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2009.02.28

「完全版 本朝奇談 天狗童子」 帰ってきた物語

 ある晩、上州否含山の山番で笛の名手の老人・与平のもとに、大天狗とカラス天狗・九郎丸が現れた。九郎丸に笛を教えて欲しいという依頼を引き受けた与平は、天狗の力を与えるカラス蓑をはがされて普通の少年の姿となった九郎丸と一緒に暮らす内に、九郎丸を人間として生かしたいと考え始める。ついにカラス蓑を焼いてしまった与平は、その咎で大天狗の裁きを受けることとなるが、そこで与平が聞かされたのは、九郎丸の出生の秘密と、意外な依頼だった。

 室町後期を舞台とした、童話めいた味わいのファンタジー「天狗童子」が、完全版となって帰ってきました。本作については、以前もこのブログで紹介したところですが、完全版と聞いては見逃せず、ここに取り上げた次第です。

 本作の内容は、基本的に前の版とほとんど変わりませんが、最大の違いは、終盤で語られる、その後の九郎丸の物語が、より詳細なものとなったことであります。
 完全版のあとがきによれば、前の版で、九郎丸のその後の描写が少なかったことへの不満がずいぶんと集まったようで――私もブログで「些か駆け足となった感もありますが」と書いていたのを思い出します――作者自身も残念に思っていたことから、その部分を補ったのがこの度の完全版、とのことです。


 さて、久々に手に取った本作は、やはりどこまでもおだやかでのどかな味わいで、読んでいてほっとさせられる作品なのは相変わらず。善意の固まりのような与平じいさん、やんちゃながら子供らしい純粋さを持つ九郎丸と茶阿弥、彼らを見守る大天狗たち…物語の舞台となるのは、下克上の風潮が始まった血生臭い時代ですが、そんな中で、彼らの周りは、まるで天狗たちが住まう「瓢洞天地」のように、別世界のような温かさがあります。

 しかし、やがて九郎丸たちは、その人間たちの世界、戦塵にまみれた俗世に帰っていくこととなります。
 それがこの完全版の追加部分になるわけですが…当時の関東周辺を巡る、人間たちの勢力争い――そこには、当然ながらそれなりの人死にが伴うわけですが――の様子を描きながらも、物語の雰囲気を大きく変えることはなく、そんな世界の中で成長していく九郎丸たちのその後の姿が、穏やかな筆致で描かれていきます。


 正直なところ、この追加部分はあくまでも追加部分であって、結末が大きく変わるわけではなく、驚くような展開が待っているわけではありません。今になって贅沢なことを言えば、あまり細部を書かない方が、色々と想像の余地があったかな…と思わないでもありません。そこは読み手の好きずきでしょう。

 しかし、どれほど世の中が動き、人が変わっていこうとも、変わらず自分の帰りを待っていてくれる人が、場所があるというハッピーエンドの味わいは、人間世界を描く部分が増した分、より強く感じられると思います。


 軽装版になったということもあり、未読の方は大人から子供まで是非手に取っていただきたいと思いますし、前の版をご覧になった方も、やはりもう一度手にとって、この素晴らしい世界を再訪して欲しいと感じたところです。


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