何ですが――おそらくは舞台で見れば違和感なく受け取れる部分、つまりは演出と役者の演技に依る部分だったのではないかと思うのですが…

 また、何よりも惜しいのは、本作の内容から、舞台は大正でなくては! という強い必然性が伝わってこなかった点でしょうか。
 時代の大きな変化の中で、妖の在り方もまた変わっていくということがバックグラウンドにはあるのだと思いますが――そしてそのこと自体はきちんと現れてはいますが――しかしそれが大正という時代と有機的に結びついていたかと言えば、それは…というところであります。


 苦言が多くなってしまいまことに恐縮ですが、それも本作の内容に魅力を感じるゆえ、とご容赦いただければ幸いです。

 同時発売された、本作ではほのめかされる程度だった主人公たちの過去(それも相当の!)の物語を描いた第二巻も、すぐに手に取るつもりであります。


「大正探偵怪奇譚 鬼哭」(揚羽千景&松田環 徳間デュアル文庫) Amazon
大正探偵怪奇譚〈第1巻〉鬼哭 (徳間デュアル文庫)

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2009.02.19

「真田手毬唄」 手毬唄に浮かぶ希望

 大坂夏の陣で豊臣秀頼は死なずに落ち延びた――その言い伝えを信じ、先祖代々、秀頼の足跡を追ってきたという七代目勇魚大五郎が仙台の山中で見たものは、豊臣家の遺臣たちの隠し砦だった。そこで七代目秀頼と出会った大五郎は、江戸見物をしたいという秀頼の供をして旅に出るが…

 「花のようなる秀頼様を鬼のようなる真田が連れて退きも退いたり鹿児島へ」
 俗に言う秀頼生存説は、大坂の陣直後から巷間に伝わったというこの唄をはじめとして、実に様々な形で現代に語り継がれています。
 本作ももちろんその系譜に属するものではありますが、作者があの米村圭伍先生であるからして、ただで済むはずがありません。

 大坂落城後、大坂方の侍大将・勇魚大五郎をはじめとする人々が、秀頼が城から落ち延びたことを信じ、従容と命を散らしていくという冒頭の展開にしんみりとしてみれば、それにすぐ続く場面は、何とそれから百七十年後! 江戸時代も後期、(米村ファンにはお馴染みの)将軍家斉の時代に物語は飛んでしまうのですから…

 そしてそこから展開する物語も、もちろん人を食った展開の連続であります。
 次から次へと登場する、豊臣家、真田家ゆかりの人物の子孫たちの物語と、そして彼らが語る百七十年前の物語。そのそれぞれが絡み合い、果たしていずれが真実でいずれが偽りか、次から次へとどんでん返しの連続のまま、物語はあっと驚く結末へと突き進んでいくのです。

 しかし、米村作品の魅力は、あっけらかんとした調子の中で描かれる独創的な伝奇エンターテイメントの楽しさのみではありません。その一方で描かれる、ハッとさせられるほど鋭い人間観察もまた魅力です。

 本作の結末で明かされる一つの「真実」…それ自体は、冒頭に述べた秀頼生存説に基づく作者の伝奇的解釈ではありますが、しかしそれを支え、説得力を与えているのは、やむにやまれぬ人間心理のあり方であることが、同時に示されます。
 冒頭に示した手毬唄に浮かび上がる、ある種の希望を求める人間の心は、何とも切ないものでありますが、しかし、それがもたらすものの大きさを思えば、同時に微笑ましくも感じられるもの。
 そしてそれは、これまで米村作品で描かれてきた「人間らしさ」というものと通底していると、感じられるのです。

 個人的には、私が伝奇時代劇ファンである、まさにその所以をずばりと指摘された気がして、大いに驚かされましたが…


 なお、本作は以前「影法師夢幻」のタイトルで刊行されたものが、文庫化に当たって「真田手鞠唄」に改題されたもの。
 もちろん前者も悪くないのですが、しかし個人的には、本作の内容を、表からも裏からも象徴する現在のタイトルの方が、より適しているように感じられます。


「真田手毬唄」(米村圭伍 新潮文庫) Amazon
真田手毬唄 (新潮文庫)

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2009.02.18

魔人ハンターミツルギ 第11話「地獄の狛犬コマンガー!」

 夜な夜な町を襲う怪獣コマンガー。その行方を追うミツルギ三兄妹は、愛犬ゴローを連れた盲目の少女おちよと出会う。だが彼女は、自分の目が見えるようになることと引き替えに魔人サソリの手下となっていた。おちよの罠に苦しみながらも、ゴローが変身したコマンガーを粉砕したミツルギ。なおも三兄妹を狙うおちよだが、誤って命を落とすのだった。

・突然夜の町に出現するコマンガー。家の数倍程度という、襲われたらイヤな大きさが恐怖感を煽ります。ひ、人を食べてる!

・翌朝発見される、口の回りにべったりと血(たぶん)がなすりつけられた狛犬。単純だがすごいインパクトです。

・狛犬を厳重に封印して見張る役人たちを襲うサソリ忍者。銀河兄さんが狛犬は囮だ、と言ったそばから、狛犬が変化してコマンガー出現…コマンガーの吐いた炎を忍法火消しの術(手榴弾から雨を降らす)で消しているうちに怪獣は姿を消すのでした。

・恐怖から集団ヒステリーに陥って犬をリンチにかける町の人々。何という厭なリアリティ。その凶行は、盲目のおちよの友であり杖代わりである愛犬ゴローにまで…見るに見かねて止めた三兄妹に、お礼にと家に招くおちよ。

・おかゆを振る舞われる三兄妹ですが、銀河だけは何やら怪しいそぶり…こんな健気な少女を疑う兄さん、弟たちに解毒剤を手渡す念入りっぷりですが、さすがについていけない二人は結局飲まず…

・三兄妹が去ったと見るや、何だか突然魔女メイクになったおちよ。魔人サソリは、目を見えるようにするという約束で彼女を配下にしていたのだ! そんな彼女に、徹底的に命を奪え、とまた変な日本語を使う魔人さま。

・おかゆに混ぜられた痺れ薬に苦しむ彗星と月光。そこにおちよの命を受けたサソリ忍者たちが襲いかかります。思うように体が動かず大ピンチの二人。

・樹上から地面に落ちて矢をかわすもそこには突き立てられた刃が! と、危機一髪、岩に変身してかわす月光。あんたはカービィちゃんか

・結局敗れて捕まった二人。さっさと殺せばいいものを、二人を吊り下げて意識を失うまで待つサソリ忍者たち。案の上、銀河兄さんの忍法「霧隠れ」(青いシートを投げつけて、その隙に二人を隠す)であっさりと奪還されてしまいました

・おちよの命令でコマンガーに変身するゴロー。三兄妹も巨大神ミツルギに変身して迎え撃ちます。

・腕に噛みつくがあっさり振りほどかれるコマンガー。余裕ブッこいたミツルギに来い来いと挑発され、襲いかかれば逆に背中に乗っかられ、火炎弾であっさりと敗れるコマンガー…いやゴロー。

・これでおちよの目も覚めたか…と思いきや、再び魔女顔になって仕込み杖片手に襲いかかるおちよ。その一撃を軽々とかわす銀河ですが、彼女は倒れた拍子に自分の刀で…おちよは、どれほど世界をこの目で見たかったか切々と訴えつつ息絶えるのでした。


 大変間が空いてしまいましたが「魔人ハンターミツルギ」紹介、今回はおそらくストーリーの完成度という点では、「ミツルギ」随一のエピソード。
 子供のペットが、知らぬ間に実は怪獣に改造されていて、とか、子供が知らぬ間に悪に利用されて、というのはまま見受けられるパターンですが、今回はあくまでも自覚的に敵に協力していたというのが意表をついた展開であります。

 子供、それも障害者が悪の手先という、子供番組の掟破りな設定に加えて、それと戦うのが、自分の敵には全く容赦しないミツルギ三兄妹(というより銀河兄さん)という、ある意味最悪の組み合わせ――その結果、全く救いのない結末に、視聴者はズドンと重い気持ちのまま放り出される今回の脚本は、やはりまつしまとしあき氏でした。
 やりようによっては(今でも十分かもしれませんが)相当に湿っぽくなりそうなストーリーを、あえて突き放したようなドライさな味わいとしたのも、氏らしい手法とも思えます。

 本作からあえて一本、というのであれば、間違いなく私は今回のエピソードを選びます。


<今回の怪獣>
コマンガー

 おちよの連れている黒犬ゴローが変身する狛犬型の怪獣。口から火を吐き、空を飛ぶことも出来る。夜な夜な神出鬼没に町を襲い、人を喰らったが、戦闘力はさほどでもないのか、ミツルギの火炎弾連打にあっさりと粉砕される。


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2009.02.17

「戦国妖狐」第2巻 日常を獲得するために

 その題名の通り戦国時代に妖狐の姉・たまと仙道の弟・迅火の戦いの旅を描いた「戦国妖狐」の第二巻であります。
 設定紹介的な側面も強かった前巻に比べると、テーマ的にも展開的にも、本筋に踏み込んできた感があります。

 世直し旅の最中に、人間を改造して力を求める退魔の僧兵団・断怪衆に喧嘩を売った二人。その前に現れる断怪衆の刺客との対決が、今回のメインであります。

 妖刀を操り闇(かたわら)の肉を喰らう凄腕の闇喰らい、断怪衆の人間兵器・霊力改造人間最強の四獣将――なかなか少年漫画チックなバトル展開ですが、それほど複雑ではない描線できっちりと魅力的なアクションを描いてみせるのはさすが、というべきでしょう。

 特に面白かったのは、闇喰らいの雷堂斬蔵と迅火の一連の対決でしょう。
 霊力では遙かに勝る迅火に対し一歩も引かず、人間としての純粋な技で圧倒する斬蔵のアクションと、その圧倒的な相手に対して迅火の取った戦法には、漫画ならではの豪快さがあって、バトルものとしてもしっかり楽しめました。

 その一方でいささか残念に見えてしまったのは、ストーリー展開としてはかなり重たいものを描いているにも関わらず、作者の他の、現代を舞台とした作品に比べると、その「重さ」が、ダイレクトに伝わってこない印象があります。
 それは、戦いと対比されるべき日常が、本作においてはあまり見えてこないためではないかと――そこには、舞台がそもそも読者にとっての日常からかけ離れた時代であることもあるのですが――感じられます。


 しかし、登場人物の多くは、そもそも日常を持たない、あるいは捨ててきた人物――その中でも、人間を憎み、闇に憧れる迅火は、その最たるものでしょう。

 この巻のラストで、新たな旅に出る迅火たち一行。人間とは何か、闇とは何かを探る旅は、同時に、彼らにとっての日常を獲得するための旅となるのではないか…そう思えます。


「戦国妖狐」第2巻(水上悟志 マッグガーデンブレイドコミックス) Amazon
戦国妖狐 2 (2) (BLADE COMICS)


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2009.02.16

「無限の住人」 第五幕「執人」

 思い出したように続けるアニメ「無限の住人」視聴。今回は第五話「執人」。逸刀流中の好漢(?)凶戴斗との出会いと対決の回であります。

 今回のベースとなっているのは、単行本一巻の「執人」と単行本五巻の「凶影」中のエピソード。
 元々、第一話から無骸流の面子が顔を見せるなど、物語の流れを再構成したことが窺われるこのアニメ版ですが、今回はかなり大胆に物語の流れをアレンジしており、本来であればかなり間が空いている、凶の持つ浅野道場の宝刀・クトネシリカを巡っての万次と凶の初対決と、逸刀流が幕府と接近したことから凶が逸刀流を離れる様が、一つのエピソードとして描かれることとなります。

 おかげで、凶は本格的に登場して――それまでも回想シーンでちょこちょこと登場していましたが――すぐに逸刀流離脱、という慌ただしさになってしまいましたが、それでもそれなりに話が成立しているのがちょっと面白いところです。
 その離れ業(というのは大げさですが)を可能としたのは、凶のキャラクターの基調である「侍嫌い」の要素、二つのエピソードをまとめたこと。

 冒頭のオリジナル演出で、凶の悪夢という形で、参勤の行列の侍に妹が殺される様を描くことにより、彼のトラウマであり、行動の原動力を印象づけたことで、万次との対決と逸刀流離脱をさほど無理なくまとめたのは、ちょっと感心しました(「俺は侍が憎い!」とはっきり言わせてしまうのは、ちょっとどうかとは思いますが)。
 凶の想いを象徴するアイテムとして――そして、ラストの逆転のきっかけとして――鞠が描かれているのも、なかなかうまかったと思います。

 尤も、凶というキャラクターを描く上において、本当に一話にまとめてしまったのは良かったのか、というそもそもの疑問は残るのですが、絵のクオリティ的にも悪くなく、まずは水準のエピソードであったかと思います。


 ただ…「こんな手で刈られるほどただの剣豪の首も軽くなかったと思うぜ」とか「辛い思い出ばかりでもな……憶えていればそのおかげで信じらんねェ力を出せる時もある」とか、私の好きなちょっとイイ科白がほとんどオミットされていたのは、個人的にはちょっとショックではありましたよ。


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 無限の住人

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2009.02.15

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第6回「北前船始末」(後編)

 スタジオパークに、主演のお二人が出演したのに気付かず見逃して己涙目、という個人的な事情はさておき、「浪花の華 緒方洪庵事件帳」第6回、「北前船始末」後編は、ほとんど全編が見所という中身の濃い30分でした。

 北前船でやってきた老船頭・卯之助と孫娘のおゆきを巡る今回の物語。前回ラストでおゆきが何者かにさらわれ、ついに卯之助が抜け荷について重い口を開くのですが…
 この辺りは原作小説でも同じトリック(?)を用いているので詳細は伏せますが、卯之助の「抜け荷」の正体は、実に意外かつ、この時代の医学事情を考えれば納得のいくもの。
 原作でもこの辺りは感心したのですが、ドラマの方では、前編にオリジナルの描写を挿入することにより、この「抜け荷」を求める人々の切実さが、うまく強調できていたかと思います。

 しかし、人を救うためのその「抜け荷」は、同時に金儲けのためのものであり、またその手段は、人命を軽視したものであります。
 そこで章の怒りが爆発! これまで見たことのないような剣幕で、人の命に関わるものを商売の道具にする者への怒りを爆発させるのでした。
 いやもうこれが今回最大のハイライト…初期の情けない表情、最近の向学心に燃えた表情とはまた全く別の表情に驚かされると同時に、また頼もしくなったなあと、何だか嬉しくなりました。

 あっ、デレた! 左近がデレた!

 と、この後も今回は怒濤の展開。割って入ってきた長州の田舎侍に撃たれる左近殿、意を決して(というか左近と若狭に半ば強制されて)左近から弾を摘出する章、師に逆らってまだ左近を庇う章、そして医師となって種痘と戦う決意を固める章…
 特にラストの章の決意は、原作でははっきりとは描かれていなかった部分と記憶していますが、後の洪庵に続くものとしてうまいアレンジであり、このまま最終回でも思わず納得してしまいそうな――

 と思っていたら、ラストにもう一回クライマックスが。左近の兄から、面と向かって左近との交際を却下される&若狭が左近の許嫁と聞かされる章…なんかこう、原作とはだいぶノリが変わってきましたが、残り三回、果たしてどんなことになるのか、これはちょっと気になる展開となってきました。


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 築山桂オフィシャルサイト つきやま楽所

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2009.02.14

「乱飛乱外」第6巻 以前よりも情けなく…?

 「乱飛乱外」第六巻は、冒頭で海賊王女編が終了し、新たに始まるのは天使エズミ編。堺の町を舞台に、ド天然娘天使のように清らかな修道女と出会った雷蔵の運命は…という展開であります。

 九鬼一族の姫・つなみの敵討ちを助けながらも、例によって弱気の虫のために自らチャンスを潰した雷蔵。新たな姫がいるという堺にやって来たものの、傷口に塩を塗られるような目にあってどん底状態にあった彼の前に現れたのは、町の教会で奉仕活動に励む美少女・エズミで――
 と、もちろん彼女が今回の姫(?)となるのですが、わりかし早い段階で相思相愛となったものの、何せ彼女は神に仕える修道女。二人の間の越えられない壁を如何に越えるか? といったところ。
 その一方で、久方ぶりに明智十兵衛光秀が登場、何故かくノ一衆と手を組んで、雷蔵とエズミをくっつけようとするのですが、さてただの好意でこの人物が動くわけもなし、こちらの動向も気になるところであります。

 相変わらず、どの女性キャラもけしからん姿美しく魅力的に描かれている上に、ギャグやアクション描写も巧み――特に今回のエピソードでは、事あるごとにエズミを助ける不思議な力の描写が、不可思議かつ不気味で良いのです――と、水準以上のクオリティではあるのですが、しかし、少々不満なのは、むしろ以前よりも情けなくなっているような雷蔵のキャラクター。
 確かに前向きなキャラクターではありませんが、これまでの戦いの中で見せてきた輝きは何だったのか、と思いたくもなるリセットぶりで、ある意味ハーレムものの主人公の典型とはいえ、正直なところ好感を持ちにくいキャラクターとなってきたかと思います。
 今回のヒロイン・エズミが、非常に優しい(というより甘い?)キャラクターだけに、より一層雷蔵の情けなさが際だつというか…
(海賊王女編からそうでしたが、くノ一たちの印象もかなり薄いのがこれまた残念)

 もちろん、雷蔵の本領発揮はこれから、というのもまた事実。これまでのエピソード同様、強く生きる姿勢の陰に隠れた弱さ・悩みを持ったヒロインたちの心を、雷蔵の、くノ一たちの活躍が救うことになるのでしょう。

 エズミは、言ってみれば人の魂の救済を生業とする少女。その彼女が如何に悩み、そしてそれを如何に雷蔵が救うことになるのか――この巻では明確に描かれなかった彼女の「正体」も気になることですし、雷蔵の復活を信じて、もう少し見守ることとしましょう。


「乱飛乱外」第6巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon
乱飛乱外 6 (6) (シリウスコミックス)


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2009.02.13

「柳生烈堂秘剣狩り」 自家薬籠中のスタイルで

 病の床に伏した師・荒木又右衛門より、五年前に出奔した不肖の息子・三十郎の探索を依頼された烈堂。父を見返そうと名刀を手に入れるようとしていた三十郎を追い、各地の名刀を訪ねる烈堂だが、その前に謎の忍び集団が立ち塞がる…

 久々に火坂先生の過去作品紹介、今回は柳生烈堂シリーズの第四弾「柳生烈堂 秘剣狩り」。これまでのシリーズ作はいずれも長編でしたが、今回は雑誌連載ということもあってか、短編連作形式の構成となっています。

 物語は、師の息子を追う烈堂が、各地で古刀名刀にまつわる事件に巻き込まれるというのが基本スタイル。
 「骨喰藤四郎」「大わっぱ助平」「狐の太刀」「巌通し」「ふたご片山」「妖刀村正」「有情剣金道」の全七話のタイトルを見ればわかるように、一話に一振りの刀を中心に据えた物語を描きつつ、全体を通して一つの大きなストーリーが展開されていきます。

 本作のスタイル、主人公が一つの目的を持って各地を旅する中で、各地の風物を描きつつ、様々な事件に巻き込まれていくというスタイルは、考えてみれば作者のデビュー作「花月秘拳行」以来、用いられているもの。
 いわば自家薬籠中のものというべきスタイルで、本作の、バラエティに富みつつも安定した物語運びも、むべなるかな、であります。

 内容的には――このシリーズに共通していることですが――あくまでも水準の作品という印象。相変わらず飛び抜けたところはないのですがこれはこれでエンターテイメントとしては大事なことでしょう。

 しかし、最終話「有情剣金道」に登場する「名刀」が、テーマ的にも、何よりも物語設定的にも「なるほど!」と唸らされるようなものである辺り、やはりうまいものだ…と感心した次第です。


「柳生烈堂秘剣狩り」(火坂雅志 祥伝社文庫) Amazon
柳生烈堂 秘剣狩り (祥伝社文庫)


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2009.02.12

「人魚鬼」 幻の若さま伝奇復活!

 ある晩、突然の闇討ちにあった青年剣士・小森新太郎。そこで腕前を見込まれた彼は、丹波青山家の江川了巴なる老人から、高禄で仕官を持ちかけられる。その任は、青山家のうつぼ姫を、人魚島まで護衛すること――人の欲が入り乱れる中、若さまも登場、人魚島の謎に挑む。

 今年はどうやら「若さま侍捕物手帖」シリーズファンには至福の年のようです。一月からの短編集の連続刊行に続き、この二月には幻の長編であった本作「人魚鬼」が刊行の運びとなったのですから。

 以前に述べたように今なお全貌の見えない本シリーズですが、その理由の一つが、なかなか再版の機会に恵まれないこと。本作も、実に五十年以上前に刊行されたきりで、古書店でもなかなか見つからない一冊でした。
 それが今回、こうして徳間文庫から刊行されたのはまさに欣快の至り。それは単に本作が若さまシリーズの幻の長編だというだけでなく、実にユニークな伝奇時代小説であるからであります。

 ここで本作の内容に目を向ければ、実質の主人公は、ごく普通の――人並みはずれた剣の腕を持つとはいえ――浪人である新太郎青年。その彼が、ある時突然に怪老人に誘われ、絶世の美姫を護って謎の人魚島に向かうことになります。
 八百比丘尼をはじめとする不老不死と人魚の伝説――その源であるという人魚島に眠る不老不死の秘法を巡り、新太郎は様々な勢力の思惑が入り乱れる争いのただ中に放り出されるのです。

 と、ここまで見ればわかる通り、本作は伝奇時代小説の王道――善男善女がある日突然奇怪な事件に巻き込まれ、秘密と陰謀に満ちた冒険のただ中を行くことになる――そのもの。
 今では「古き良き」という言葉を冠したくなるような、そんな物語であります。

 と、そんな本作における若さまのスタンスは、本人が自分で言っているとおり「いわば弥次馬というやつ」。
 密かに進行する事件の存在を知った若さま、暗闘の旅に出た主要登場人物たちを追って、自分もぶらりと普段の姿で旅に出て、要所要所に顔を出して物語をかき回していきます。

 これでは一歩間違えると若さまはおまけのようですが、しかしどんな陰惨な事件も深刻な事態も、そこに顔を出すと、何だか印象が和らぐのが若さまの人徳。
 本作も、色欲・金銭欲・権勢欲などなど様々な欲が絡む物語ですが、そこに「ハッハッハ!」といつもの明朗な笑い声と共に現れる若さまのお陰で、ずいぶんと暗いイメージは薄れて、ユニークなエンターテイメントとして成立しているのです。


 伝奇時代ものとしての王道を行きつつ、そこに若さまという存在を投入することで、物語に一ひねり加える――そして同時に、伝奇要素にも負けない、若さまの強烈なキャラクター性を描く――という、そんな職人芸的な楽しさに溢れた本作。

 冷静に見ると、中盤のロードノベル展開がチト長かったり、ラストに明かされる真実が身も蓋もなかったりと突っ込みどころはそれなりにあります。
 しかしそれもさほど気にならないのは、これはファンゆえの盲目さか――いやいや、若さまの人徳というものでしょう。

 今は、本作に止まることなく、幻の若さま作品の刊行が続くことを心から願っている次第です。


「縄田一男監修・捕物帳傑作選 人魚鬼」(城昌幸 徳間文庫) Amazon
人魚鬼―若さま侍捕物手帖 (徳間文庫)


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2009.02.11

「日本の妖術師列伝」 バイアスはあるも面白い一冊

 ここしばらく、雑学文庫やコンビニ本で、ファンタジックな事物――モンスターや神々、マジックアイテム等々――を図鑑的に扱った本が毎月のように出版されているのをご存じな方も多いかと思います。その流れと言ってよいかはわかりませんが、忍者や剣豪に関するものもその中に含まれていて、このブログでも取り上げたことがありますが、本書もその一つ、日本史に現れた「妖術師」の概説本であります。

 「妖術師」というとあまり良いイメージはありませんが、本書におけるそれは、「科学技術では説明のできない不可思議な現象」を用いる者の意。まあ、常人と異なる超能力を発揮した人物とでも捉えておけばよいでしょう。
 まず冒頭に「妖術四天王」と題して、役小角・空海・小野篁・安部晴明の四人を挙げ、以降、飛鳥-平安前期、平安中期-後期、鎌倉・室町・戦国、江戸-明治・大正・昭和の区分で、各時代に活躍した妖術師たちを一人ずつ挙げて、そのエピソードを紹介していく構成となっています。

 つまりは、基本的には概説本によくあるパターンですが、本書はある意味著者らしさが出ているという印象があります。
 その筆者・中見利男氏は、「太閤の復活祭」「黄金の闇」などの時代伝奇小説もものしている方ですが、同時に陰謀論系の著作も少なくない人物。
 本書においても(陰謀論的というほどではないですが)あまり同系統の書籍では登場しないような視点・主張も散見され――「妖術四天王」はその最たるものかもしれません――鵜呑みにするのはちょっとどうかな、と感じないでもありません。

 また、平安時代までにかなり頁を割いている一方で、それ以降の時代からの登場がかなり少ないこと、そしてその中で出口王仁三郎や植芝盛平に、他の人物に比して異例なほどの頁数を当てているのもまた違和感がなきにしもあらず。
 まあ、この手の本においては、主張や掲載対象におけるバイアスは、程度の差こそあれ、付き物ではありますが――


 とはいえ、この手の本では存外珍しい、陰陽道系ではなく、平安時代の仏教系の術者にかなりスポットを当てていること、また、冒頭に掲載された妖術師の関係図は、これはある意味コロンブスの卵的で、なかなか面白いアイディアであると思います。

 あくまでもバイアスがあることを承知の上で、概説本・ネタ本として気軽に読む分には、なかなか面白い一冊であることは間違いありませんし、この手の本が大好きな私としては、楽しませていただいた次第です。


「日本の妖術師列伝」(中見利男 中経出版中経の文庫) Amazon
日本の妖術師列伝 (中経の文庫)

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2009.02.10

「北斗の銃弾」 殺伐さと希有壮大さと

 江戸を騒がせた末に捕らえられ刑死したはずの鼠小僧が、江戸に再び現れた。かつて鼠小僧退治に手を貸した浪人・松井音四郎は一連の事件に不審を抱き、そして鼠小僧は復讐に燃え胡椒入れ拳銃を片手に音四郎に迫る。しかし、二人を待ち受けていたのは、幕閣上層まで巻き込んだ巨大な陰謀だった。

 宮本昌孝先生の作品といえば、つい先日続編「海王」が刊行された「剣豪将軍義輝」のように、「爽快」という言葉がぴったりくる印象が強いのですが、本作は、その意味ではいささか異色作と言えるかもしれません。登場人物の多くは、裏の世界の住人であって暗い影を背負い、また、展開される物語の内容も、幕府の権力を巡る陰湿な暗闘なのですから…
 悪役のチョイス等を見る限り、本作は柴田錬三郎作品へのオマージュと感じられるのですが、物語のムードもまた、柴錬作品的と言えるのかもしれません。

 しかしながら、目まぐるしく展開する物語に散りばめられた仕掛け・アイディアは、まぎれもなく宮本先生のオリジナル。
 死んだはずの鼠小僧が、胡椒入れ拳銃(連発拳銃)を片手に冷酷な復讐劇を展開するという冒頭からまず驚かされますが、その後も、快男児・音四郎や怪人・阿修羅外道(何とまた凄まじいネーミング…)など個性的な面々が暴れ回り、鼠小僧誕生の謎から幕府を私せんとする巨魁の陰謀、果ては露西亜の南進政策まで飛び出してきて、そこにアクションがたっぷりとまぶされているのだから堪りません。

 ことに、終盤まで読み進めて初めてわかる、本作のタイトルの意味には、もはや口をあんぐりとするほかなく…何となく所与のものとして受け止めていたあのアイテムが、鼠小僧の登場から芋蔓式に繋がっていく伝奇的アイディアの一つの帰結として物語中に浮かび上がる様には、こういうことか! と、大いに唸らされました。


 しかしながら、ある程度限られた紙幅であまりにスケールの大きな物語を展開したためか、構成や描写にかなり粗い部分があるのもまた事実。特に後半は、「実は○○は××だったのだ」的説明で物語が進んでしまう部分が散見され、宮本作品にしてはチト舌たらずかな…と感じてしまったのも正直な話であります。

 もちろん、伝奇ファンにとっては、その程度は小さな瑕疵。希有壮大なホラ話――というにはいささか殺伐たる部分もありますが、理屈抜きで壮大な空想に遊ぶことのできる快作であることは間違いありません。


「北斗の銃弾」(宮本昌孝 講談社文庫) Amazon
北斗の銃弾 (講談社文庫)

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2009.02.09

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第5回「北前船始末」(前編)

 折り返し地点に来て初の前後編となった「浪花の華 緒方洪庵事件帳」第五回は、原作第二巻の表題作をベースとした「北前船始末」前編であります。

 師・天游からも少しずつ努力を認められ始めた章。しかし水疱瘡の子供を痘瘡と誤診して騒ぎとなってしまったことで叱責を受け、一転、自信をなくして落ち込むことになります。
 そんな時に、怪我をした北前船の船頭・卯之助とその孫娘おゆきに出会った章ですが、二人は高麗屋の、つまり左近の知り合い。熱を出したおゆきに付き添うこととなった章と左近ですが、彼女には痘瘡の疑いが…

 章の後進である緒方洪庵が、日本での種痘の普及に尽力したことはよく知られていますが、今回はそれと絡められたエピソード。
 一度は天然痘(の疑いのある患者)を前に取り乱し、医者としての自分に自信を失った章が、再び訪れた同様のケースに、真っ向から立ち向かう姿が今回のハイライトでしょう。
 第一回からしばらくの、いつもオロオロと困った顔をしていた章からすれば、素晴らしい進歩を遂げたもので、そりゃあ左近殿も表情を和らげるわけです(この時の千明様の無言の表情の変化の演技がまた素晴らしい)。

 もっともお話はまだ半分。卯之助とおゆきを狙う大坂の廻船問屋の狙いは何か、そしてそこに左近と章はどう絡むのか。
 原作は既に読んでいるので大体の展開は知っているのですが、この前編自体、かなりアレンジが入った構成となっているので(章の落ち込みと復活はドラマオリジナル)、さてどうなることか…
 って、ドラマ公式サイトのあらすじ、この先の展開書きすぎではないですか。

 とりあえず、予告の左近殿衝撃映像の後の展開に色々な意味で期待します。


 ちなみに今回はほとんど凶暴な表情を見せることのなかった千明様ですが、天游先生に何者かと訊ねられて章にフォローされたときの、もにょりぶり最高。


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2009.02.08

作品集成更新

 このブログ等で扱った作品のデータを収録した作品集成を更新しました。昨年10月から、本年1月までのデータを収録しています。
 検索CGIのデータも併せて更新しています(これはほとんど自分用)。
 もうちょっとデータを充実させたいのですが…というのは毎回のことなので恐縮ですが、精進します。
 ちなみに今回も更新にあたっては、EKAKIN'S SCRIBBLE PAGE様の私本管理Plusを使用しております。

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2009.02.07

「必殺仕事人2009」第04話「薬物地獄」

 一週間をおいての「必殺仕事人2009」第四回は、なんと市川亀治郎がゲスト出演ということでずいぶんと期待していたのですが、期待通りの点、ちょっと違った点も含めて、大いに楽しめる回でした。

 今回は地位を隠れ蓑に江戸市中で阿片を売りさばく悪旗本に挑んだ熱血同心・安川新吾の悲劇を描いたエピソードですが、この同心を亀治郎が熱演。
 同様の事件に挑む最中に不慮の死を遂げた父の後を継ぎ、執念で阿片を追うも…という役柄でしたが、物語上の位置づけもさることながら、とにかくそこにいるだけで存在感が違うのには、今更ながら驚かされました。

 主役を食う…というか、今回の主役は紛れもなく彼で、仕事人たちはまさに彼の晴らせぬ恨みを晴らすために存在した、という印象もあります。
(正直なところ、このクラスの方が一話限りの殺され役として登場するのも、実に贅沢な話であります)

 とはいえ、今回の物語自体、様々な角度から――当然それは仕事人一人一人の視点も含みます――丁寧に描かれていたからこそ、亀治郎が輝いたというものでしょう。
 例えば、冒頭に登場する香具師の元締めなど、その用心棒たちの動き方も含めて、如何にも裏の世界の顔役という貫禄。それがあっさりと敵方に消されてしまうのには驚きましたが、しかし今回の敵の強敵ぶりを描く上で、実に効果的であったと感じます。

 そして感心したのは、仕事に至る過程で、仕事人同士の対立(あくまでも軽いものですが)が描かれたこと。
 今回、またしても依頼人なしの仕事なのですが――これはもう、依頼という形式よりも、作中で描かれる被害者の生き様・死に様こそが何より描かれるべきものであり、それが実質的な依頼となるというスタッフの考えだと思うべきなのでしょう――それでも事件の絡繰りが仕事人に伝わったのは、新吾の最期を涼次が目撃していたから、という展開。普通(?)であればスルーされそうなこの展開を拾って、小五郎が涼次に対し「なぜ助けなかった」と難詰するのが、なかなか新鮮に感じられたのです。
 この突っ込み自体、ある意味禁じ手に近いものではありますが、しかしこれにより、小五郎の新吾に対する思い入れと、手をこまねいているしかなかった涼次の怒りが、贅言を要することなく描いていたのには、うまいものだと感心した次第です(そしてこれが、上記の頼み人なしの仕事への一つのエクスキューズとなっているのもまたうまい)。

 その一方で残念なところも色々あったのですが、その最たるものが、阿片取引の背後にいる「暗闇奉行」なる謎の人物。予告でその存在を知った時は、「おお、ネーミングだけみると何だか角田喜久雄っぽいな!」とこちらにも期待していたのですが、蓋を開けてみれば角田喜久雄というより高木彬光だった、という感じで(わかりにくいよ三田さん)、いやこれはこちらの期待しすぎとはいえ、ちょっと勿体ないネタだったな――考えてみればこの人物、中村主水並みの怪人であります――とは感じます。


 それでも、総じて見れば間違いなく佳品であった今回。やはり「必殺仕事人2009」は、なかなか油断のできない番組です。


 そうそう、芝居マニアである小五郎が、新吾の前で澤瀉屋が云々と言うシーンにはニヤリとさせられましたね。


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2009.02.06

「巷説百物語」第2巻 適度にリアル、適度に漫画的

 日高建男版「巷説百物語」の単行本第二巻が発売されました。掲載誌が増刊から「コミック乱」本誌に移りましたが、クオリティにはもちろん変化はなく、安心して読めるものとなっています。

 この第二巻に収録されているのは、「舞首」「飛縁魔」「芝右衛門狸」の全三話。
 裁くに裁けぬ外道、暴くに暴けぬ人の闇を、妖怪の仕業に託して解決する、御行の又市をはじめとする小悪党一味の活躍を描く本シリーズ、内容の面白さは折り紙付きですが、日高氏の画の方も、適度にリアルで、適度に漫画的に仕上がっているかと思います。

 もともと原作は、物語構成や描写の点でかなりトリッキーなエピソードが少なくありません。
 この第二巻に収録されたエピソードでも、一種の叙述トリックを用いた作品もあり、かなり漫画化が難しかったのでは…とも思うのですが、その辺りをなんとかすり抜けているのは、これは作者の技というものでしょう。
(「芝右衛門狸」では、ある意味反則な描写があるのですが、原作の地の文と比べてみて、なるほど、と思ったり)


 なお、第一巻同様、今回も漫画化順は、原作の発表順ではなく、物語内の時系列順であり、正編→続編→正編という形で収録されています。

 原作読者の方であればご存じかと思いますが、続編は、連作短編の形式を取りつつも、その背後でより大きな物語が展開していくスタイルとなっています。
 この漫画版でも、もちろんそれは同様であるはず。クライマックスはまだまだ先ですが、原作にも負けない盛り上がりを期待できそうです。


「巷説百物語」第2巻(日高建男&京極夏彦 リイド社SPコミックス) Amazon


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2009.02.05

「人魚は空に還る」 逆転したホームズの優しい世界

 帝都一の人気を誇る天才絵師で美青年ながら、人嫌いでへそ曲がりの有村礼。大のシャーロック・ホームズファンである礼のために、作品が掲載されたストランド・マガジンを翻訳したことがきっかけで、彼の親友になった小出版社の雑誌記者・里見高広は、なりゆきから礼とともに事件解決に奔走する。

 人嫌いで気難しい天才と、お人好しの愛すべき凡人のコンビという、シャーロック・ホームズとワトスンに代表される組合せは、謎の解決を眼目とする作品を物語るのに適切な組合せであることは間違いありませんが、それと同時に、読者が凡人側に自分をなぞらえて、自分と懇意の天才の活躍を間近で楽しむという構図に、大きな魅力を感じさせるということもあるのだと私は思っています。

 さて、明治の帝都を舞台とした本作も、一見そうした天才・凡人コンビの連作推理小説に見えます。その作品が表紙を飾るだけで雑誌の売れ行きが爆発的に伸びるという天才にして、自身の描く絵のような美青年絵師・礼と、お人好しでいつも苦労を背負い込んでいるあまりぱっとしない雑誌記者・高広…誰がどう見ても、礼がホームズ役を、高広がワトスン役を務めるとしか思えません。

 …が、本作においては実は全くの逆。大のホームズファンである礼は、高広をホームズ役に据え、自分はワトスン役に収まって事件を大いに楽しんでしまおうというのだから面白い。ホームズに憧れるあまりにホームズになるのではなく、ホームズに憧れるあまりにワトスンになってしまうというのが――そしてそれがどう見てもホームズ的キャラの礼であることが――何ともユニークであり斬新に感じられるところであります。

 さて、そんな二人が挑むことになるのは、どこか不思議で温かい事件ばかり。本書に収録された作品のいずれも、事件性はあるものの、人が死ぬことなどはなく、高広と礼の眼前で、静かに始まり、静かに幕を下ろしていきます。
 決して派手ではなく、また推理小説として格別にトリックが優れているわけでもないのですが、しかし素晴らしく心地よく、優しい物語世界が、ここにはあります。

 そんな本書の魅力が最も良く表れているのは、やはり表題作の「人魚は空に還る」でしょう。
 見世物小屋で評判となった人魚――悲しい物語に乗せて、はかないメロディーを口にするその人魚が、余所に買われていく前の最後の願いとして乗った観覧車から、泡となって消えるという、童話の一シーンのような事件を描いた本作。

 正直なところ、トリック自体はそれほど凄いものではないのですが、しかし、その背後に秘められた真実の温かさ、美しさといったら――悲劇的な結末を予想させる物語を構成する要素の一つ一つが、真実が語られた途端にその様相を変えていく様は、素晴らしいとしか言いようがありません。、
(特に、人魚を題材とした悲劇的な物語――私にとっては幼少時に読んで以来トラウマであります――を描いたある実在の人物を、本作の重要なキャラクターとして登場させているあたりの仕掛けのうまさには、感心いたしました)


 通常の探偵コンビの人物配置を逆転させることにより、キャラクターものとしての面白さと、人情ものとしての味わいを生み出してみせた本作。ラストのエピソードでは何ともユニークな宿敵が登場したことでありますし、当然のことながら続編を出してくれるのだろうと、期待しているところです。


「人魚は空に還る」(三木笙子 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon
人魚は空に還る (ミステリ・フロンティア)

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2009.02.04

「八雲百怪」 忘れられていくものたちの物語

 日本の古きものを愛する隻眼の外国人・小泉八雲。八雲を敬愛する三つ目の青年・会津八一。不思議な人形「キクリ」を連れた覆面の男・甲賀三郎。奇妙な目を持つ三人が出会うとき、移りゆく時代に消えてゆく古き世界の扉が開く。

 ついに、というかようやく、というか、森美夏&大塚英志の「八雲百怪」の単行本第一巻が発売されました。
 「comic新現実」「コミックチャージ」と雑誌を渡り歩いてきた、否、渡り歩いているという数奇な運命の作品ですが、ついに民俗学三部作(以前は偽史三部作とも呼ばれていたと記憶していますが)の最後の作品が、単行本の形で我々読者の元に届いたこととなります。

 これまでにこのコンビで描かれた「北神伝綺」「木島日記」同様、本作もまた、民俗学者/文学者である主人公と、この世にあってはならないものを排除する怪人との出会いから、正史から忘れ去られた存在が浮かび上がっていく…というスタイルを取っています。

 しかしながら本作は、その設定年代を明治三十年代とする点が、他の二作と大きく異なります。
 日本がほぼ完全に近代国家としての体裁を整えた――それはあくまでも体裁に過ぎないのですが――昭和初期と異なり、未だ近世の残滓を各地に残していた時代、それが本作の舞台なのです。

 それゆえ、八雲と八一が出会うもの、そして甲賀三郎(大塚作品読者であればある種の感慨が伴う名前ですな)が封じ、蒐集するものたちは、「あってはならないもの」ではなく「あったが捨てられ、忘れられていくもの」なのだと感じます。

 そしてその点にこそ、主人公が学者というよりもロマンチストとでも言いたくなる八雲である理由なのだろうな、とも感じます。
 古きものたちを、学問という体制の一部に組み込んでいくのではなく、文学という虚構の中に残し、遊ばせる…その力と意志を持つ点で、八雲は甲賀三郎や彼の背後にいる大塚作品お馴染みの人物とは対等であり、そして対立する位置にあるのだろうと想像できます。


 巻末の原作者の言によれば、本作は「まだようやく始まったばかり、というところ」とのこと(まあ、この原作者の言葉を鵜呑みにすると痛い目にあうのだけれど)。
 変わりゆく日本の中で、八雲の目が、いや、三人の奇妙な目が何を見ることになるのか、その姿にいやが上にも興味をそそられるのです。


「八雲百怪」第1巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 (1)


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 「くもはち」 のっぺら坊の時代
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2009.02.03

「いくさ人 春風兵庫 無双の槍」 春風の如き信念

 本多忠勝の下で活躍した無双のいくさ人でありながら、戦いに倦んで退身した豪傑・春風兵庫。とある村で山賊に拐かされた幼い姉弟を救った兵庫だが、その姉弟は、徳川の手の者に追われる身だった。某臣本多父子の奸計と、己の首を狙う武芸者軍団を向こうに回し、兵庫の剛槍が唸りを上げる。

 時代小説と架空戦記の双方で活躍する中里融司先生の新作は、豪快ないくさ人が活躍する時代活劇。人並み外れた巨躯と剛力を持ちながら、同時に底抜けに優しい好漢の初お目見えであります。
 かつて猛将・本多忠勝の下で侍大将として活躍した一廉の人物でありながら、戦いに倦み、また自分たちいくさ人の時代の終焉を感じ取って出奔し、今は槍持ちの少女・瑠璃――無表情無愛想ながら、大人の男顔負けの剛力というアンバランスな設定が、また実に中里先生らしい――を供にしてのあてどのない旅を続ける春風兵庫(本名)。弱きを助け強きをくじくを地でいくこの新ヒーローが巻き込まれたのは、かの大久保長安の遺産を巡る争いであります。

 大久保長安は、出自は猿楽師ながら武田家、後に徳川家に仕え、その鉱山開発の才で徳川家康の天下獲りを財政面から助けた傑物。しかしながら、その死の直後、金銀の隠匿や謀叛の疑いなどの理由で一族郎党が処罰されたことから、しばしば時代伝奇小説の題材として扱われる人物でもあります。
 本作における長安は、才知溢れる魅力的な人物ながら、その才故に疎まれ、無実の罪に陥れられようとしている人物として描かれますが、しかし物語の中心となる長安の遺産の正体というのがなかなか意表を突いた――ちょっと時代小説の枠踏み出し気味の――もので、この辺りも中里先生らしいな、と感じます。

 しかし本作の長安の存在は、そうしたストーリーの中心であると同時に、本作のテーマであろう、戦国から江戸への時代の移り変わりとそれに翻弄される人々の、象徴とも言えます。
 動乱の時代から秩序の時代へと変遷していく中で、世に求められ、容れられる人材も、また変遷していきます。長安や、彼に襲いかかる忍びや武芸者といった者たちは、秩序の時代では居場所を失い、追い立てられていくのみの存在。ある意味本作で描かれる戦いは、居場所を失っていく者たちの、切ない場所取りの争い、とも言えるでしょう。
 本来であれば、同じ側に属する存在同士が争うという構図は、変わりゆく時代への哀惜も込めて、何とも切なく感じられるのです。

 だがしかし――そんな湿っぽい感情を吹き飛ばしてくれるのは、もちろん兵庫の豪快な暴れっぷり。
 生粋のいくさ人である兵庫も、やがては居場所を失う存在であることは間違いありませんが、しかし彼の場合は、そんな己が身をはっきりと認識しつつ、それならばせめて世のため人のためと、その力を存分に振るってくれるのが、何とも痛快であります。
 そんな彼の、たとえどのように時代が変わったとしても己の節は曲げないという信念――そしてその信念には、世に背を向けた頑固さやひねこびたところがほとんど含まれていないのが嬉しい――は、まさしくその姓の通り春風のような心地よさがあるのです。

 本作の結末で、その体に相応しく、どでかい望みを明らかにした兵庫。時代の移り変わりに対する痛快な異議申し立てとして、まだまだ兵庫の活躍は見てみたいと思います。


「いくさ人 春風兵庫 無双の槍」(中里融司 コスミック時代文庫) Amazon
いくさ人 春風兵庫―無双の槍 (コスミック・時代文庫)

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2009.02.02

「浪花の華 緒方洪庵事件帳」 第4回「哀しき宿命」

 気がつけば早いものでもう折り返し地点の「浪花の華」。前回、その正体を明かした左近の秘められた葛藤と、自分なりの戦いを決意した章の活躍とが描かれていきます。

 今回の原作は、「禁書売り」に収められた「異国びと」。原作では通算第三話にあたるエピソードです。

 異国人らしき謎の男が残した紙片を手に入れた章。そこに左近のいる「高麗屋」の文字を見つけた章は、早速彼女の元に飛んでいきます。
 が、出会った左近は今回の仕事に不満顔。自分の仕事と紙片に関係があると知った左近は章に解読を依頼、初めて見る言葉を相手に四苦八苦しながらも一晩でやり遂げた章ですが、その内容は…

 前回、大坂の守護神とも言うべき存在として語られた在天別流ですが、しかし彼らとて世俗の権力から完全に自由なわけではない…ということが語られる今回のエピソード。
 一見、天下御免のスーパーヒロインに見える左近も、自分の良心に照らして意に染まないものであっても、一族の任務とあらば堪えねばならない…って結局堪えないのですが、それはともかく、その通り一遍ではない複雑さが左近の魅力の一つでもあります。

 そしてもう一つ描かれるのは、彼女と、在天別流の長である兄の関係です。
 長の家に生まれたとはいえ妾腹の娘である彼女が兄に対して向ける視線は、単なる兄とも、単なる長に向けるものと異なる複雑なもの。今回の事件は、異国に消えた妹を求めて海を渡ってきた兄を描いたものですが、その兄妹とオーバーラップして、左近の兄妹関係が描かれていくのがまたうまいと感じました。

 さて、左近のドラマが掘り下げられる一方で、負けていないのは章の方。前回、自分なりの戦いを決意した彼に早速巡ってきた活躍の機会。
 左近のような力はなくとも、自分には自分にしかできないことがある――そう信じる章の顔は、作中の師の言葉ではありませんが、これまでと違う、一皮剥けたものと感じられます(今までのヘタレ演技はこのためだったのか! と感じてしまうほど…)

 そんな章の強さを知り、自分の弱さを見せた左近がラストに見せた、おそらくは最初の名前での呼びかけ――二人の距離が確実に変化していることを示す、粋な演出で、見ているこちらもニヤニヤしてしまいました。


 …でも、今回の千明様の裏名場面は、冒頭で「ワシのシマで好き勝手しくさって…」と言わんばかりの表情でワナワナ震えているシーンだと思います。


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2009.02.01

「必殺仕事人2009」第02話&第03話をまとめて

 今週は「必殺仕事人2009」はお休みということで、ちょうど良いのでまだ書いていなかった第二話・第三話の感想をまとめて。

 第二話は、辻斬りを繰り返す名門道場の跡継ぎがターゲット。そうとは知らずに跡継ぎの付き人となった浪人の青年が、道場から抜けようとした末にリンチで死に、その母も口封じのために…という展開であります。
 無差別殺人ネタということで、別の題材を想像していましたが、蓋を開けてみればホームレス狩り+αといったところでしょうか。青年の最期はもっと悲惨なものになるかと覚悟していましたが(無実の罪を着せられて詰め腹を切らされるとかね)…これでも十分悲惨なお話ではあるのですが。

 ちょっと面白かったのは、いかにも人格者的な言動を見せていた道場主が、青年の母に難詰されるや、自分の息子を守るためにあっさりと母親を殺してしまうところで――てっきりこの道場主もバカ息子に殺されるかと思いましたが(よく考えたら目黒祐樹が演じているんですから、それはないのでしょうが)、やな感じで父親ぶりを発揮してきたのはちょっと変化球でした。

 一方、第三話は、正体不明の浮世絵師・酒楽にまつわる金と欲を描いた一編。理想家肌の性格から職をなくした絵師が、病に倒れた妻のために浮世絵の版元・鶴屋で働くようになるも、その仕事というのがニセ酒楽(というか二代目酒楽)。結局、意に添わない内容を強いられるのに嫌気の差した絵師は仕事を辞めようとするも、口封じのためにバッサリ、その事実を知った妻も(またかい)…というお話です。

 今回は時事ネタではないようですが、酒楽はもちろん写楽のもじり。写楽の正体については様々な説がありますが、その一つに版元が仕掛人となった複数作者説というのもあるので、その辺りから考えると面白い設定だったと思います。


 さて…この両話の感想を一言で表せば――感想を書くときに一番使ってはいけない表現なのですが――普通に面白かった、ということになります。
 決して面白くないわけではない、言われるほど悪くはないと思うのですが、第一話のような飛び抜けた面白さはなかった…というのが正直な気持ちなのです。

 また、個人的に一番引っかかってしまったのは、両話とも、依頼人が存在しないということ。
 どちらも、依頼するまもなく犠牲者が死んでしまい、その意を汲んで、犠牲者と知り合いだった仕事人が金を出す――という形式なのですが、これって普通のヒーローと変わらないんじゃ…という印象が強くします(一時期の必殺みたいに、依頼がルーチンになるのも困りますけどね)。

 繰り返しになりますが、言われるほど悪くない今回のシリーズ。それなのに、ちょっとしたところが気になってしまうのは、「やればできる」ところを最初に見せてもらってしまったから…というのは贅沢の言い過ぎですが、しかし正直な気持ちです。

 と、次回は何か(色々な意味で)凄そうな…これは期待。


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