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2009.02.03

「いくさ人 春風兵庫 無双の槍」 春風の如き信念

 本多忠勝の下で活躍した無双のいくさ人でありながら、戦いに倦んで退身した豪傑・春風兵庫。とある村で山賊に拐かされた幼い姉弟を救った兵庫だが、その姉弟は、徳川の手の者に追われる身だった。某臣本多父子の奸計と、己の首を狙う武芸者軍団を向こうに回し、兵庫の剛槍が唸りを上げる。

 時代小説と架空戦記の双方で活躍する中里融司先生の新作は、豪快ないくさ人が活躍する時代活劇。人並み外れた巨躯と剛力を持ちながら、同時に底抜けに優しい好漢の初お目見えであります。
 かつて猛将・本多忠勝の下で侍大将として活躍した一廉の人物でありながら、戦いに倦み、また自分たちいくさ人の時代の終焉を感じ取って出奔し、今は槍持ちの少女・瑠璃――無表情無愛想ながら、大人の男顔負けの剛力というアンバランスな設定が、また実に中里先生らしい――を供にしてのあてどのない旅を続ける春風兵庫(本名)。弱きを助け強きをくじくを地でいくこの新ヒーローが巻き込まれたのは、かの大久保長安の遺産を巡る争いであります。

 大久保長安は、出自は猿楽師ながら武田家、後に徳川家に仕え、その鉱山開発の才で徳川家康の天下獲りを財政面から助けた傑物。しかしながら、その死の直後、金銀の隠匿や謀叛の疑いなどの理由で一族郎党が処罰されたことから、しばしば時代伝奇小説の題材として扱われる人物でもあります。
 本作における長安は、才知溢れる魅力的な人物ながら、その才故に疎まれ、無実の罪に陥れられようとしている人物として描かれますが、しかし物語の中心となる長安の遺産の正体というのがなかなか意表を突いた――ちょっと時代小説の枠踏み出し気味の――もので、この辺りも中里先生らしいな、と感じます。

 しかし本作の長安の存在は、そうしたストーリーの中心であると同時に、本作のテーマであろう、戦国から江戸への時代の移り変わりとそれに翻弄される人々の、象徴とも言えます。
 動乱の時代から秩序の時代へと変遷していく中で、世に求められ、容れられる人材も、また変遷していきます。長安や、彼に襲いかかる忍びや武芸者といった者たちは、秩序の時代では居場所を失い、追い立てられていくのみの存在。ある意味本作で描かれる戦いは、居場所を失っていく者たちの、切ない場所取りの争い、とも言えるでしょう。
 本来であれば、同じ側に属する存在同士が争うという構図は、変わりゆく時代への哀惜も込めて、何とも切なく感じられるのです。

 だがしかし――そんな湿っぽい感情を吹き飛ばしてくれるのは、もちろん兵庫の豪快な暴れっぷり。
 生粋のいくさ人である兵庫も、やがては居場所を失う存在であることは間違いありませんが、しかし彼の場合は、そんな己が身をはっきりと認識しつつ、それならばせめて世のため人のためと、その力を存分に振るってくれるのが、何とも痛快であります。
 そんな彼の、たとえどのように時代が変わったとしても己の節は曲げないという信念――そしてその信念には、世に背を向けた頑固さやひねこびたところがほとんど含まれていないのが嬉しい――は、まさしくその姓の通り春風のような心地よさがあるのです。

 本作の結末で、その体に相応しく、どでかい望みを明らかにした兵庫。時代の移り変わりに対する痛快な異議申し立てとして、まだまだ兵庫の活躍は見てみたいと思います。


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