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2009.02.05

「人魚は空に還る」 逆転したホームズの優しい世界

 帝都一の人気を誇る天才絵師で美青年ながら、人嫌いでへそ曲がりの有村礼。大のシャーロック・ホームズファンである礼のために、作品が掲載されたストランド・マガジンを翻訳したことがきっかけで、彼の親友になった小出版社の雑誌記者・里見高広は、なりゆきから礼とともに事件解決に奔走する。

 人嫌いで気難しい天才と、お人好しの愛すべき凡人のコンビという、シャーロック・ホームズとワトスンに代表される組合せは、謎の解決を眼目とする作品を物語るのに適切な組合せであることは間違いありませんが、それと同時に、読者が凡人側に自分をなぞらえて、自分と懇意の天才の活躍を間近で楽しむという構図に、大きな魅力を感じさせるということもあるのだと私は思っています。

 さて、明治の帝都を舞台とした本作も、一見そうした天才・凡人コンビの連作推理小説に見えます。その作品が表紙を飾るだけで雑誌の売れ行きが爆発的に伸びるという天才にして、自身の描く絵のような美青年絵師・礼と、お人好しでいつも苦労を背負い込んでいるあまりぱっとしない雑誌記者・高広…誰がどう見ても、礼がホームズ役を、高広がワトスン役を務めるとしか思えません。

 …が、本作においては実は全くの逆。大のホームズファンである礼は、高広をホームズ役に据え、自分はワトスン役に収まって事件を大いに楽しんでしまおうというのだから面白い。ホームズに憧れるあまりにホームズになるのではなく、ホームズに憧れるあまりにワトスンになってしまうというのが――そしてそれがどう見てもホームズ的キャラの礼であることが――何ともユニークであり斬新に感じられるところであります。

 さて、そんな二人が挑むことになるのは、どこか不思議で温かい事件ばかり。本書に収録された作品のいずれも、事件性はあるものの、人が死ぬことなどはなく、高広と礼の眼前で、静かに始まり、静かに幕を下ろしていきます。
 決して派手ではなく、また推理小説として格別にトリックが優れているわけでもないのですが、しかし素晴らしく心地よく、優しい物語世界が、ここにはあります。

 そんな本書の魅力が最も良く表れているのは、やはり表題作の「人魚は空に還る」でしょう。
 見世物小屋で評判となった人魚――悲しい物語に乗せて、はかないメロディーを口にするその人魚が、余所に買われていく前の最後の願いとして乗った観覧車から、泡となって消えるという、童話の一シーンのような事件を描いた本作。

 正直なところ、トリック自体はそれほど凄いものではないのですが、しかし、その背後に秘められた真実の温かさ、美しさといったら――悲劇的な結末を予想させる物語を構成する要素の一つ一つが、真実が語られた途端にその様相を変えていく様は、素晴らしいとしか言いようがありません。、
(特に、人魚を題材とした悲劇的な物語――私にとっては幼少時に読んで以来トラウマであります――を描いたある実在の人物を、本作の重要なキャラクターとして登場させているあたりの仕掛けのうまさには、感心いたしました)


 通常の探偵コンビの人物配置を逆転させることにより、キャラクターものとしての面白さと、人情ものとしての味わいを生み出してみせた本作。ラストのエピソードでは何ともユニークな宿敵が登場したことでありますし、当然のことながら続編を出してくれるのだろうと、期待しているところです。


「人魚は空に還る」(三木笙子 東京創元社ミステリ・フロンティア) Amazon
人魚は空に還る (ミステリ・フロンティア)

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